意外な縁は異世界でも繋ぐ
「その作家、うちの孫だわ!」
「マジで!?」
「変なペンネームで注目して貰えば作品に目を通して貰えるでしょ!とか言って
珍妙な名前を考えていた孫娘と友達にオヤツを持って行ったのよ、確か執筆活動を始めた頃は
地元出身の武将の話を書くからと言って城址公園やら城下のお店巡りに
喧しい雄叫びを上げて走り回る幸村公の出てくるピコピコゲームを頑張っていたわね。
少ししか読ませて貰えなかったけれど、幸村公が猿飛佐助が従えて天下取りに立った信玄さんと
伊達政宗さんやら太閤さんと如何たらっていう講談みたいな荒唐無稽なお話だったかしら?」
少ししか読ませてくれないのよね〜と小首を傾げるグラーシアにクラウドは興奮したまま答える。
「それだ!『蒼紅繚乱』シリーズだよ、ベッタベタのBLで母さんがドハマりしてたやつだ!
そのお陰で小諸のバァちゃん家の行き帰りに隣の上田市に絶対聖地巡礼だとか言って
付き合わされたり俺も強制で読まされて、信濃戦国史と変な(人体構造的)知識が付けられたよ」
「そうだったの孫のファンの息子さんと行き会えるだなんて…
ウチの孫は歴史好きでねぇ、あの頃テレビでやってた歴女というのかしら?中世ヨーロッパの話や
東欧近代史とか第二次大戦とか調べていたわね、懐かしいわ」
「国擬人化のアレか」
懐かしそうに前世に思いを馳せて目を細めるグラーシアに、死んだような眼差しのクラウド。
「その所為かしらね?刀剣なんて武張ったものにも興味が出ちゃってまぁ、刀剣展に出掛けたり
刀装がとか鍛刀が如何のとよく解らない話をしていたわ」
「刀がイケメンのアレな」
キリアラナ人には理解不能の異世界会話にこのままでは話が進まないと
カルロが言葉を挟む、ある意味異世界の中でもディープで全くの別世界な話題なのだが。
「クラウドと言ったか、此度は災難だったな」
「いえ、グラーシア様や皆様のお陰で
両親共に安心して生きていけるようになりました本当にありがとうございます」
クラウドがグラーシアの兄 カルロと王太子に向き直って、膝に手を揃えて深々と頭を下げる。
「楽にしてくれ、それよりグラーシアの出身地を気にしていたがそれは何故だ?
それからグラーシアもブーヨ元伯だけでなく王家まで巻き込んだのは如何してだ」
グラーシアが王家に対して含む所があるとしたら、件の婚約破棄の時にしっかりと償われる事無く
王太子を充てがわれ、未開発のシナノ一領で有耶無耶にされたからかと思い、カルロは当事者の
クラウドに騒ぎを大きくした妹の含む物は何だと問う。
「えっと、王太子様と貴族のお兄さん?ですよね、俺は田舎育ちの無学な平民ですので礼儀作法や
畏まった言葉なんて知らないんで、気に触るかもしれませんがご無礼はお許し下さい」
「構わぬ、無学な子供に其処まで要求はしないよ」
「ありがとうございます、俺…僕がグラーシア様の出身を気にしたのは、グラーシア様がもし
前世の同郷の信州人だとしたら今回のやり口が回りくどいしらしく無いって思って。
そもそも信州人ってのは"愚にして頑"なんて言われてて頑固で意固地で理屈っぽくて我が強くて
嫌な事がや意に沿わない事があれば、理論的に聞こえるような理屈を並べて論破しますし
それから中央の権力には比較的従順なんですけど、一旦反対に回れば正面から反対運動します」
自分を含めた故郷と土地の人間をそこまで言うかと、カルロが驚いているのにも構わず続く
クラウドの信州人論から導き出されたグラーシア像の推察が続く。
「元々信州、信州人なんて言ってるけど正式には長野県っていう国の中の一つの県で、県ってのは
地方行政機関の呼び名ね、この国で言う領国みたいな?んで俺等諏訪の人間は中でも気性が荒くて
利に聡くて狡いなんて言われてて、おグラさん…じゃ無くてグラーシア様の出身地の上田って所は
山国の信州じゃ結構異質で機を窺うのが得意な人が多いっていうか、悪口みたく聞こえるけど
"松本のスズメ 諏訪のトンビ 上田市のカラス"って言葉がある程でして」
ハインリヒとカルロはクラウドの言葉から、グラーシアの住んでいたシナノなる国は山国であり
アラクネのような虫を御して糸を採ったりキラービーを捕まえる野遊びがあり、家畜が食む雑草を
塩漬けにして蓄えて冬を越すような厳しい環境の中で戦争までしていたような国で、その中でも
スワは傭兵の、ウエダは目端の利くのような人物が育つ地区と想像を逞しくしていた。
「元々上田は大国に挟まれた小国、表裏比興と称された老獪なる国主を頂き
後に天下を統べた王の軍を寡兵と領民でもって二度も退け、その王の統治する世になっても
その戦争で用いた矢を取ったとされる竹を400年も大事に守り続けているような人間の住む
反骨ってのが一番しっくりくる人間の住む地の信州女っすから、一筋縄じゃあいかないでしょ」
腐敗した母親に上田の英才教育を施されたクラウドだからこその偏見に満ちた上田人像。
「頑固で忠義に満ち世の趨勢を見る目に長けた気質を持つ…」
ハインリヒはクラウドの言葉を噛み締めるように眉を顰めた、が。
「そんなの誤解よ、買い被りでしてよ」
部屋に満ちた緊張感を払拭するかの涼やかな笑い声、グラーシアは誤解よとクラウドと窘め
仕方ないとばかりに取って置きの茶請け、梅酒の梅をお出ししてとマリアに命じる。




