王都へ、そして神座す裁きの庭で。
キリアラナ王家の継承権の無い次男、幻の王子 ユリウスの仕出かした仔竜を背後から狙って矢を射かけた
密猟騒動と、仔竜の守護神の祟りがシナノ及ぶ可能性について知らされたグラーシアはすぐに王城に
使者を仕立てて一報を入れ、事が王族と神が絡んでいるとあっては自らが対応しなければならないだろうと
王家の許可が降り次第、即出立出来るよう支度を整えながらもシナノにて対応に当たるクラウドに
なるべく早く向かうがそれまでは民や開拓団の皆に悪影響を及ぼさないように頼むと、伝言を携え
最速で地中を駆けて来たというノームを労わりながらも返信を託すと王家よりの返答を待った。
そしてその驚くべき知らせを受けた王とハインリヒは即座にグラーシアに向けて
問題解決に当たるよう、シナノ出立の為の許可を降しユリウスの為に便宜を図るつもりなのだろう
王家の紋章が打たれた文箱を託された。
その文箱に今回の問題解決の為に出された命令の報告書を納めれば、即ちそれは王命となる。
弟を迎える王家よりの馬車や護衛も出さねばならぬだろうし、こうして今回起きた事故の原因究明と
報告の為の王の代官を遣わさねばならないと、国内外に向けた公式見解の草案や、マムクール王家との
折衝にサフィール王妃を窓口として使者を派遣せねばと、ハインリヒが事後対応を思って動くと同時に
王都のファングル公爵邸より騎馬騎士に守られた一台の馬車が走り出して行った。
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その頃クラウドは三柱の神を前に神酒と神饌を捧げ奉り、交渉のテーブルへと着いた所だった。
「初めまして、私はオシカ村出身 シナノのスワ湖畔に住むクラウドと申します」
恭しく頭を垂れ盃に神酒を注ぎ、謙って叩頭して自らの名を明らかにすれば上座の一柱の神が口を開く。
「人の子よ、竜の仔が我等の庇護せし存在と知っての狼藉、それを許せと願うか」
「いえ罪は罪、為した当人が罰を受けるのは当然の事と思いますが、その罪人がムートン神様の眷属だと
知りましたが故に一応お伺い致した上での処罰と、彼奴と追っ手のエルフ共の我等が為した
聖なるスワ湖への狼藉の責を問いたく御三方に御足労頂きました」
正座して深々と一礼するクラウドの所作には神々への畏敬の念が満ちているのが側から見ていても判る。
そして罰を与える罪人を追って聖なる湖に害を為したと聞けば、神といえども被害を受けたと言う
クラウドの言い分も考慮せねばなるまいと、呼ばれた席に着いて盃を取り上げた。
「先ずはアレの治療の礼を言わねばな、我が名はアーダル 、火と正義と良き戦士の神である」
「我がムートンである、我が眷属の狼藉と聞いて来た」
「マトラです、クラウドには我が眷属たる精霊が世話になっていると聞く」
そう自己紹介し三柱の神は、手にした盃を一息に干した。
「ほう…これは」
教会のワインとはまた違う味わいにアーダルは感嘆の溜息を吐いた。
雑菌混入予防と神への捧げ物の醸造とあってはグラーシアも、精進潔斎の後によくよく消毒を施し
全身を白衣と白布巾で覆って丹念に仕込んだドブロクは、この世界では一般的で無い米から
醸された酒という事と、神の為に特に聖別され祈りと共に醸された酒とあっては
籠められた祈りや信仰といった念が更に味わいを良くしているのであろうか
もう一杯とクラウドの酌を受ける。
「我がシナノの領主が手ずから醸した神酒に御座いますれば」
恭しく酒壺を捧げ持ち酌をするクラウドに神達は既に心を許し始めている。
神饌として供された見事なる白金鱗鯉など王都の教会ですら供えられる事は無いのだ。
美酒と美肴に舌鼓を打ちつつ、礼を尽くして神を呼んだクラウドの言い分に耳を傾ければ
卑怯にも仔竜を物陰から狙い、矢を射掛けた馬鹿は処罰されて当然だが
追い回した挙句に明らかに罪人と判る者を乗せた馬車をスワ湖に突き落としたのは
如何なものかと言うだけで、別に仔竜を射た者を庇っている訳でも無いような所も
神々の敵愾心を和らげる一因であった。
「馳走になったがこれだけの持て成し、アレについて何程か望みでもあるのであろう」
「ムートン様の眷属で無くばそれこそスワ湖に対する無礼を咎める所に御座いますが…」
チラとムートン神を見上げるクラウドに、果物を盛った笊に手を伸ばしていた山羊頭の神は
クラウドの心配する所を察して頷いた。
「我の眷属だからと配慮したか、ならば早速神託を降そうて」
ムシャリと葡萄のような房成りの果物を食むとムートンは、マムクールへ加護を与えた証たる
"月眼"を半分取り返した上でその罪為したる王子は、王家の末裔に加護を引き継ぐ為の中継ぎとし
マムクール王国自体に罰を被らせる事は無いと伝えると言ってアーダルへ確かめるように目配せした。
「我々はそれで良いとしてクラウドよ、そちはアレにどう罪を贖わせる?」
ムートンとアーダルは盃を向けてクラウドへ問うた。




