魔法省管轄 王立魔法開発局異世界管理課
盛り上がり過ぎたのか、酒精を盛り過ぎたのか泥酔した男性組の惨状に呆れ果てる別馬車に乗る
グラーシア達女性陣の冷たい眼差しにもめげず、王都入りした一行は一度ファングル公爵邸へと
寄つて旅塵を落とし身支度を調えてから行政区の奥まった王宮側の行政を司る建物の立ち並ぶ
一角へと馬車を進ませる。
「はい、コレを飲んで支度なさいな」
予めギルドの情報屋と呼ばれる連中に幾ばくかのコインを握らせ『暴れ大公』よろしく
王太子殿下自ら異世界人を保護しに出張り、親を人質に異世界人の少年を隷属の首輪で従え
私服を肥やし国家転覆を図ろうとしたとか何とかな悪人伯爵を捕縛して凱旋したと広めていたので
帰都した時の注目度にグラーシアは多少僻遠したけれど、王家の紋章を掲げた馬車に続いて
護送車が走るのが珍しいのだろう事と、自身は馬車の中で顔を晒している訳で無しと
二日酔いでグロッキーなクラウドにキュアポーションを飲ませたりと世話を焼く事に専念する。
「殿下と兄上はブーヨ元伯爵を王宮の"忘れられた離宮"へ収監してから陛下へ報告して
査問会の準備やら査問委員の選定と招聘状発送があるので私が付き添いますね」
「付き添いって何処に行くの?」
「異世界人の登録よ、今から向かうのは魔法省 王立魔法開発局異世界管理課って所で
異世界の情報収集と異世界人の保護と知識の管理を請け負うお役所よ」
「え〜三者面談みたいな?」
「そんなのものだけど、そう堅苦しいものでも無いし恵美子さんも良い人ですから緊張しなくても大丈夫」
「その王立の異世界何とかって、お役所の公務員も転生人なの?」
「恵美子さんは転生じゃあなくて転移人よ、此方に落ちて来られて色々とご苦労された方ですから
変な事は絶対なさらない方です」
「転生だけじゃなくて転移もあるのか…そうなんだ」
キュアポーションが効いて悪酔いも覚め、シャッキリとした意識で馬車を降りると
煉瓦造りの建物の中へと歩いて進むと、印象としてはハイカラなんて言葉がピッタリな
大正モダン風のビルヂングと呼びたくなる洋館風の扉が自動で開く。
「魔力で動かしているオートドアよ、見た目が前時代的でも王立なだけあって設備は凄いから」
「見た目はレトロなのに」
驚いているクラウドに自動扉なのよと言い添えるグラーシアは、先輩として導くべく先に立ち
案内をして目的の部屋まで共に歩く。
「此処よ、恵美子さんいらっしゃる?」
色ガラスと磨りガラスを交互に嵌めた大正モダンなデザインの格子の扉をノックして声を掛ければ
中で待っていたであろう、英美子と呼ばれた開発局の管理官が返した返事に連動して扉が開く。
「どうぞ入って、貴方が新しい日本人なのかしら?」
「は、はい、初めまして、僕はオーイアスフォリ領 オシカ村生まれのクラウドといいます。
以前の名前は土屋 蔵人、長野県諏訪に暮らしていた中学3年でした」
其処で出迎えてくれたのは貴族の子女に仕える女教師のような裾が広がらない詰襟に暗い色味の
地味なドレスを纏いながらも、緩やかに結わえた黒髪を横へと垂らした胸が人様より豊かで
ポッテリとした唇と泣き黒子が印象的で、思春期真っ盛りな男子のアカン妄想を
そのまま形にした方の女教師然とした美女。
「ご丁寧にどうも、私はショーン デ リヴィエール、改名前の名前は手塚 恵美子というわ。
今はリヴィエール子爵の妻で異世界管理課転生人管理の管理官をしていますの。
シランス辺境伯家一族のリヴィエールを名乗る家が多いから、私的な場や王宮でも公的な呼ばれ方以外では
夫の名でクレール子爵夫人と呼ばれる事もあるので承知していて下さる?
まぁそれよりも調書を取らないとね、先ずはお掛けになって」
恵美子と呼ばれながらもショーンと名乗る美女が応接室のソファを勧め、冷たいものでもと言って
冷えた果実水の注がれた陶器のマグを置いた。
「一応グラーシア様から調書が来てますけれど、間違っていたり漏れが無いか確認させて貰います」
応接テーブルの上に置かれたのは2センチ程の厚さになった報告書を挟んだファイル、それを広げ
ショーンはクラウドが今名乗った名前と旧姓名をチェックする。
「履歴に間違いが無ければサインを、文字が書けなければ拇印を介した魔力印でも良いけれど」
土屋 蔵人の履歴に目を通したクラウドは問題無しとサインする、そして履歴の下方にある空欄を
不思議に思って何故だろうと、目線を下げたのに合わせてショーンが説明を始める。
「そこは死因を記入する欄なんだけれど大丈夫かしら?」
ショーンは軽い口調で聞くが、自分の死に際なんて衝撃体験を簡単に口に出来るような
無神経、もしくは肝の太い転生人は早々居ない。居るとしたらグラーシアのような老衰死だろうが
グラーシア曰く「耄碌してて有耶無耶の内に往生してたから覚えていない」との事。
故にクラウドのように若くして亡くなった人間はパニックを起こしたり、最悪精神を病む可能性が
否定出来ない為、任意での記入としているのだ。
「へぇ、一応配慮してくれてるんだ」
「転生転移人は貴重ですからね、此方の不手際で壊さないように気を付けてるですよ」
ショーンの皮肉混じりの返答にグラーシアの言っていた苦労の片鱗が覗く。
「俺は大丈夫、覚えてる限りどうも下校途中にトラックに轢かれて即死っぽい」
「事故ですか、ですと若くして亡くなったからと神からチート能力を授かる場合がありますね。
それが精霊に関する能力なのかもしれませんが、神と名乗る何かに会ったりは?」
「無いねぇ、ネット小説の異世界転生モノならよくある展開だけど」
「此方では現実っぽいようですよ、統計を取る前から勇者とか聖女なんて呼ばれるような
活躍をされた転生人の多くが神に会って能力を授かったと証言してますから」
テンプレは理由があってテンプレなんだなとクラウドが納得しながらもショーンとの対話を重ね
転生してからや、これからの希望を伝えて国への報告書を纏める。
「そう言えば例の元伯の査問会まで時間がありますからウチに寄りません?」
仮にも伯爵位にあった人間を断罪して領地没取となるには、それなりに手続きがいるという事で
当事者であるクラウドやグラーシアに招請状が送られてくるまで時間が掛かるだろうとショーンは
2人を自宅に誘った。
「えぇ是非お招きに預かりますわ、恵美子さんは松本の方ですからクラウド君も楽しいわよ」
突然の長野県民会にクラウドは驚いたまま頷き、招かれる事を承知したのだった。




