救いの温もり
桜の木の下に座り込んでどのくらい時間がたったのだろう。すっかり陽は落ち、空には星が瞬いている。今頃母さんは心配してるんだろうなと思いながら腰を上げ帰ることにした。帰る前に再び桜の木に触れ、少しでも安らぎをくれた事に感謝を述べてからその場を後にした。それからしばらく歩き、自宅近くまで来た時
「あ、やっと帰ってきた。もう、おばさん心配させてどこ行ってたの。」
と、聞きなれた声がした。ふと顔を上げると、そこには近所に住んでる鈴河姉妹の双子の姉、鈴河衣美香だった。僕や紗雪が小さい頃よく一緒に遊んでくれた姉妹の1人で、たまにうちに来る。
「ごめん。ちょっと寄り道してたんだ。もしかして2人で探してくれてた。」
「当たり前じゃん。おばさんから電話があって、いつまでたっても帰ってこないって泣きそうになりながら話してたから大急ぎで探し回ってたわよ。和也、またあの桜の木の所に行ってたの?」
あぁ、この人にはなんでもお見通しか。僕の顔を見ればわかったしまうのかもしれない。小さい声で「うん。」と返事をするとため息をつき、
「やっぱりね。ちょっと遠回りして帰ろっか。おばさんと四美子にはメール入れとくから。」
それから2人で少し進路を変えて歩き出した。しばらく沈黙が続いたが、先に口を開いたのは衣美香だった。
「ねぇ、紗雪となんかあった。」
「うん。」
「そっか。」
また沈黙になる。多分向こうもなんて聞いていいかわからないのかもしれない。それか僕に気を使ってくれてのかもしれない。そう思い次は僕から話し出した。。
「紗雪、彼氏ができたんだって。転校先で告白されて付き合い始めたらしい。紗雪がこっちに帰って来ることになって、向こうが離れるのが嫌でこっちに引越ししてきたみたい。」
「そう、紗雪に彼氏が。ねぇ、和也はまだ紗雪のこと好きなの。」
えっという顔で衣美香の顔を見てしまった。
「だって好きじゃなきゃそんなに落ち込んでないでしょ。」
不意を突かれたが、誤魔化せないとわかり正直に答えた。
「うん。好きだよ。昔からずっと。でも今となってはどうしようもないよ。紗雪は手の届かない所にいるんだ。僕がいくら手を伸ばしても届かない所に。僕の傍にいるより彼氏さんの所にいる方が紗雪も幸せだよ。きっと。」
なんだろう。いざ口に出すと、言いたくない事まで話してしまう。思ってもいない事まで話してしまう。自然と涙が出て来る。抑えようとしても次々出てくる。その時ふっと何かが僕を包んだ。その正体はすぐわかった。衣美香だ。泣いている僕をそっと優しく抱きしめて、
「そっか。やっぱり好きだったんだね。うん。わかるよ。和也の気持ち。辛いね。悲しいね。でも和也の手が届かないって誰が決めたの。例え紗雪に彼氏がいるからって和也の想いを伝えられないことはないんだよ。それに紗雪が誰と一緒にいて幸せっていうのも和也や他の誰かが決めるんじゃなくて、紗雪自身が決める事だよ。だからまだ諦めちゃ駄目。私も力貸すから。ね。」
と頭を撫でてくれた。そういえば小さい頃、僕がいじめられて泣いていた時によくこうして慰めてくれた。姉妹揃っていつも相談にのってくれて、時に怒ってくれて、時にこうして慰めてくれる。ほんと、いつになっても頭上がらないな。
それからしばらく歩き、家の近くまで戻って来たら家の前で母さんと鈴河姉妹の双子の妹の四美子が待っていた。母さんは涙目になりながら抱き着いてきた。それだけ心配だったのだろう。四美子は衣美香の顔を見て、何があったのかを察したのか苦笑いしていた。流石双子、恐れいった。僕はこの時諦めずにこの゛好き゛という想いを紗雪に伝えようと心に決めた。彼氏さんとはぶつかるだろう。でもそんな事でくじけてばかりいられない。こうして支えてくれて、温かく見守ってくれる人達がいるのだから。だから下を向かず、背を向けずに紗雪とちゃんと向き合おうと。