婚約式、花と咲く祝福を。
一応査問会の為に王城に上がったのですが、本来は婚約式の予定でしたのよね。
父や兄、そして相手側の王家の皆様も揃う良い機会との事で査問会を同じ日に設定したようです。
幸い王城は用途や格式によって使用される部屋が厳格に定められていまして、部屋数やら
ホールの数や宴会場の数だけはやたら多いお陰ですわね。
廃爵の査問会と王太子の婚約式では明らかに格が違うので全く別の場所に会場が設営されています。
「クラウド君も見て行きなさいよ、下でワインや炙り肉の振る舞いもあるみたいだから」
王家や領主の子女の婚礼の際には民にワイン等の振る舞いがあるのが慣例です。
財力や権威の誇示になるのと、婚礼に関わる諸費用に充てる為にと臨時で税を徴収する
良い理由となるそうで…慣例って都合の良い言葉ですわ。
「ご馳走になってきます!」
窓から見える大庭園には屋台が設えられて、お好み焼きのようなものや串焼き肉、様々な果物を
刻んで混ぜた甘露水を配っているのが見えます。
「そだ、おグラさん精霊達からお祝いだって」
振り返るクラウド君がお祝いだと、精霊達からの祝福があるから楽しみにしててと言われ
精霊さん達の祝福って何なのかしらとワクワクしながら衣装替えの為に、充てがわれた客間へ。
先程の査問会では裁判という事で、肌の露出を極力避けて黒を基調としたドレスを着ましたけれど
自分が主役の婚約式ともなれば、娘一世一代の晴れ姿とお父様が張り切りましたので
精緻なレースが幾重にもあしらわれたアラクネ布のドレスには宝石の粒が何百と縫い付けられ
珠と連なる輝石がシャラリと音を立て、床に延びる裳裾は王妃様に次ぐ長さを許されて
白い竜胆に似た花で編んだ花冠を髪に飾り、王城内の大聖堂へとゆっくりと進みます。
そうしてエスコートして下さったお父様が、創造神 マトラ様の神像の前で
私をハインリヒ殿下へと受け渡してから婚約指輪の交換をして、婚約誓約書に其々サインして
正式に婚約は成約となり立会い役の大神官猊下の祝福を授かって式は終了となります。
それからお披露目としてバルコニーから集まって下さった都民の皆さんに手を振ったり、
大庭園に設えられた花道を馬車でパレードして顔見せをするとか。
まるで歌舞伎役者さんか落語家さんのお練りのようねと、屋根の無い馬車へと殿下と
介添えの女官さんの手を借りて乗り込めば、花の香りが辺りに満ちます。
「殿下、このような演出までなされたのですか?」
香水か花の精油をここまで広範囲に仕込んだ仕掛けは、いくら王太子殿下の婚約式とはいえ
途方も無い散財ではと不安になってお訊ねすれば知らないと殿下も不審を露わに答えられます。
「おグラ、おめでとう」
フワリと肩に触れ寿ぎ告げる若い女性の声のする後ろへと振り返れば、空に浮いた金髪を靡かせた
モデルさんのような美人がおりました。
「何方様ですか?」
「私はフルーラ、花の精よ。クラウドにおグラのお祝いだからって呼ばれたの」
フルーラと名乗った空飛ぶ美人さんはクラウド君のお友達の一人のようでして、もう一度トンと
私の肩を押すように触れると空高く跳ねるように飛び、右腕を振ると芳香だけで無く
風に舞う無数の花弁が花吹雪となって、文字通りパレードに花を添えます。
「凄いな、コレがクラウドの言っていた祝いか」
王国軍竜騎兵団第一礼装を纏う殿下が色とりどりの花弁のシャワーに感嘆の息を漏らし
空舞う一片を摘まれましたらば、フルーラさんが泳ぐように身をくねらせて馬車の縁に腰掛けると
私の花冠に手を伸ばしてきました。
「コレって指貫草?」
「此方ではそう呼ばれているこの花は、私共の国ではリンドウと呼んでおりましたの
長野県花であったのと、竜の胆と書くこの花はファングル家の娘たる私にピッタリだと思います。
それと白い竜胆の花言葉は貞節、竜胆全般には正義と誠実、貴方の悲しみに寄り添うという意味が込められていますの」
「グラーシア…」
隣に居られます殿下が私の手を取られます。
先日、私の元婚約者で殿下の弟君であらせられるベオベルク様が不意の病で修道院入りされたと伺いました。
そしてダフラシアのご令嬢も深窓育ちの身には市井のお暮らしが毒だったのか、儚くなられたと伝え聞いては
それが如何いった事か解らない程、世間を知らない訳でも身の程知らずでもありません。
陰で行われた苦渋の決断や犠牲を忘れて浮かれる阿呆でありたくありませんもの。
「そうなの?でも、おグラはキリアラナ王国の未来の王妃になるんでしょ」
フルーラさんはそう言って私の花冠に触れます。
何が行われたのか自分のお頭の上では確認のしようもありませんけれど、辺りから一斉に上がるどよめきや歓声と
殿下の驚いたお顔に降り注ぐ花弁に理由を覚ります。
「キリアラナの花…?」
この国の名を冠された奇跡の花 キリアラナの花は一年に一度、真夏の夜に一株に一輪のみ花を咲かせる
小振りの蓮に似た花で香りの良さと希少性と、僅かに採れる花粉が高い魔力を補充出来る
ハイマジックポーションの原料となる、この国の環境でしか開花させられないらしく繊細な管理を必要とし
国家の専売となっている薬草です。
「見て、グラーシア様の花冠がキリアラナの花になっている!」
「夜にしか咲かない花が萎れずにグラーシア様の御髪にある」
「精霊がグラーシア様を未来の王妃様にと祝福されているぞ!」
口々に叫ばれて私もビックリです。
「クラウドも中々粋な演出をさせる」
この国の末すら寿ぐ祝福と、精霊からの御業に先の婚約破棄の印象をすっかり拭い去られて
集まって下さった都民の皆さんの熱狂が嫌が上にも高まったその時。
人々の熱気すら吹き払う一陣の疾風が大庭園の樹々を薙ぎ払い、土を抉って馬車の方へ。
気付いた時にはもう駄目かと、魔法攻撃をほぼ無効化するという魔道具を組み込んだネックレスを握って
殿下を馬車の椅子下へと庇うように倒れ伏しましたが何ともありません。
何が起きたのかと身を起こして見れば、胸元のネックレスの魔方陣を刻んだ魔石には何の変化も無く
馬車の側には一面に岩が聳えており、何が何だか…




