玉依の概説 with 藩屏 × 零
此処はワレらが護り棲まう、絶対不可侵の『聖域』たる場所――― 櫛名田邸の屋敷地である。
この地の概要をざっと述べると、東西に約80m、南北約60mといった、なかなかに単純かつ美しい矩形のエリアではあるのだが…… 残念にゃがら黄金比 <Golden ratio> ではにゃい。
あのプロポーションは、それなりに興味深いチカラや意味を持つはずにゃのだが―――
まぁ… この地のソレは、そんなものに頼る必要など全くにゃい程に 強力かつ特異なものにゃのであるからして、実質 その程度の些細な付加価値は、無くても一向に構わん。
そんなこの敷地の外周は、土質由来の仕上材を美しく塗り込め、そこに水平な五本の細い横溝彫りを丁寧に施した『筋塀』と呼ばれる擁壁によって、一応 隙間なく整然と囲まれておる。
また、その延々と続く長い壁の上端には、意匠的な笠として、鈍く光る黒鉄色の塀瓦が、ひと揺れの歪みもなくびっしりと具え葺かれており―――
そうした風情は、確かにこの東方の島国固有の様式美として 大変結構にゃものでもあるのだが……。
因みに、敷地内に出入りするための門は各方位に1箇所ずつで、大小合わせて計4箇所。
その内、車が出入りできる程度の幅があるのは西側の『表門』で、特に此処の構えは 近世の格式に則った規模と設えを そのままの姿で遺してある。
従って、邸内に入れば和洋それぞれの屋敷や庭園が数多あり、それらは絶妙な調和バランスで折衷混在しているのであるが―――
表から見える周囲の佇まいは、純和様式で統一されておる…… ということになるにゃ。
そのように、外から見た門構えや塀などは一見 厳めしく、大層立派に設えられておるのであるが―――
そうしたものは、ワレらが言うところの『護り』という観点からすれば、当然にゃがら全くもって役になど立とうはずもにゃい。
まぁそもそも、乗り越えられたり ましてや空から来られたりなどしてしまえば もうそれまでである『塀』などという造作は、どちらかと言うと所詮は『意識』に訴えかける程度の、甚だ不完全な物理結界でしかにゃく―――
また 上空がガラ空きである以上、ワレらが想定する類いの『干渉』への防御機能などは、端から全くもって期待など出来んのであるにゃ。
で あるからして、そこは勿論ワレらなりの 全宇宙標準的な高々度セキュリティを、この地の上空約100kmから 地中約60kmに至る範囲において、入念かつ過剰なまでに高く深く、そして幾重にも厚く 厳重に張り巡らせてある。
そのセキュリティ能力は、手放しに『絶対安全』だなどとは言えにゃいまでも、ある程度の効果は当然期待できるレベルのものだ。
例えば、ワレらと同程度のチカラを有する何れかの『異星系勢力』が、この地に何かしらの敵意 ないしは害意ある干渉を加えてきたのだとしても―――
まぁ… それが物理攻撃であれ何であれ、およそ大抵のものは 難なく跳ね返せるはずである。
但しまぁ、それはだ…… 例えば、惑星制圧部隊やら航宙艦隊やらというような、謂わば『化け物級の大規模戦力』を 此処だけに惜しげもなく一極投入されてしまうなどといった、そんな異常事態においては流石に、当然ながら その限りではにゃかろう―――
ふむ… にゃかろうが……… いや、しかし実際にはそれでも、当システムを以てすれば、多少の時間を稼ぎつつ相手を一時的に無力化し、沈黙させるくらいのことは辛うじて可能であるかも知れん。
だがその場合…… 周囲の街などは、地形が変わる程の壊滅的な打撃を受けるであろうが―――
しかしまぁ 取り敢えず、そんな事で此処いら辺一帯が遠々と続く焼け野原となり、かつ地面ごと深く抉られる程の深刻な被害を受けたとしても…… 少なくとも この地さえ護り切ることが出来れば、ワレらとしては何の問題もにゃい。
話が随分と横路に逸れてしまったが…… このようにもしも、当屋敷の防衛システムが『警戒すべき何モノか』の接近や侵入を感知した場合には―――
その記録照合から各種防衛措置などの、適切かつ速やかな展開…… そして 状況に即した効果的攻勢対応や、その後の執拗な追尾行動 等々までを、自律即応的に行うことが瞬時で可能…… な、はずではある。
だが如何せん、戦後70年程はそんな大掛かりな起動が必要とにゃる事態も皆無であったので…… 実際、どうなんだろうにゃ。
まぁ… かと言って、システムに『対 航宙艦隊戦』などを想定した大規模演習を行わせるという訳にもいかんしにゃあ。
普段の軽微な事案に対する通常警戒動作は問題にゃく動いておるようだし、定期的なメンテナンスも行ってはおるが……。
まぁとにかくだ、そうした『護り』が常に機能しておるが故に、少なくともうっかり窃盗目的などでこの敷地内に入ってしまった ただの地球星人などは、自業自得であるとは言え 多少の『過ぎたる報い』を受けてしまうことも あるかもしれないにゃあ。
◇
さて、こうして述べてきたように、この敷地は周囲の一般家屋などと比べると、あらゆる意味で異彩を放っておることには違いにゃいのであるが……… そもそも、敷地面積自体がなかなかに広い。
では今度は、その敷地内の話に移るが―――
この地の内部には 主屋である『洋館』の他、離れとして木造平屋で純和風の『和館』が建ち、ワレらはそれらを 主にその日の気分によって使い分けておる。
また、和洋それぞれに趣向を凝らした幾つかの広い庭園は、季節ごとの移ろいがその時々で美しく映え息づくよう、隅々にまで入念かつ丁寧に人の手が入れられており―――
無粋なワレらがたまに散歩をする程度にしか活用法を見出だせておらんのが、至極勿体にゃいくらいであるのだにゃ。
因みに、庭の芝を整えたり雑草を取り除いたりといった程度の雑務は、ワレらの異能を使えば造作もにゃいことであるからして、広い割にはさほどの労力は掛かっておらん。
まぁ、美的感覚の有無長短は別の話だがにゃ。
但し、此処に棲息しておる様々な生き物や植物たちは、このエリアの『聖域』としての特性上、放っておけば勝手に―――
いや、むしろ有り得ない程の生命力で 急速かつ強靭に繁殖し育っていってしまうため、その辺りが多少厄介ではあるのだが。
とは言え、それらの手入れのために地球星の職人や専門家などを出入りさせることなどは決して出来ん。
そんな連中に「此処には何かあるぞ」などと感付かれ、要らぬ地質調査やら地中探査やらが行われることにでもにゃった日には…… 裏から表から 四方八方に手をまわして妨害するなり、或いは様々な偽装工作を施すなりと、至極面倒な状況になりそうであること、全くもってこの上もにゃい。
また、もし『万が一の事態』にでも発展してしまった場合には、背に腹は替えられんから、もう『時間遡行』からの根本的な『歴史改変』などの措置までが必要になってしまうかも知れず―――
しかしにゃあ、それは前にも止むを得ず何度かやったのであるが…… 何しろ、変わってしまった歴史の帳尻合わせやら後始末やらが、それはもう半端にゃく大変で、正直もう 出来れば二度と御免だにゃ。
であるからして、この敷地内には むやみに地球星人など入れたくにゃい。
では、そうならないためにはどうするかという話であるのだが―――
実はこの家には、ワレら櫛名田の一族の他に、同居ではなく基本的に皆『通い』ではあるのだが、幾人かのこちらサイドのモノら―――
所謂、宇宙人に類する『使用人』たちを雇っておる。
まぁ、既に何度かチラっとは話したにゃ。
そのカレらのうち、ほぼ毎日邸内に居るのは、執事である龍岡を筆頭に、メイドや料理人や庭師など 約10人程。
その他 必要に応じて出入りしておるのが、例えばボディガードのモノたちや、邸内の各種システム系統の技術担当 兼 警察関係者として刀眞に付けてあるモノ…… あとは、某所にて長期で潜入活動をさせておるモノ 等々。
そうそう、それにワレワレ専門の医務官なども居り、今は合わせて15人程であったかにゃ。
因みにカレらは、この地の事情についても勿論 概ねは承知しており、有事の際には全員 ワガハイの麾下で此処を護るための戦闘員となる段取りである。
そしてその際には、カレらの真の姿も見られる訳であるが―――
いや… そんな事態は、そもそも絶対に起こってはにゃらんのだ。
話がまた少し跳んだが…… 敷地の和洋各庭園内には、茶室や幾つかの四阿や温室、そしてかつての名残りとして、鳥居や小さな社などもあり―――
事程左様に、ワレら一族だけで棲まうのには、正直多少 持て余し気味の感があるのは否めにゃいのである。
まぁ、ワレらが護らねばならん範囲をカバーするのに、多少の余裕を見た上での必要最低限の広さが、今のこの屋敷地という訳であるからして…… 全くもって、仕方がにゃいのであるがにゃ。
◇
今回は、この『聖域』を護するための 様々な造作的『結界』や、自律防衛のための高々度な『機構』、そして適材適所に配置された優秀な『人員』などについて、ほんの触り程度の概要ではあったが 一応述べてみた。
正に、これら『聖域の藩屏』と呼ぶに相応しいモノたちが集束・相乗し、そしてこれら総てが正常かつ適切に機能することによって、この地の安寧は、今日も護られておるのであるにゃ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 洋館1階 第1応接の間―――
櫻子 「玉さま…… これはいったい、どういうことですの!?」
玉依 「どうした突然。 『どう』とは何がだにゃ?」
櫻子 「いや どうもこうも、今日のこのお話の内容ですわよ! 終始 玉さまの独壇場、かつ このクドくて長ったらしい文章ときたら…… もう、イィーーーーってなりますわ!」
玉依 「いや、『いぃーーー!』って…… だから何がだにゃ。 『章初めの概説』ということだったから、ワガハイが誠意をもって懇切丁寧に、いろいろと説明してやったのではにゃいか」
櫻子 「もう! この物語が始まった当初、ワタクシ言いましたわよね!? 『説明は原稿用紙1枚分まで』で『時候のご挨拶などは一切省き、簡潔に箇条書きで』と!」
玉依 「確かその時にも言ったが…… バカにゃのかオマエ?」
櫻子 「はぁ!? 老いさらばえた四つ足小動物に馬鹿にされるほど、ワタクシ落ちぶれてはおりませんわよ!?」
玉依 「四つ足…… だからオマエ、言い方にゃ。 ふん… では試しに、今日の話をオマエの言う『箇条書き』にしてやろうか」
櫻子 「あら、今日はいつになく聞き分けのお宜しいこと。 是非に、お願い致しますわ」
玉依 「全くしょうがないにゃ…… では、今日の話を以下にまとめるぞ―――
〇 当家の敷地は東西80m 南北60m
〇 周囲は筋塀に囲われ 門は各方位に計4箇所
〇 外周は近世風の和様式だが 内部は和洋折衷
〇 警戒機構は上空100km 地中60kmで展開
〇 設計上は大規模攻勢にも耐え得るが WW2以降の稼働実績なし
〇 敷地内の植生は『聖域』としてのチカラにより活性化が著しいため要対処
〇 邸内には使用人に扮した軍派遣の工作員がうじゃうじゃ
…… と言った感じかにゃ」
櫻子 「まあ、素晴らしいですわ! やればお出来になるではありませんか! では、今後はこんな感じでお願い致しますわね、玉さま♪」
玉依 「オマエ…… やっぱバカにゃんだろう」