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転生公爵家令嬢の意地  作者: 三ツ井乃


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片意地という矜持

「突然すまなかったな」


館の客間へ通され旅塵を落として人心地ついたハインリヒは応接の間のソファに寛いで

グラーシアの淹れた茶を楽しんでいる。


「構いませんが何かと思いましたわ」


「公務のついでに婚約者殿の顔を見ようと思って寄らせて貰ったのさ」


そう言うとハインリヒは立ち上がりグラーシアに手ずからブーケを渡す、そして向き直り

クラウドに向かって軽くだが頭を下げた。


「ハインリヒ様!?」


王族、それも次代の王となる立場のハインリヒが為す所作では無いと居合わせた皆が驚くが

意に介した様子もなくハインリヒは頭を上げると、再びソファに身を預けて口を開く。


「今回の公用はブーヨの転生人隠匿、領民に対する虐政と虚偽の罪を言い立てた事による

司法の権威を傷付けた罪に対する断罪をと王宮へ召喚、いや…爵位剥奪の為の拘引だったんだ」


「へ?」


偶々居合わせたクラウドは平民だが、関係者であり転生人であるからとグラーシアの元に

留め置かれていて、王太子や貴族であるマティスやグラーシアの兄と

末席ではあるが破格の扱いで同席していた。


「苦労を掛けた、これでもうお前達一家はブーヨに無実の罪で追い回される事は無い。

これからは堂々とシナノの領民として暮らしても良いし故郷のオシカに帰って暮らしても良いぞ」


ハインリヒがクラウドへ優しく語り掛ければ、一国の王太子様の言葉にビックリしてクラウドは

思わず日本のお茶の間で観るかのような「へへ〜っ」とばかりの土下座を繰り出す始末。


「そう固くならずとも良い、知らぬ事とは言えまさかキリアラナの地で

斯様な悪事が見逃されていたとは王太子として慚愧に堪えん」


「勿体無いお言葉に御座います、これで両親も安心して暮らせます」


クラウドが深々と頭を下げてお礼を言えば、今度はグラーシアへと向かい直したハインリヒは

今度の『暴れ大公』の流行についてを口にした。


「流石はグラーシア、転生以前の年の功というものなのか?大層派手に仕出かしてくれたな。

諷諫にしては皮肉が効いていて耳が痛い、まるで我等があの流行を気付かずにいて

アレを対処せず捨て置けば、上に立つ王家が無能と其方に試されたかのような心地だ」


「買い被りに御座います、左様な大それた事を仕掛ける所か思い付きも致しませんでしたわ」


二煎目を淹れ終えティーポットを置いたグラーシアは、ハインリヒの挑発するかの

過激な言葉をサラリと流して常と変わらぬ微笑みを浮かべている。


「しかしあまりに民の間で話題になった芝居故に証拠を押さえたとしても

只、ブーヨを王宮に召喚するだけでは済まなくてな」


二煎目の茶を喫しながらハインリヒは言葉を側付きのカルロへ継がせる。


「まるで芝居の英雄ベンタロン公とその供のバンブツリー男爵にでもなったような

見世物にでもされた気分だよ、オーイアスフォリ領民の見ている前でアレの館に向かって

罪状を大声で並べ立ててから王家の紋章入りの召喚状を掲げて…近衛隊とアレの私兵と

多少の小競り合いもあって、まんま『暴れ大公』ならぬ暴れ王太子の忍ばない世直し旅だったよ」


「大変で御座いましたわねぇ、お怪我は無くて?」


横からメイドが給仕するお茶請けにと出された皿とカッティングの見事な小振りのガラスの器には

一口大に丸められた緑の牡丹餅と、カリンの砂糖漬けの薄切りが美しく盛り付けられていた。


「あ」


クラウドが驚いたように上げた声にグラーシアはニッコリ目を細める。


「たんとお上がりなさいな」


「これ、のた餅だよね!」


一般には ずんだ餅の名称の方が通りが良い枝豆を擂り潰して味をつけた餡を絡めた牡丹餅を

懐かしそうに口に押し込むようにして頬張るクラウドに、何の事かとソレが判らない周りの者達は

皿の上の緑の牡丹餅が消えるのを見守っているしか無く、クラウドま一つ残らず胃に納める頃には

すっかり落ち着きを取り戻していた。


「おグラさん、いや染屋さん、貴女は…何処の(しょう)なんですか?」


「何処だと思います?」


微笑みを崩さずにゆったりと在る姿は貴婦人そのものであるが先程ハインリヒに応えた時の

笑みがあまりに完璧であり過ぎたのと、のた餅と言いカリンの砂糖漬けだけなら

同じ物を拵える同郷の老婆と変わり無いと言えたのだが、一連の行動からは同じ気質とは思えない

何とも言えない違和感があったのだ。


自分達一家を救うだけならグラーシアは王太子殿下の婚約者という立場から

ブーヨ伯に一言、クラウド一家をシナノに寄越せと命じるだけで良かったのにも関わらずにだ。


それだけでは無い、今出された郷土食を遠慮なく食べろとグラーシアは

転生人だが今は単なる一平民のクラウドに向かって言ったのだ。

常識的に行動するなら王太子であるハインリヒを第一に考え饗応する席で出された

カリンの砂糖漬けは、茶請けに出される甘味でありながら砂糖をふんだんに使う贅沢な薬だ。

公爵家の令嬢というだけで無く化粧領を下賜された貴婦人の中でも特に上位に位する

ハイレディなら許されるだろう贅沢だが、カリンの砂糖漬けは信州の郷土食の一つでもある。


権威を大事に考えながらも理屈っぽく自己主張の強い信州人であったグラーシアの一連の行動は

あまりにもおかしいとクラウドは探るつもりで出身地を問うたのだ。

もし自分達がグラーシアの立場で問題に巻き込まれたのなら苦難の道を敢えて選ぶ諏訪人らしく

堂々と意義を申し立て、当事者たる転生人一家にアンペラを棒に括り付けた筵旗を持たせて

共に王宮に押し掛けていたであろう。


「あら、蔵人さんは何処だと思われます」


ポットを置いて手持ち無沙汰になったのか、扇子を取って優雅に広げるグラーシアは目を細める。


政府や時の権力者に従う振りをしながら自己のやり方を押し付けるのが信州人の真骨頂、

此処まで逆の意味で面倒な遣り口はと首を捻ったクラウドに正解を告げる

グラーシアの言葉はやはり理屈っぽい。


「上田の塩尻という所よ、製糸業の盛んだった諏訪の人だから解るかと思ったのだけれど

蔵人さんは中学生ですものね、もう蚕種なんて言っても通じないかしら?」


「…もしかしてお蚕さんの種って書くならバァちゃん家でそんな書類を見た事があるけど

上田が養蚕で有名なの?上田ってあの戦国武将とか大河で有名なアソコ!?」


「そうよ、昔は蚕種の一大産地として栄えたんだけれどねぇ…製糸産業が衰退したからかしら

蚕都 上田なんてもう知らない人の方が多いのかしら?これでも私、蚕種問屋の惣領娘だったのよ」


扇子を口元に翳し、ホホと笑むグラーシアの表情は昔に戻ったかのよう。


「だって腹に据え兼ねたんですもの、これでも私も片意地な街の上田の(しょう)ですわ」


地元出身の小説家がそんな風に称した上田人の気質は一度怒らせると回りくどくて面倒臭い。


「あぁ、新田ナントカって人の小説にあったあれかぁ〜」


香り高い紅茶を一息に飲み下してクラウドは上田の人間を書いた

小説の題を思い出して相槌を打った。


「それにしてもよくそんな本の題名を知ってましたわね、本当に中学生?」


「母さんがゲームの武将の幸村が好きになった所為で同人とかファンアートとか

二次創作とかを色々ネットで読み漁ってるうちに、上田についてもハマったんだか何だかで

何でもかんでも読み漁ってるのを押し付けられたんですよ…お気に入りの作家が

日本のゴーギャンって小説家をオススメしてたとたで」


遠い目をして語るクラウド、その同人作家のペンネームが凄すぎて未だに忘れられないと

作品の質では無い所でのインパクトを口にする。


「漆黒黒羽宵闇之輝星って書いて、ノワール ひかりって読む作家の大ファンだったんです。

それ以前からその趣味があって、その所為で俺の名前が蔵人(アニメキャラ)なんですから」

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