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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『結』 chapter 002
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玉依の焦燥 plus 櫻子 × 伍



 ようやくにして、櫻子さくらこもワガハイの声に聞く耳を持ち始めてくれたようだ。


 (みずか)らが張った、この堅牢強固(けんろうきょうこ)な多層異次元膜結界の中で不用意に異能(ジン)を解放などしてしまった場合の、その危険(きわ)まりない可能性について。



 ◇



「それは…… 確かに。 何だかとてもまずそうですわね…… 」


「だにゃ。 まぁ 今の平和な世の中で、ワガハイや槍慈(そうじ)が教えた攻守(いず)れの(すべ)も、オマエは良く会得(えとく)し、研鑽(けんさん)しておるよ。 それは本当に認めるにゃ――― いや、むしろ舌を巻く程だ」


「あ…… えーっと、それは… どうも」


 櫻子(さくらこ)はぺこりと頭を下げる。


「だがにゃ、普段何かといたずらによく使用しておる『結界の展開』までであれば、まぁそれなりに経験を積んでおるとして……。 しかし攻撃の方はと言うと実際に放ったことも少ないであろう(ゆえ)、どの程度の加減でどれ程の威力を示すかが、正直まだ解ってはおらんだろう。 またそれと同様に、みずからが全力で張った結界が、一体どの程度のチカラで破れるものであるか…… などということについてもしかりだ」


「はい、確かに……。 まぁ、(たま)さまが()(ずみ)になるのは別に良いとして…… でもワタクシまでそれに巻き込まれてしまうというのは、少々間抜(まぬ)け過ぎて困りものですわ」


「おい」


「解りました。 では取り敢えず こちらも少々頭を冷やしまして…… まずは(たま)さまの弁解(べんかい)でも、一応(・・)お伺い致しましょうか」


 櫻子(さくらこ)は、ひとまず薙刀(なぎなた)八相(はっそう)の構えだけは解いてくれたようだが―――

 しかし残念なことに、ワガハイへの諮問(しもん)の件自体は忘れておらんかったようだ。

 ふん、なかなかに(さと)いヤツめ。


「やれやれ…… しかしまぁ、そいつは取り敢えず有難いか。 ふん… 櫻子(さくらこ)ぉ、オマエ命拾(いのちびろ)いしたにゃあ」


「そちらこそ、あまりお調子に乗るものではありませんことよ…… このお(しゃべ)り四本足が」


 だから言い方よ――― あと、眼がコワイから。



「そ、それにしてもだ…… (にゃん)で最近、ワガハイにここまでいろいろと突っ掛かってくるんだにゃ。 昔はよくじゃれついて、一緒のベッドで寝たり 毎日風呂にも入ったりなどして…… 」


「い、ぃいぃ いゃ…… ぃやぁぁぁめぇてぇぇぇぇぇえーーーーーーーー!!!」


 ふん、まぁにゃあ…… お年頃の娘だしにゃあ。


「いや、お年頃とかは関係なく――― まったくのユニバーサルにバリアフリーに、ただっただ今はもう、本っっっ当に(たま)さまの存在が『目障(めざわ)り』なのですわよ! デリカシーの欠片(かけら)もないし、話もウザくて超(なっが)いですし…… そして… そして何より……『ありとあらゆる過去の事実』を……… 抹消… いえ、滅殺し尽くしたい゛ぃぃぃ……ぃ………… くはぁ!」


「おい…… その、血の涙でも流しそうな苦悶(くもん)の表情やめろよ。 最後 (にゃん)か吐いたし」


 はぁ…… 一体 (にゃん)だというのだ全く。


 それにしてもにゃぁ…… (にゃーん)で寄りにもよって、ひとつ屋根の下で共に暮らさねばならん相棒の孫娘が、『動物(・・)の心を読める』などという 傍迷惑(はためいわく)異能(ジン)を持って生まれてきてしまっておるのか……。


 半獣(はんじゅう)異形いぎょうのワガハイにとっては、相性あいしょう最悪ではにゃいか。


「まぁ… それについては多少お察し致しますけれど。 でも、もう4000年も生きていらっしゃるというのであれば、逆に(たま)さまの方で『心を読まれない(すべ)』か何かを身に付けていただくことは出来ないんですの? だって龍岡(たつおか)さんたちは、(たま)さまと同様の種であるにも関わらず、ちゃんと思考をブロックしてこられてますわよ?」


 龍岡(たつおか)というのはこの屋敷の、一見(・・)穏和(おんわ)そうな執事だ。


 (ちな)みに、ヤツの下にはワガハイと同じように、半獣(はんじゅう)人型(ひとがた)の配下のモノたちが 今は確か…… 14人程付いておるのだが、(いず)れも相当にクセのある――― しかし非常に頼りになる連中だにゃ。



「いやいやいや…… アイツらは一応、使用人の(てい)で日々ソツなく勤めつつ、のほほんとこの屋敷に出入りしてはおるがにゃ、本来は星系軍特殊部隊の中でも()()きのエキスパートどもだ」


「ええ、そのようですわね」


「しかもアイツらはだにゃあ、あらゆる苦痛やら拷問(ごうもん)やらにも耐え()るため、数多(あまた)の地獄のような訓練を(くぐ)り抜け…… そして そう、例え自白剤なんぞをシコタマ飲まされてさえ、そもそも(みずか)らの記憶すらも意識的に完全抹消(デリート)出来る程の驚異的な精神構造を獲得かくとくしておるという… ()わば、ある種の『ど変態ども』なのだぞ?」


 そんなヤツらと一緒にされても困る。

 同じ軍人であるとは言え、ワガハイには絶対に無理だにゃ……。


「いや、『ど変態ども』って……。 仮にもアナタ直属の優秀な部下の方々なのでしょう?」


 おっと、コイツはいかん…… 今のは(にゃ)しだ。


「はいはい… って、そんなお話はさておき…… でもワタクシにしたって (たま)さまのお心の声など、別に好き好んで聞いているわけではありませんわ。 だって生まれつき、頭の中に勝手に流れ込んでくるのですから 仕方がないではありませんか」


「それは…… まぁにゃあ」


「でしょう!? それにそのせいでワタクシ…… 変に理屈っぽくて、まるで中二病みたいな思考や…… あと、話し方なんかもいろいろと… その…… 正直、お父さまやお母さまよりも (たま)さまの方にどんどんと似てきてしまって…… 」


「そうかぁ? ワガハイはそんなお嬢(・・)みたいな話し方はしにゃいだろう。 てか、ワガハイに似てきて『中二病』って(にゃん)だよ」


 いや、それにコイツもまさか あの両親たち(・・・・・・)なんぞに似たかったという訳でもあるまい。


「あはは…… まぁ確かに、お父さまやお母さまたちに似てしまうことの是非(ぜひ)は置いておくとしまして――― でもワタクシね、普通に話そうとすると、なんだかだんだん(たま)さまっぽい話し方になってきてしまっているような気がするのです。 それで()えて 何年か前から多少無理やりに、こういう口調でお話しするようにしているんですのよ?」


 そうだったのか、それは知らなかったにゃあ……。


「そうかぁ、物心(ものごころ)つく前…… 言葉も解らん頃から、ずっとワガハイの心の声を聞き続けておる訳だからにゃあ。 (にゃん)だか、すまんことをしたにゃあ…… 」


「あ、いえ… ワタクシの方こそ、(たま)さまが悪いわけでないのは充分解っておりますのに……。 取り乱してしまって、先程は本当にごめんなさい」


 (ようや)く落ち着いてきた櫻子(さくらこ)は、そう言うと手にしていた光性武器や部屋中に張った複雑堅固な位相膜結界を、まるで拍子抜けする程にいとも呆気(あっけ)なく解くと、それらを両掌から吸い込むように、身の内に納めてくれた。


「ふぅ…… じゃあ櫻子(さくらこ)よ、仲直りの印として 久々に一緒に風呂にでも入っ…… 」


「だ・か・らぁ…… 調子のってんじゃないですわよ、このネコ科動物がぁ…… 」


 顔コワ―――


「で…… ですよにゃーーー 」



 でもまぁ、派手なことにならんで本当に良かった。

 コイツとも、取り敢えずは仲直りも出来たことだし―――

 普通の家族って、こういうものなんだにゃあ。


「いえ、たぶん『こういうもの』では絶対にないですわよ」


 で… ですよにゃー……。



 ◇



 結界が解けたことで、窓の外が(ようや)くにして見えるようになってきた。

 すでに暮れ、時刻は午後6時を回っておるようだ。


 メシの前の茶の時間はとっくに過ぎておるが…… 誰も呼びに来んということは―――


 ふん、槍慈そうじたちめ…… 中の様子を察して、櫻子さくらこのことをワガハイに丸投げしおったにゃ……。

 いや… 下手をすると、まだその辺から 高みの見物を決め込んでおるかも知れん。


 ふん、まあ良いわ―――

 そういうことであれば、今日はもう少し この娘の我儘ワガママに、付き合ってやるとしようかにゃ。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく幼少期ようしょうきたん



 13年前、櫛名田(くしなだ)邸内 和館 奥座敷―――


櫻子さくらこ(幼) 「ねぇねぇたませんせ! 今日はなんのおべんきょうをするの?」


玉依たまより 「そうだにゃあ…… よし、今日は『本音ほんね建前たてまえの使い分け』について教えてやろう」


櫻子(幼) 「ほん… ね? たてま… え? それってなぁに、たませんせ? おしえて おしえてー!」


玉依 「うむ…… それらはにゃ、この星の人間社会の中で生きていく上では、絶対に欠かせにゃいルールのひとつだ。 ワレワレのような高位次元の存在にとっては全く意味を成さにゃい場合も多いが――― しかし この星の人間たちのように、精神や心の共鳴による意志の疎通そつうが出来んモノたちにとっては、他人にみずからの本当の立ち位置や思惑おもわくなどを明かさずに、えて正論せいろん…… ないしは日和見ひよりみ的な、()わば『偽りの主張』をしておくことにより、ある種の『保険』をかけておく場合があるのだにゃ」


櫻子(幼) 「うーーーん、よくわかんなーい!」


玉依 「ふむ…… だろうにゃあ。 かく言うワガハイ自身も、言ってて(にゃに)を言わんとしておったのか、すっかり見失っておるところだ」


櫻子(幼) 「あはははは! ちょーうけるんですけどー!」


玉依 「ほぅ、そうか。 別に笑うところではにゃいのだが…… 面白かったのなら良かった。 でだ、今さっきのワガハイの状況を例として見てみるとだにゃ…… 」


櫻子(幼) 「うんうん」


玉依 「本当は、言ってるうちに(にゃん)だか解らんことになってしまっておったのに、それでも格好をつけて小難こむずかしい感じに誤魔化ごまかしにゃがら、さも何事なにごともにゃかったように話し続けておった……。 あの不毛極まりない状態こそが、つまりは『建前たてまえ』というものだ。 全く…… 人とは実に、くだらん生き物だにゃあ。 そしてだ――― 」


櫻子(幼)「わかったー! ほんとはオツムがちょっとアレ(・・)なせいで、なにいってるのか じぶんでもよくわかんなくなっちゃってたー! …… ってゆうのがぁ、さっきの(たま)せんせの『ほんね』だったってことなんだねー! かっこわるぅーい。 あっはははははー!」


玉依 「お、おう……。 うーむ、(にゃに)やら気になる言い回しや(そし)りの言葉が随所(ずいしょ)に散りばめられておったような気がせんでもにゃいが…… まぁ良い。 うん、だいたいそういう感じかにゃあ」


櫻子(幼) 「うっわぁー! たませんせは いっろぉーんなことしってて、すっごいなぁーー! そんけーしちゃう!」


玉依 「ほう、ワガハイを尊敬してくれるのか。 うんうん、なかなかにかしこくて可愛いヤツではにゃいか」


櫻子(幼) 「 …… ってゆうかんじのがぁ、『たてまえ』?」


玉依 「(にゃに)ぃ!? ぉぉ… おぅ。 う、うーん…… そういうことに、なる… のかにゃあ……。 ふん、なかなかにさかしくて――― あんまり可愛いもんでもないにゃあ、子供なんぞというものは…… 」


櫻子(幼) 「あー、それがたませんせの『ほんね』だぁー!」


玉依 「あぁ、そうだそうだ。 くそ…… かしこいのは良いが、3歳の割には 妙に飲み込みが早いにゃ――― ん? もしかしてコイツ、人の心の内でものぞけておるのではあるまいにゃあ…… 」



 今からおよそ13年前――― 櫛名田くしなだ邸内での、とあるひとコマ。


 当時 玉依たまよりは、勿論(もちろん) 単なるごとのつもりで言っただけであったのだが―――

 しかしそれははからずも、まさに正鵠(せいこく)を射抜いた『衝撃の真実』なのであった。






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