知識を目論む
リステンシア伯爵家当主 ワイドリンは文官派の筆頭と目され、弟のゲオルグは宰相として仕える等
代々文官を輩出する一族として知られている。
先程のふくよかな夫人、ビクトリアは隣国 イユン帝国のイズミル伯爵家より嫁いで来て2人の男子と末に
あの問題児 フローリアを設けた。
伯爵家の令嬢なら王妃のサロンに呼ばれてもおかしくは無い家格なのだがアレは無い。
血統主義が行き過ぎた近親婚の果ての弊害が出たと思われても仕様の無い破天荒な振舞いは
今までそのような伯爵令嬢の噂を耳にした覚えが無かっただけに、茶会でフローリア嬢の無邪気を通り越して
傍若無人な姿を目の当たりにした出席者達は、口元に扇を翳して何があったのだろうと憶測を口にする。
普通あのような世間に出すには不安のある子がいたのなら、親は早急に対処するであろう。
家臣や配下の貴族家に下賜や降嫁、女児しか居ない家に婿入りという体で押し付けたりと円満な縁談に託けて
多額の結納金と引き換えに面倒を見てくれる相手に押し付ける。
下手に修道院などに押し込めば不妊や不能といった生殖能力の不備や身体の不具、精神的な病など貴族として
その家の血統の健全性、尊貴や正統性が疑われる為、夫や婚約者に先立たれたり当主が罪を問われ
連座を逃れるといった余程の理由がない限り行われる事は無いといえる。
なのでああいった貴族として不適格だと判断された子女は早急に家から出した上でサロンや茶会、
舞踏会などの社交の場には理由を付けて出す事は無く、男児であれば養子に出した先の家業や修行に託け
女児は蒲柳の質だと輿入れした先で療養している体で世間から隔離されるのが普通で当然ながら
子を作らせる事も無い。
なので貴族の資質に欠けたような娘が他家、それも王妃の主催する茶会に押し掛けるように出席した事に
リステンシア伯爵家の重大な瑕瑾となるなと、宮廷雀達の囀りが城内のあちこちで交わされるだろう。
「リステンシア伯爵家の令嬢ならば、私よりも王太子妃に推薦されて然るべきお方のようですけれど」
グラーシアはタルミラン侵攻時、領地で銃後の守りと領民を指揮しつつファングル領の城に篭り
アラクネ糸を取ったり領内の婦人達を励ましたり、慰問袋を縫ってと忙しかった為、貴族の子弟の義務である
学園修学も籍を置くだけで、特例として派遣された教師から知識を学んでいたので王都の様子や
宮廷での勢力図や内情に疎い所がある。
グラーシアがベオヘルグに嫁ぐ体でシナノを治め、異世界日本の絹糸紡績業を振興する予定であれば
王太子 ハインリヒの婚姻の相手は他国との友好の為に王族の姫との縁を求めるか、国内で王家の権威権力を
万全な物にする為に貴族の後ろ盾を得る為ならば有力貴族の令嬢を召し上げるかだろう。
なれど結婚適齢期であるハインリヒがフリーだったのは今だ両国間は微妙なパワーバランスの中にある
タルミラン王家の姫との婚姻の話もあるにはあったのだが、肝心の姫は婚約直前になって儚くなられたとかで
婚姻による和平条約の話は流れた。
表向きは流行り病に取り憑かれての病死とされる姫君はキリアラナとの縁組みを快く思わない一派により
毒殺されたとの専らの噂だ。
そして王太子の婚姻ともなればそれこそ年単位、誕生よりあらゆる縁を選別するのが普通であるが
一応戦時下にあり相手の謀殺等で、婚約者の座が丁度空いた事とベオヘルグの尻拭いと
転生人の知恵を囲い込む王家の思惑で、グラーシアが公爵令嬢であったのも幸い急遽王太子妃の座が
転がり込んできた訳だ。
それでもグラーシアとベオヘルグが予定通り結ばれていたとしたら今頃王太子妃の座は大公家や伯爵家等の
高位貴族のいずれかの令嬢のものとなったであろう、というかその座を巡り暗躍する者もあっただろうに
すんなりとグラーシアがその座を射止めたのも今思えばおかしいと首を捻るものだ。
「伯爵夫人もそのつもりで王妃様のサロンに通い詰めてましたけれどねぇ、無理じゃないかしら」
王妃様のお気に入りであり金満辺境伯の三男坊の妻、そして異世界管理課転生人管理の管理官という職を務める
当主夫人に比べたらまだ気楽な立場で動けて王城の中で立場のあるショーンも、この茶会に呼ばれて伯爵令嬢の
奇行の一部始終を目の当たりにした一人だ。
「元々普通の貴族の家の子供にしては変だと思ってたのよ、多少は他の令嬢と話したりしてるけど表面だけ。
何時もニヤニヤして人を見てるだけで気持ち悪い、それなりの家の子ならコネなりネットワークなり作ろうと
交流して仲を深めていくのが普通なのに、あの娘は自分の気が向いた時だけ二言三言話し掛けるだけで
後は相手にもしない、一方的な利用だけで相手にしたところで利の無い無能な小娘ってのがあの娘の評価よ。
学園でも友達どころか取り巻きもいなくて仕方なくメイドと分家の娘を付けてたって聞いてるしね。
王家としてもそんな色々と足りない令嬢に苦労しても目の出ない教育を施すより、ある程度基礎が出来てて
王妃教育の仕込み甲斐のあるグラーシア様の方がよっぽど良いと思うわよ。
それにグラーシア様の知識の他に、ファングル公爵がお持ちの"竜肝と逆鱗"を娘の
嫁入り道具の一つとして持たせる事も期待してる向きもあるって聞いているわ」
能力だけでなく持参金目当てもあったのかと、王家の仰々しい求婚の下に隠された強欲ぶりに更に幻滅する。
「多少の粗は如何にかお家の力で取り繕えると思いますけれど、それでも何とかならなかったのかしらね」
「選りすぐりの取り巻きを付けた上で内気で思慮深い深窓の令嬢を演じさせとけば
他力本願傀儡にしかならないだろう王太子妃の道もあったんでしょうね」
「だからといって今更私に媚を売るにしてもあれは悪手ではなくて?」
「あんな気分屋の小娘の目的なんて…て、もし仮にあの娘が転生者で『イケ恋2』を知っていたとしたら」
悪役令嬢がヒロインをザマァした後の続編となれば、既にシナリオは破綻している。
そんな中、傍観転生人を気取っていたとしたらザマァ後の悪役改め真のヒロインと成り上がった
グラーシアが異世界知識チートでNAISEIだー!とばかりにシナノに産業革命を起こして
何処ぞの大英帝国よろしくこの国が発展しパクス キリアラナともなれば、乗るしかない!
このビッグウェーブに!!とばかりに断罪返し後の悪役令嬢の大団円の尻馬に乗って甘い汁ならぬ
甘々ストーリーのお零れに与ろうとでも考えるだろうか。
「大体悪役令嬢の断罪返しの後なんて改心した王子か、ニューヒーロー王子様が令嬢を溺愛しまくって
領地とか国を発展させつつ犬も喰わないすれ違い騒動とか横槍横恋慕でイイ感じに恋愛ストーリーに
スパイス的な出来事を起こすようになってるのよ」
こういった物語のテンプレに則るとそうなるかしらと、閉じた扇で顎を撫でながらショーンは
持ち前の思い込み盛り盛りの予想を口にした。




