玉依の焦燥 plus 櫻子 × 陸
どうやら、危機的状況だけは 何とか避けられたようだ。
まぁ、ワガハイも伊達に歳を喰っておる訳ではにゃい…… とでもいったところか。
とは言えだ…… 櫻子固有の異能によって、ワガハイの思考がアイツの脳内にダダ漏れになっておるという現況は、全く変わっておらんのだがにゃ……。
しかしまぁ、櫻子が生まれてからこれまで、16年もの間ずっと その状態であった訳であるからして…… まぁ、ワガハイさえ腹を括れば、今更 改めて騒ぐようなことでもにゃいか。
いや、それよりも迂闊であったのは、そこまでの状況であることを 今の今までしっかりと認識できておらんかったということだ。
ワガハイ…… その間に何かやらかしてしまっておらんだろうにゃ……。
はぁぁ… ここ16年間の、思考による脳内過失かぁ……。
そんなもの、心当たりがあり過ぎだにゃあ。
やれやれ、見た目が猫だからといって、さほどお気楽に生きていけておる訳でもにゃいのだ。
全く、頭痛がイタイにゃ……。
◇
「時に櫻子よ、さっきワガハイが高尚な思索に耽っておった折、オマエはいつからそこで聞いておったのだ?」
肝心なところだにゃ。
「え? あ、はい…… って、そもそも さほど高尚なご思索とも思いませんでしたが」
「ほっとけ」
ふん、全く一言多い娘め。
「うーんとですねぇ…… あ、そうそう… 確か玉さまが ご自分のことを、『しっこくのけづやが…… みめ? うるわしい』とかなんとか仰って――― それで更に恥ずかしげもなく、陶酔感に浸りきって不気味に眼など瞑っておられた、あの超キモい系のくだり……。 うん、だいたいそんなあたりだったかと思いますわよ?」
「ふむ…… そうか成る程、よぉく解ったぞ最悪だ。 と言うか、かなり序盤の方からではにゃいか!?」
「ですわね」
いやいや、何が『ですわね』だ…… 澄ました顔をしくさりおってからに コイツは―――
「櫻子ぉ…… それならオマエ、もっと早く言えよ。 仮初めにも、一応ワガハイたちは『家族』なのだからにゃ。 まずはそう、『ただいまー』とか言って、その後にもせめて…… うーん、まぁ… キモいと言うのなら、もう最悪は『玉さまキモい!』でも何でも良いから――― いや、全然良くはにゃいのだが、でも取り敢えずは何かくれよ」
「いやぁ… 始めはですね、ワタクシも『こっそり聞いてたら ちょっと面白そうかも♪』という程度のノリだったのですが、なんだかだんだんと キモさが超ヤバい感じになって参りまして…… 」
「えーっとだ、櫻子よ、一応にゃ? こういう話の流れだから、ワガハイも『言葉の綾』で言っておるところも多分にある訳でにゃ? だからあまりこう…… ド直球な向きで言われてしまうと… にゃ? うーーーん…… いや、もういいにゃ」
くそ、先程までは『目障り』とか言っておったのが、いつの間にやら もう普通に『キモい』ことになってしまっておるではにゃいか―――
てまぁ… ワガハイ自身がついさっき、自分で言って『解禁』してしまったのかもしれんが……。
「だって…… 最低なドン引きビジュアルに加えて、玉さまの『激キモ副音声』的な心のお声までついてしまっていて……。 ですから本当にその… えーっと、じゃあ……『キの字』? だったのですもの…… 」
「いや、何だその『キの字』って…… もう、まんま言ってしまっておるのと変わらんだろうが。 気ぃ遣うの下手くそかよ全く。 そういう場面に遭遇した時はだにゃ、せいぜい眼と耳を塞ぎ、ついでに口も一生噤んで生きていけにゃ」
「いえ、そこは歳かさの玉さまの方が お口を塞ぎ、そして思考と呼吸をお止め下されば、全てが丸く収まるというものですわ」
「おい、ワガハイに止めさせるヤツの中に『呼吸』とか入れちゃっておるのはおかしいだろ。 はぁ… でもまぁ確かに、何だかもう死にたい気分になることは、実はたまにだがあるにゃ…… 」
「あれ…… え? あの、えーっと――― もしかしてその…… 凹んでしまわれました? ワタクシも少々言い過ぎたかもですし……。 あ… そうだ! ほら、猫って確か『タマシイが九つもある』とかなんとか…… そういうお話もあったのでは? それにそもそも、既に玉さまはもう何千年も生きておられるのですから、今更『死ぬ』だなんて言わないでくださいな。 ねーーー、えーっと…… ね?」
櫻子は少し慌て、悲しそうな表情をしてくれておる―――
何だかんだあったが、オマエはやはり 生まれてきてから今日までずっと、本当に優しくて良い子だにゃ。
本当に嬉しいことだにゃあ…… 可愛いにゃあ。
「え……………… 」
いや、そんな涙目にならんで良いから。
「あぁ、いや… 別にオマエのせいとかではなくてだにゃ…… うーんと、そう! ワガハイのように、もう4000年以上も生きておったりするとだ、さすがにこう… 厭世感とでも言うのかにゃあ……。 まぁぶっちゃけ、全てがもうどうでも良くなってしまう時なんかが、たまーに あったりにゃんかするものにゃのだ」
だから本当に気にするにゃ…… ってどうしたーーー!!!?
おい櫻子、急に泣き出さんでも良いにゃ!!
櫻子は眼に大粒の涙を浮かべ、そしてその雫をワガハイが座る目の前の床に、幾滴も絶え間なく落とし始めた。
いきなり何だというのだ…… コイツもこう見えて、年頃の娘らしく情緒不安定か何かにゃのか?
「いやいやいやいや、すまんすまんすまんすまんすまん! 別にその…… 具体的にどうとかいう話では、もう全然なくてだにゃあ――― こんなにも長く生きておると…… そのーアレだ、たまにはそんな気分になる時も… あるのかにゃーー? とかいう…… にゃ? だからそのー、何だ…… いや、本当に何でもにゃいから……。 てかもぅ頼む、さっきのはどうか忘れてくれ…… 後生だから泣き止んでくれよー。 にゃ? にゃ?」
うーん…… この状況は一体どうしたものか。
しかし考えてみれば、ワガハイはもう数千年も生きておるというのに、こんな時どうすれば良いかなどは正直全く解らん―――
不甲斐にゃいというか何というか、自らの無力さを痛感するにゃ……。
「そんな… こと…… 言わないで玉さま……。 ワタクシ、玉さまが…… いなくなって… しまうなんて…… 想像もしたこと… なかった… もの… ですから……。 だか だから…… だからこそ…… さっきだって 玉さまにあんな… ひどいこと…… して… しまって……。 本当に… 本当に ごめ… ごめん… なさい……。 ごめんなさい……! ごめんなさい!! うゎあぁぁーーーーん!!!」
「な… なにゃ!?」
櫻子が本気で大泣きし始めてしまった…… これは参ったにゃ、どうしたものか―――
いや、とにかく… とにかくだ、まずは何とかして泣き止んでもらわんと。
「櫻子、ワガハイが悪かった! おかしなことを言ったにゃ、ごめんごめん、ごめんにゃあ。 本当に居なくなったりなどせんから、どうか泣き止んでくれよぉ…… にゃ? にゃ?」
そう言えば、このワガハイがこんなに必死になるのも、本当に久々のことだにゃ……。
ワガハイはこれまでの長い長い時間…… 特にこの120年程はいつも、自らが猫の姿であるという引け目や疎外感なども手伝ってか、最年長者であることや、昔は神として崇められていたことなどを詮なき拠り所として、いつも世を達観し諦感し―――
そして常に 斜に構えた立ち位置で、どこか孤独で虚ろな生き方をしてきたような気がするにゃ。
だが今、目の前に…… そんなワガハイにゃんかの為に、まさか泣いてくれるモノがおるなどとは―――
そのようなこと今まで本当に…… 考えたことも なかったにゃあ……。
「まぁ何だ…… 確かにワガハイは、オマエよりも相当年上ではあるが――― 4008歳など、実はこの星の人間で言うところの、せいぜい『アラフォー』程度のものだ。 下手をすれば、あと6000年程は余裕で生きておるかもしれん。 どうだ、こう見えてまだ折り返し前だぞ?」
「あはは…… でも、40歳前後にしては『お年寄り感』が半端ないですわね…… 」
「ほっとけ。 これまでの人…… 猫生の積み重ねが違うのだ」
ふぅ…… 櫻子も漸く、少しは泣き止んでくれそうになってきた。
それにしても――― さっきまでワガハイが消し炭になることも吝かでないような えらい剣幕であったくせに、全く解らんヤツだにゃ。
「 ………………!!! ふぇ… ぇぐぅ…… 」
「 ――― え?」
少しだけ落ち着きを取り戻しつつあった櫻子の表情が、また一瞬で悲嘆に暮れたものへと変わった。
「だからそれはぁ! ワタクシが悪かったって… 謝って…… ちゃんと謝って… おり… ますのに……。 ワタクシの…… 大… 好きな…… 本当は大好きな… 玉… さまを……………… この手で… 殺してしまうところ…… だった… なんて……。 ワタクシ… どうしたら……………… 本当に…… ごめ… ごめん… なさい……。 ぅわあぁぁぁーーーーん!!!」
そうだったーーーーーーー!
ワガハイが考えたこと全て、コイツの頭の中にダダ漏れだったんだにゃーーーー!!!
「さ ささ… 櫻子! すまん、そういうことではにゃいんだ! さっきのことなど、もう全く気にしてなどおらんから! にゃ? だからもう、どうか泣き止んでくれにゃあ!」
あーぁ、やっちまったにゃー。
「そ… そうそう、因みににゃんだが…… さっきオマエが言っておった『猫の魂が9つ』という話にゃ――― ソイツはある意味本当だ。 でもそれはにゃ、魂数が尽きるまでの間の『不死』を意味するものなどではにゃいのだ――― 」
櫻子は泣きながらも、ワガハイの話をおとなしく聞いてくれておる。
あぁ…… コイツは全く。
ワガハイも漸く、自分が居っても良いのだと思える場所を…… 見付けられたということなのであろうかにゃあ。
「 ――― では、一体どういうことにゃのかと言うとだ、この星の猫どもの中にはにゃ、『猫としての一生』を9度 転生して繰り返し歩まねばならんという類いの…… 謂わば『業』というか、『呪い』のようなものを背負わされたヤツらが居るらしいのだ。 まぁ、ごく稀にではあるがにゃ――― 」
ん…… 一体どうしたことだ?
ワガハイは先程までどうしようもなく焦り、困り果てておったはずであるのに―――
何故だか、顔の表情が自然と緩んできてしまうにゃ。
ふふ… 心が何だか、とっても暖かいにゃあ。
「 ――― しかしだにゃ、まぁ そもそも『ワガハイは猫ではにゃい』訳であるからして…… だから、そんな縛りも勿論にゃいのであるがにゃ――― 」
「いいえ…… どこから… どう見たって、ただの貧相な老猫さんではありませんか」
櫻子はまだ涙目ではあるが、しかしとても柔らかな表情で、いつものように憎まれ口を 少し返す。
うん、櫻子のヤツも、どうやら少しだけ笑みが戻ってきておるようだ。
全く やれやれという感じではあるが、でも良かったにゃ……。
世話が焼けるし面倒な事この上もにゃいのに…… 心の底から、嬉しいことなのだにゃあ……。
そうか――― 折角の良い機会であるから、コイツにだけは伝えておくとするか。
「 ――― そしてだ櫻子… 実はワガハイの場合はにゃ、その辺の猫どもとは違い、本当の『不死』という意味での 謂わば『ライフ』を、元々は3つ持っておった。 だが少し前にな、実は既にその内の1つを使ってしまったのだ。 まぁそれでも一応、今でもまだ残りの2つは持っておるのだがにゃ――― 」
櫻子は、また少しだけ悲しそうな表情を浮かべながらも、取り敢えずは黙っておとなしく聞いておる。
良い子だにゃ…… オマエは本当に。
「 ――― このことは、恐らく槍慈のヤツも知らんことにゃのだが……。 まぁ 何かの時の為に、オマエにだけは内緒でにゃ…… 今 此処で、伝えておくことにするよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館2階 櫻子の部屋の亜空間の狭間―――
柏子 「ねぇ槍爺 終わったぽいけど めでたしめでたし?」
槍慈 「そうですねぇ… まぁ あの二人にしては、上出来じゃあないでしょうか。 ねぇ、龍岡さん?」
龍岡 「はい、槍慈様。 お二人ともご無事で、宜しゅうございましたね」
槍慈 「ええ、そしてどうやら ワタシたちもねぇ」
柏子 「で…… 玉先ってば 『櫻姐にだけナイショで』とか言ってたけど アタシたちも聞いちゃったね」
槍慈 「ですねぇ。 何だか盗み聞きでもしてしまったようで心苦しいですが…… まぁ 仕方ありませんねぇ、不可抗力ですから」
龍岡 「はい、その通りで。 ところで槍慈様は、本当にご存じなかったのですか? その、中佐… いえ 玉依様が『人型』分のお命を 既に失っておられたということ」
槍慈 「ふむ…… まぁ、『知らなかった』と言えば、確かに本人からは何も言っていただけておりませんでしたから、そうと言えば そうなのかもしれませんがねぇ……。 でもあの人… いや 猫、ある時から急に人の姿にならなくなってしまいましたから…… 当然、察しはついていましたけれどねぇ」
龍岡 「はい、全くもちまして…… 左様でございますよねぇ」
柏子 「よくわかんないけど 要はバレバレだったってことね」
槍慈 「まぁでも…… あのお話は、一応 聞かなかったことにしておきましょうか。 ワタシたちがずっと此処で一部始終を楽しく観戦… もとい、不安に苛まれながらも必死で見守らせていただいていたなどということを含め――― こちらも『内緒』ということで」
龍岡 「はい、畏まりました。 決して他言致しません」
柏子 「ところでさ ここ おもしろいね」
槍慈 「でしょう? まさに『次元の狭間』ですからねぇ。 櫻子さんが張られた神業的に極薄な結界層膜の『隙間』に無理やり干渉――― そしてそのまま侵食して潜り込み、そこへ更に別の亜空間を発生させて外膜を中和しつつも反発保持させた…… 途方もなく不安定かつ危険極まりない場所なのですから」
龍岡 「いや全く、あまりに常軌を逸していて 本当にハラハラ致しましたが――― 無事に事が収束した今となっては、お陰様で とても得難い経験をさせていただきました」
柏子 「へぇ そんなキケンな場所だったんだ」
槍慈 「ふふ… そんなこと言って、柏子さんは薄々解っていたのでしょう? だからこそ、桐子ちゃんを誘わずに来た」
柏子 「桐姉 寝てたから」
槍慈 「はい、ではそういうことで。 さて と…… そろそろワレワレも、この空間を閉じて撤退… いや、転進致しましょうか。 此方の亜空間を捻じ込ませている、櫻子さんの結界自体が殆ど消失しかかってますから、このままだとお二人に見つかってしまいます」
柏子 「龍岡さん あとで弓弦兄の部屋に紅茶をひとつ持ってきて アタシの分 なんか紀理江が遊びに来てるみたい」
龍岡 「はい、畏まりました。 ふふ… 流石ですね、柏子お嬢様」
柏子 「?」
槍慈 「やれやれ、せっかくの面白い余興も、これでひと段落ついてしまいましたか……。 明日からまた、『平穏な日々』なのでしょうかねぇ」
柏子 「平穏は大事 なんにも起こらなくていい でも――― 近いうちに なにかとてもメンドウなことが起こりそうな予感がする…… 」