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転生公爵家令嬢の意地  作者: 三ツ井乃


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諏訪の命の湖は

王城とファングル公爵家にリヴィエール子爵より内密の文書が夫人の手によって運ばれている頃、

一応爵位(タイトル)持ちになったとはいえ一般庶民なクラウドは、王太子襲撃事件に口を出す権限どころか

捜査という名の政治的駆け引きに首を突っ込む事すら憚られ、後見者であるグラーシアの命で

シナノの新たなる産業の開発をと下賜された栄誉準騎士の証たる剣を腰に下げ、シナノへと戻っていた。


「えぇっと、てな訳で唯のクラウドからクラウド ツチヤって改名しましたんで」


「名誉準騎士(エクスワイア)ですか、一代限りとはいえ凄いですね〜」


貴族といっても男爵以上が本物の上流階級(アッパークラス)で、準騎士は特別な功があった庶民に

取り敢えず与えとく褒美(バラ撒き)的意味合いしか持たぬタイトルではあるが、自己顕示欲を満たせるとあって

そういったものに執着する一部の金満家や貪欲な地主によって買取りを持ち掛けられる場合もあり

功あって得られた準騎士位には態々名誉と付くのである。

そして叙勲されたとあっては姓を付けなければと、前世で名乗った家名を名乗る事としたのである。


「じゃあクラウド ツチヤ名誉準騎士殿、そう登録し直しますので」


「やめてくれよ恥ずかしい!」


生真面目な従者のセドリックはタイトルを得たクラウドの戸籍を初めとした書類上の変更だけでなく

扱いもそれに準じたものにと口調を変えたのだが、クラウド自身は尻がむず痒くなるとそれを拒み

話題を強引に変えるように手土産の包みを解いた。


「グラーシア様をおグラさんって呼んでたら無性にアンコが懐かしくなってね〜買ってきた」


笹に似たバンバンブーの葉を敷いた木箱に並ぶファングル領銘菓 シベリアを広げて

セドリックを長としたシナノ騎士団の皆さんにと振る舞う。


「シベリアですか!私もコレには目が無くて、ご馳走になります」


「いえいえこれから色々とお世話になりますし、元は草深いオシカから出て来た田舎者の俺に

それなりの剣の扱いとかマナーをご教授して貰えればって下心込みのお土産ですから」


ちょっと(へりくだ)ってみせるクラウドの言葉遣いの古臭さは、今は異世界と呼ばれる日本の

小諸に置いて来た祖母を彷彿とさせるグラーシアの側で言葉を交わした影響か。


「でも何でグラーシア様を『おグラさん』と呼ぶんですか?

それにおグラさんという呼び方と、このシベリアって何か関係あるのですか?」


「グラーシア様の前世って俺の祖母より上の世代の人なんですよ、で、その頃の女性名ってグラーシア様が

イトさんだったように二文字な人が多かったから、親愛とか親しみを込めて

名前の頭に"お"を付けて呼ぶのが普通だったから『おグラさん』で、アンコの種類にある小倉餡と

音が同じだからついつい食べたくなっちゃって」


「そうなんですか…後、このシベリアを考案されたのもグラーシア様なのですが

シベリアという名前にも何か特別な謂れがあるのですか?」


クラウドが転生人で、騎士団の敬愛する領主のグラーシア嬢と故国を同じくする事は皆が知るところ。

なのでこの機会に色々と聞いておこうとセドリックはシベリアを手に、次々と疑問をぶつけた。


「シベリアは昔からある菓子だって映画…芝居で観たよ、俺はその芝居で知ってから

一度か二度しか食べた事無かったけどグラーシア様ならもっと身近にあったんじゃないかな?

シベリアってのは日本より北にあるロシアって大きな国の北の地域の名前ですよ。

確かこの生地がシベリアの永久凍土、真ん中の羊羹の黒をシベリア鉄道に見立てたからとか何とか」


紅茶にも合うけど渋い緑茶が欲しくなるなと、クラウドは淹れて貰ったマグを手に答える。


「そうなのですか、異世界のシナノという国も寒い所だと聞きました」


「うん標高が高くてね、山に囲まれていて、俺の住んでた諏訪は大きな諏訪湖って湖があって

グラーシア様の住んでた上田とは山や峠を挟んだ場所にあってね」


懐かしさに目を細める少年の語りに、セドリックは転生人の里心を刺激してしまったかと焦るが。


「冬は諏訪湖が凍って御神渡りがあったりしてね凄いんですよ、シナノでも見れるように頼んどくか」


「湖が凍って神が渡る?んですか」


軽く頼もうとしているのはクラウドを慕う精霊達にであろう、故国の神を召喚でもするのかと

セドリックは大体が破天荒だと聞いている転生人の為す事を確かめるように問えば

クラウドは"御神渡り"なる現象について解説を始めた。


「ん、一応科学的には昼夜の気温差で湖に張った氷が膨張と収縮を繰り返して出来た歪みで

湖面に30センチから1メートル以上の山脈のような筋が走るんです。

それを諏訪神社上社の男神 建御名方神(タケミナカナノカミ)様が下社に座す女神 八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)様の元へ

通った道筋だって俺等は信じてて、御神渡りの神事でその年の吉凶から作物の育成具合まで占うんです」


「凄いですね…当たるのですか?それと男神が女神の元に通うのは、その神様達は夫婦なのですか?」


「伝説だとその2人?二柱?様はちゃんと夫婦なんだけど、ある日喧嘩して別居したまんまらしい」


妻 八坂刀売神が出て行く際に化粧水を浸した綿を手にしていて、その綿から滴り落ちた化粧水が

温泉となったという伝説もあって実際諏訪湖近くに温泉もあったなぁと呑気に思い出しつつ

シベリアに齧り付くクラウドと、結構人間臭い神様なんだなぁとの感想を黙ったままのセドリック。


「取り敢えずマイナス10℃まで冷え込まないと御神渡りは出現しないんだよなぁ…」


「シナノは位置的に王都より大分北の寒い地域に属すると予想されますが、何分開拓したばかりで

この辺りの冬を経験した者も体感した者もおらず、どの程度の備えをすれば良いのか皆目見当も付かず

騎士団も開拓団も頭を悩ませてはいるのですが」


「そっか、なら実験を兼ねてアイツ等に聞いてみよう」


マグを干したクラウドは立ち上がるとスワ湖へ向かう、それをセドリックや周りで

シベリアを相伴していた男達も何事とばかりにそれに続いたのだった。

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