神の思惑、人の野心。
「古来よりドラゴンに挑み倒した者を英雄と呼びます。
私の父、クリストフも北の渓谷に住まう銀龍を屠った事でファングル領とファングルの名、そして
現国王陛下の妹である我が母を賜りまして名誉将軍の称号と公爵位を得ました。
なれど強大な力を持ちしドラゴンも生まれてすぐの幼竜は力弱く爪脆く、咆哮と呼ぶにはか細き嘶き故
身を守る術を持たぬ幼竜は神々の眷属として保護を受けて力を蓄えるもの。
だからこそ人は幼竜に手を出してはならぬと神と人の間にて取り決められた掟が御座いますが
何故殿下は禁を破り卑怯にも物陰から背を討つなど言語道断!卑劣極まりない行いを為されました?」
毛筋一本たりとも乱れなく結い上げた黒髪の、目鼻立ちのハッキリした如何にも悪役令嬢に御座いと
宣伝してるかの顔付きのキツ目の美人が口を極めて罵れば、その迫力は如何程か。
日頃より王族として多くの女官侍人に傅かれ、甘言と耳に優しい柔らかな諫言に慣れていたユリウスは
留学と称して滞在していたマムクール王国の王宮で将来の王配、実質的な国王として君臨する
尊貴の身なれば、正面から厳しい言葉で罵られるなど思いもよらなかった事態である。
「な、な」
「神の眷属、神獣殺しの恐ろしさをとくと思い知りなさいませ」
パチンとグラーシアの手にした扇子が鳴る。
ここに至って漸く事態の重さを実感したユリウスは椅子の背もたれにへたり込む、と同時に
横に居たクラウドは片膝を着き、貴人に対する礼を弁えた所作でマジックバッグから取り出した手鏡を
ユリウスへと差し出して重々しく告げた。
「マムクール王国への加護の約、禁を破りし者よりその証たる"月眼"を取り上げる。と
しかし国への恩恵は変わらぬから安心せよとのムートン神様のお言葉です」
クラウドの発した言葉に弾かれるようにユリウスは差し出された手鏡を覗けば
己が左目が只人と同じ目に変じている事を認識し、そのまま意識を失って椅子から滑り落ちた。
「あらまぁ…見えなくなった訳でもないのに」
瞳孔の形が普通の人間と同じものになっただけなのに何を騒ぐ事があろうかとでもいうかの視線を向け
騒がしいものを見たとばかりに、悪役令嬢らしく優雅に竜骨扇子を開いて翳すグラーシア。
「生粋の王子サマですからねぇ、それに神様の加護持ちって事で甘やかされて育った脳味噌綿アメな
豆腐メンタルの弱小スライムよりか弱い男お姫様でも不思議はないでしょ?」
フカフカの毛足の長い絨毯の上とはいえ、仮にも王子殿下を床に寝かせたままにもいくまいとクラウドは
失礼しますとだけ声を掛け、伸びたままのユリウスを抱え上げてグラーシアの扇子の示す
部屋に備え付けられているシングルベッドサイズのソファへと運んだ。
「男お姫様は酷いわね〜」
「どうせ神の加護があるからってワガママ放題生きてたんでしょ、その思い上がりやプライドの
唯一の拠り所だった月眼を取り上げられちゃった〜!って泣くガキと変わんないですよ」
失神しても整ったユリウスの顔を、流石はイケ恋の攻略対象だなぁと眺めていれば
突然なんの予兆も無く部屋の真ん中に火神 アーダルがテーブルの上に浮くように降臨した。
「其奴が仔竜を害した罪人か」
「あ、アーダル様」
「まぁ!申し訳御座いません、このような何も無い場所に御迎えのご用意も何も整っておりませんのに」
御迎えの仕度が整う前の突然の御降臨とあって、神様をもてなす為の用意が出来ていないのにと慌てる
グラーシアの恐縮振りをアーダルは軽く手で制してソファで伸びているユリウスへと近付いた。
「クラウドよ、どれだけコレを怖れるのだ?罰を与えるどころか介抱してやるとは
人の長というのはそれ程までに民やお前達に影響を与える存在なのか」
「そんなんじゃありませんよ、じゃなくて…御座いません。
こんなヤツにシナノや大事なスワ湖の発展に関わって欲しく無いだけです、俺の気持ち的になんですけど
スワ湖は神渡る聖なる湖、男神女神祀る大切なる社の造成や御柱に罪人に触れて欲しくない」
「…ふむ、そういう事か。それでその湖には何処れの神が住まわれているのだ?」
アーダルはシナノ領となったキリアラナの北の森に神が居たかなと問えば、クラウドは首を横に振って
森の精霊王と、その妻となる湖の乙女の名を告げる。
神に非ずと目を見開いたアーダルは一つの事に思い至ったのか、傍らで伸びているユリウスの事なぞ
放棄したようにクラウドに向き合って再び問うた。
「貴様…神を創る気か!?」
神と云うものは途方も無い力を有し、生命を、世界を創造する存在なれど信仰有らずば存在すら
覚束無い二面性を持つ。そして神を生む原動力となり得るのも信仰である。
「神様を作る!?そんな事なんて考えてませんよ、俺はただ森の仲間と精霊達と共に生きたいだけです」
クラウドとしては日本で遊んだ動物達と暮らすの森や、友達ソックリの住民をコレクションして
マンションを増築したり買い物したりするゲーム感覚で、ラノベでいう所の内政チートイヤッホゥ☆を
実現させようとしているだけなのだが、アーダルはそうは取らなかったようだ。
「フン、なんとも欲の無い者よ…貴様に免じてソレへの報復は暫く待ってやる」
神の眷属たる精霊を使役する為に束縛するのでは無く、尊重し共に生きようと言ったクラウドに
好感を抱いたアーダルは、クラウドが気にしていないユリウスへの罰を猶予しようと言った。
「ありがとうございます。俺は別にこの人がどうなろうがどうでもいいけど、おグラさんは…
此方にいらっしゃいます先程お出ししました神酒を醸したシナノの人の長のグラーシア様にとっては
もう少ししたら義理の弟になる人なんで助かります」
神との会話に言葉を挟むのを控えていたグラーシアを示してクラウドが頭を下げれば
倣ってグラーシアも優雅に一礼し、謝意を示した。
「そうか!あの酒の醸し手か」
捧げられた神酒の甘露なる祈りの喉越しを思い出して、アーダルは弾かれたようにグラーシアの側へ
近くへと寄ればばもう既に神からユリウスは忘れられていた。




