玉依の采配 with 藩屏 × 壹
此処は洋館1階、『第三応接の間』―――
この部屋は他の応接室よりも広く、中央には表面を古色のローズウッドで仕上げた、如何にも重そうな大型の円形卓が置かれ、主に会議などの用途で使われておる。
まぁ、一族の内ではワガハイ以外 あまり使用しておらんのであるがにゃ。
因みに、この部屋の南側壁面には 明治期の華族令発布の際に子爵位を襲爵した、『櫛名田家 中興の祖』などと言われておるらしい、維新志士 櫛名田 斧衛の肖像画が、何とも仰々しく飾り立てられておるのであるが―――
まぁ… 言うまでもにゃく この絵の中の人物は、現在この屋敷の片隅で趣味の喫茶室などをやっておるワガハイの相棒、櫛名田 槍慈 本人だ。
確か、あれから3回程『代替わり擬装の茶番』を行ったはずであるから…… 槍慈は一応、『斧衛の曾孫』という設定になっておるのであろうかにゃ。
知っての通りワレらの寿命は、恐らく今の地球星人の100倍以上はある。
故に、一所に のほほんと暮らし続けておっては、周りのモノたちとの間に世代的な齟齬が生じ、その内に奇異の目で見られ始め、そして終いには相当に厄介な形で悪目立ちしてしまうことにもなろう。
そう言えば、かつてワガハイがこの東方の島国に来る前、八尾比丘尼なる前任者が居ったのだが―――
『悪目立ち』というものの一例としては、例えばそういうことかにゃあ。
ヤツのように、ああやって一度『不老不死だ』などという困った噂でも拡げられてしまおうものにゃら…… その生き死になどに限らず、一挙手一投足が逐一喧伝され、また衆目に晒されて、ワレらが『使命を果たす』上では不都合な事この上もにゃい。
かと言って、守護の対象――― 『聖域』たるこの地を離れる訳にもいかんので、勿論ワレワレも長年の間ずっと此処に棲み続けておるのであるが―――
一向に老けもせず 変わらぬ姿で生き続けておっては、当然周囲のモノたちに不審がられる。
そこで、そうした世間の耳目を躱すためにワレらが採った方策はこうだ。
ある一定期間ごとに、その都度 顔や身体を少しずつ老けさせていき、そして頃合いを見計らっては 病気やら事故やらで死んだことにする―――
そしてその後、「長い間 遠方で離れて暮らしていた」…… などという、怪しくも大層ありきたりな設定で、『息子』やら『遠縁のモノ』などと称する『若返った姿の槍慈』が何処からともなく現れては、次の当主ということで家を継いでいく。
そんな事を、これまでのおよそ450年の間に、何度も何度も繰り返してきた。
だからこの、わざとらしい程に厳しい顔つきをし、髭の量を実際よりもかなり多めに盛られ―――
そして衣服の方はというと、黒地に金糸の刺繍で桐の葉っぱをモチーフにしたマークが無数にあしらわれた…… 確か『大礼服』? …… とやらをその身に纏い、何とも滑稽な姿で描かれておる この肖像画を見る度に、ワガハイはもう可笑しくて仕方がないのであるにゃ。
しかしまぁ、今の槍慈には 家を継いでくれた刀眞という息子がおり、そして弓弦という孫まで居る訳であるからして、少なくともあの『茶番』だけは、もうせずに済みそうで―――
ふむ……?
いや… それは当然、非常に喜ばしいことであるはずにゃのであるが……。
しかし何故だか意外と、それはそれで少し残念なような気がせんでもないにゃあ。
とは言えだ、今はこの島国も 国民の管理統制システムが漸くにして多少は緻密に構築されてきておるによって―――
かつてのような あんな茶番程度のことでは、世間はともかく 国や役所の方は欺けんかもしれないがにゃ。
◇
時刻は午後8時半―――
既に夕食を終え、一族の他のモノたちは銘々気儘に余暇の刻を過ごしておる…… が、ワガハイはこれから此処で、月に一度の『定例報告会』などというものを催さねばにゃらん。
その会議の内容はと言うと―――
この屋敷内の日常の些末な事々から、今の櫛名田家を取り巻く周囲の状況に変化や不穏な動きはにゃいか…… などといった危機管理的な事項までと幅広く―――
まぁ… とにかく議題はいろいろとあって、その時々なのであるがにゃ。
そうした事について、まずは配下のモノたちに それぞれの職掌的な観点から遺漏なく報告を上げさせ、またそれについて同様に話し合い、ワガハイが裁定を下して、順次 粛々と処理していく。
そしてその決定要件に従い、各員は着実にそれを実行する…… というのが、この定例の意味合いであり、ざっとした概略であるのだにゃ。
◇
「申し訳ありません、遅くなりました」
素早く力強いノックのあとに扉が開き、つい先程まで弓弦や櫻子の護衛任務に就いておった猪去が、深々と一礼して入ってくる。
「猪去伍長、ご苦労だったにゃ。 座ってくれ」
「はっ」
猪去は、ワガハイに向け姿勢を正してから律儀にも改めて一礼し、直属の隊長である龍岡にも軽く黙礼してから、カレのいつもの定位置に座る。
猪去は屈強かつ均整のとれた体躯の持ち主で、特に何もせずそこに立っておるだけでも 周囲に対して適度に品格を保った威圧感を与える。
正に、カレの屋敷内での役割のひとつである『ボディガード』としては、適材適所であると言えよう。
性格も 馬鹿が付く程に真面目な男で、しかしそれ故 子供らを護らせるに充たっては信が置ける。
カレには主に、弓弦と櫻子の身辺警護の任を与えており、また 二人が通う學士院大学附属 高等科への、登下校の車の運転手なども兼ねさせておるのであるが―――
それに限らず 他にもいろいろとやってもらっており、普段は学校まで弓弦たちを送らせた後、午前中の内に一度屋敷の方へと戻し、夕方の下校時刻までは 槍慈や瑞穂の外出などにも付き従わせたりしておる。
因みに、ボディガードはもう一人おり、それが主に桐子や柏子の方に付いておる牛岐というモノだ。
カレは猪去と同じ小隊の上官にゃのであるが、同様に戦闘系の優れたスキルと身体を持ち、特に膂力の面だけで言えば、龍岡が率いる特務中隊のモノたちの中でも、この二人に敵うモノは他には居るまい。
「玉依様、一同これで全員揃ったようです」
普段は執事として屋敷内の多岐様々な営みを差配し、そしてこの中隊においては その指揮官を務めておる龍岡が、ワガハイに会議の開始を促す。
「ああ、解ったにゃ」
今 此処に集まっておるのは、前にも少し触れたが、あくまで表向き 櫛名田家の『使用人』の体で仕えてくれておる、龍岡大尉麾下14名―――
合わせて15体の ワガハイと同じ『半獣型』種族であり、星系軍 地球星方面参謀本部直属 独立特務中隊のモノたちである。
此処に居るカレらは、故あってずっと猫の姿のままでおるワガハイとは違い、任務中の殆どの時間を 人型の姿を保った状態で過ごしておる。
また、各員はそれぞれに違った個性の動物体がベースとなっており、状況に応じて そのもう一つ…… いや、もう二つの異形の姿に身体を変化させ、その能力を引き出す事ができるのであるにゃ。
「おぉ、今日は猿倉や兎の両特務曹長も来ておるのか。 兎、久しいにゃ。 で… どうだ、このところの木花の様子は」
兎というのは、所謂このモノの苗字にゃのであるが、一昨年からずっと 異形の姿で長期潜入の任を果たしておる諜報員 兼 特殊戦闘員の女性下士官だ。
そしてその潜入先は、ワレらと同じ宇宙人一族である『木花家』―――
その本拠地たる屋敷の 庭先である。
「はい、玉依様。 木花の屋敷には、桐子様や柏子様もよくお越しになられておりますが、そちらの方は特に問題はないかと」
「ふん、アイツらは相変わらず 木花の家の子供らとよく遊んでおるのか…… まぁ良い。 それで?」
「はい。 ただ ここ1週間程の間に、当主 矛連の動きに変化がありました。 このところ矛連は 夕方に一度帰宅し、そして食事後にまた車を出させて慌ただしく外出――― その後の帰宅は、毎日ほぼ深夜…… といったことが多くなっているようです」
「ふむ。 で、その『多くなっている』というのは どれくらいだにゃ?」
「6日前の水曜から昨日の月曜までのうち、金曜以外は全てそうでした」
「解った、引き続き見張れにゃ。 そして何かあったら、まずワガハイにムシを飛ばせ」
『ムシ』というのは、超小型の自律式飛翔型ドローンで、画像や音声などを記録させ、遠隔地のモノ…… つまりワガハイとやり取りするのに用いておる。
因みに、それを作ったのは葉月であるのだが…… その話はまた別の機会とするにゃ。
「畏まりました。 あともうひとつ」
「何だ」
「4日前の金曜 20:00、八上家の長女 勢理奈が、共も連れず密かに 木花の屋敷に来邸しました」
「八上の? 一人でか…… 一体 何の用だ」
「矛連と書斎で1時間程 何事かを話していたようですが、内容までは…… 」
「ふむ、矛連が1日だけ夜に出掛けなかったのはその為か」
「恐らくは」
「解った。 出来れば用件を知りたいところだが…… 無理はするにゃ。 引き続き監視を続け、また来るようなら報せろ」
「は、了解であります。 玉依様――― いえ、ティマィョ・レィ主席統制官補」
それにしても…… 此処にきて何故 八上家のモノが…… しかも上の娘だと?
財界の雄の一角を成す八上家の跡取り娘であるとは言え、地球星人の小娘が木花家…… しかも矛連に一体 何の用だ―――
それにしても、木花と八上か…… 嫌な組み合わせだにゃ。
かつての如く、また『この地』を的にした動きでなければ良いのだが……。
まぁ、今の限られた情報で考えていても仕方がにゃい…… 今後を見守るか。
因みにだ、諸賢に於いては もう既に気付いておるかもしれんが―――
此処に居るカレらの『姓名』には、大抵 各員のもう一つの姿の方の『動物名』を表す漢字が入っておる。
それがまぁ、解りやすいと言えばそうにゃのであるが……。
しかしどうにもこう、付け方が安直過ぎてだにゃ…… 正直センスが、もう壊滅的と言って良い程に、全くにゃいのだ――― コイツらには。
戦闘力だけでなく頭も切れる、結構すごい連中なんだがにゃあ……。
特に『兎』などは…… もう少し苗字らしくというか―――
何とかならんかったのかと、いつも思うのだが…… まぁ、良いか。
ワレらにとって、名前なんぞはどうでも良い。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 先刻譚 】
先刻、櫛名田邸内 洋館1階 小客室付近―――
白鳥 「先輩、そろそろですよね、月例報告会。 行けそうですか?」
鷺山 「白鳥少尉…… ええ、問題ないわ。 それよりも… その…… 」
白鳥 「どうかされましたか?」
鷺山 「いや、その…… 先日はワタシ、随分と酔ってしまって…… 」
白鳥 「ああ、確かに。 あれはかなり引きましたね」
鷺山 「かはぁ! 白鳥ぃ…… アンタ相変わらず容赦ないというか、本っ当に心無い女ね…… 」
白鳥 「はぁ、恐れ入ります。 ではアレですか? 例えば…… 『えぇー? いゃもぉ 全っ然ですよぉ、せんぱぁーい! そ・れ・よ・りぃ…… また聞かせてくださいねぇー? せんぱいのぉ…… コ・イ・バ・ナー★゛ あは!』…… などといった おちゃらけた返しで、有耶無耶にでもした方が良かったですか?」
鷺山 「いやぁ、うん…… 確かにいきなり『無かったコト』にされるのはさすがに無理があるし、そういったことじゃないのよ。 あと、アンタも こんなつまんないことに『潜入時の人格変換スキル』を小器用に使わなくて よろっすぃ。 てか何なのよ今のキャラ!? 最後の『★゛』みたいなのが異っ様~にどす黒かったんだけどぉ!? あとさぁ…… (声がでかーい! だれかにきこえたらどうすんのよあんたばかなんじゃないのまったくもう~!)」
白鳥 「はぁ…… あの 先輩、酔ってます?」
鷺山 「酔ってねーし!」
犬山 鴨山 「白鳥副官に鷺山小隊長、お疲れ様ですぅ。 で…… 『恋話』されてるんですかぁ?」
鷺山 「ぶふぅっ!! いや、ちょ… ァア アンタたち、いきなり…… どど どっから湧いて出たのよぉ!?」
白鳥 「犬山軍曹に鴨山兵長ですか、お疲れ様。 いえ、正確には『恋話』というより――― 」
鷺山 「え…… いや ちょっと、白鳥?」
白鳥 「 ――― 鷺山先輩が、『アタシも若い頃にキュンキュンしちゃうような大恋愛とかしてみたかったわ~★゛』…… などという、超どん引きな話を――― 」
鷺山 「ちょっと、白鳥少尉ぃぃぃ~!!?」
白鳥 「 ――― 先日 居酒屋で延々と聞かされた際の、ご本人様による後悔と自己嫌悪の談だったのだけれど」
鷺山 「てんめ コイツ、さらっと部下たちの前で…… だぁーっとけやぁぁぁ~!!?」
白鳥 「 ……………… え?」
鷺山 「ぅぅう… お、終わった……。 ワタシの軍人としての功績も、上官としての威厳も、そして一人の人間としての尊厳も――― それら全てを、今一瞬にして失ってしまった……。 この『トリ女』…… 決して… 決して許すまじ…………… 」
白鳥 「ああ はいはい、怖い怖い。 まぁ、大丈夫ですよ先輩、アナタ打たれ強いですし。 それに実務だけは、そこそこ優秀なのですから。 だからこれからは ただひたすら、『課せられた任務だけ』に鋭意邁進してくださいね。 お互い『トリ女』同士、頑張りましょう★゛」
犬山 「えっと、白鳥副官って…… ものすごく鋭利な刃物を持っていながらも、敢えて その柄の部分の方で ジワジワと『撲殺』するタイプですよね…… 」
鴨山 「そしてウチの小隊長殿が、その手にかけられて逝ってしまわれた…… 」
兎 「たっだいまー、みんな 久し振りぃ…… って、え… なんなのこの状況!? なんか小隊長が、白化して廃人みたいになってるんだけど!!?」




