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転生公爵家令嬢の意地  作者: 三ツ井乃


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白い花とニコチアナ タバカムの懊悩

良い便りというのはお友達を連れてやって来るようです。


神殿へお返事を託して数日、野良仕事用に仕立てたモンペに巻きスカートを着て

馬車で新領シナノへ視察に出発です。モンペの上に巻きスカートなのは

モンペがこちらの婦人下着のドロワーズにそっくりだとかで隠すようにと

女中達に強く言われたので、前掛け代わりの巻きスカートを着けています。


確か戦後直後の進駐軍の米兵さんもモンペはズロースみたいに見えて

当時の日本女性の格好が下着姿みたいでセクシーすぎると、

そんな感想を残していると聞いた事がありますから忠告に従いました。


視界一面に広がる白い花の絨毯。


「この辺りに自生する花なんですが綺麗だったので

苅る前にお嬢様に見てご覧頂きたく残しておいたのです」


「見たいわ、停めて下さい」


護衛のセドリックさんの言った「苅る」との言葉に驚いて馬車を停めさせ、

降りるとその花の正体を確かめます。


「これは蕎麦の花よ、実を採れば美味しく頂ける食糧になるわ」


信州名産の蕎麦がシナノにもあっただなんて!と嬉しくなって花に触れる。


「ソバ?にございますか」


「昔はよく蕎麦を打ったり食べたわねぇ、懐かしいわ、

地元の名産品として有名だったわよ、痩せた土地でも採れるから」


実がなればご馳走してあげるのにと残念に思っていれば、

セドリックが誰かを呼んだようです。


「これなるは土魔法の適正が多少あるが土木工事を行える程の力が無い為に

ウチに入隊した変り種なんですが、植物の成長促進なんて技を持っておりまして」


ひょろりとした細身で背の高い赤毛の青年が片膝を付いて挨拶をします。


「トマスと申します」


「植物の成長促進なんてそんな凄い魔法使いがウチの兵に?」


「名前だけは大層なのですが、促進出来る量が全力を出して一株なもので」


セドリックはそう補足し、1束の苗を成長させるのが精一杯の微力故にトマスは

魔術師としても魔法使いとしても生きては行けまいと

魔力を生かした職業で身を立てる事は諦めファングル家へ就職したとの事。


「では」


トマスは断りを入れると蕎麦の一株に力を籠める、

さすればその花はアッと言う間に実を着けそれが蕎麦だと確実に知れました。


「凄いわ、トマスは緑の指を持っているのね」


たとえ一株でも成長を促す力があるのならばその手は緑の指の持ち主だと

思った事を告げれば、トマスは照れたように笑いました。


「収穫したらご馳走するから楽しみにしてて」


そう言って僅かな蕎麦の実を控えていたマリアに渡して馬車に乗り込もうと

身体を向けた其処にある大きな葉陰に目を奪われる。


「お嬢様?」


それは懐かしい、それでいて口にしても良いのか

憚られるそれに後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込み帰宅の途へ、

それをトマスが気が付いていたなんて知る由も無いまま。




それは馴染みある作物、在来種 松川、黄色種、

白色種とも呼ばれるバーレー種…それを口にして良いものかどうかと

かつての記憶に迷っていました。


「お嬢様」


マリアが客だと呼ぶ声と共に、先程別れたトマスが鉢を抱えて立っていました。


「トマス?」


鉢には先程の大きな葉を持つ一株。


「先程お嬢様はこれをご覧になられて驚かれているご様子に

これが何かご存知なのかと伺いたく参上致しました」


トマスの決意に満ちた表情に、誤魔化すのは無理と察して頷きます。


「それを私は知っております、ですが、トマスは先程の一瞥だけで

よく私がその葉を知ると気づきましたわね」


それが驚きです、何でアレだけで判ったのでしょう?


「俺は…いえ、私は土魔法で植物の育成に関わる魔法をと周りから期待され

自分もその力で身を立てたいと魔術学校へと進みましたが

その仕事をするまでの力が無いと道を断たれました。

それでも何時かは植物に関わりのある仕事を夢見てファングルのお嬢様が

"転生者"であられノザーナを発見し食用とするに到った聞いて

お側にと私兵団へ志願したのです、そしてグラーシア様の前に召されて

ソバの実が食糧になるとの知識の披露の場に居合わせる僥倖に恵まれました」


トマスさんの植物に関わる事柄なれば一つも見逃すまいとの熱意に

ビックリしながらも、その観察眼には恐れ入ります。


「この葉は何なのでありましょうか?

それをお教え頂きたく弁えもせずに押し掛けた次第にごさいます」


深々と頭を下げるトマスさんの探究心と植物に賭ける情熱に絆されて

その答えを口にする決心が着きました。


「煙草の葉です」


「え?この葉がタバコなのでございますか」


「こちらの世界で流通している煙草葉は私の知るところで言う、

トルコ種というこの葉の五分の一以下の小さな葉の種類のようですわ」


こちらでの煙草は王侯貴族だけが嗜む嗜好品で、一般に流通している物では無い。


それだけにこれが煙草だと公表して生産し、一般庶民の間にまで

広げて良いものかと迷いが生じたのは、以前の私が

主人を肺癌で亡くしているからでした。


「これは私の国で作られていた在来種の松川という品種に似ておりますわ、

現在流通している物は寡雨多日照下で栽培される芳香の強い小さな葉の

全く種類の違う煙草ですからこれが煙草だとは気づかれていなかったのでしょう」


故に流通量が少なく、肺癌になる程の喫煙量を吸うような人も無かったのが

幸いしたのか煙草の害が知られていないようでした。


「煙草は嗜好品ですが過ぎればそれは害となりまして命を縮めます。

そして煙草の害で前世での私の夫は肺を損ない亡くなりましたが故に

この煙草葉がきっと高額で取り引きされるだろう換金作物と知っていたとしても

私はこれを煙草葉だと公表し、大々的に栽培する事が正しいとは思えず口を閉ざしたのです」


信州の名産は蕎麦と呼ばれて蕎麦畑が沢山ありますが以前は換金作物と持て囃されて

煙草畑も近所に結構あったのですけれど、しかし管理が大変で機械化の進んだ

蕎麦栽培の方が楽だとか他にも現金化しやすい果実や花卉栽培に転用したいとの

時代の流れもありまして私の腰が曲がる頃には殆ど見られなくなりました。


だから大きな葉もそれを収穫し乾燥させて黄変させるのも見慣れた風景と

そこにあった葉の正体をすぐに知る事が出来ましたが、夫の闘病の姿が過って

能天気に高額商品の原料だと広める気にはならなかったのです。


「お嬢様…知らないとは言え心無い事を聞きました」


更に深々と頭を下げるトマスに頭を上げて貰います。


「私が口を噤んでいても何時かは誰かがこれを煙草葉だと広めるでしょう、

そうしたら何時か煙草の害にて

命を落とす者が出るでしょう、その事が私は恐ろしい」


それが私を悩ますのだと恐れている未来を訴えれば、

トマスは思案するように伏せた目を真っ直ぐ私に向けて答えを出したのです。


「なれば新品種の葉も、タバコの害をも公表なされませ、

そうして煙草葉の栽培から生産流通を

未来の王妃であらせられるお嬢様の名にて一括で管理致して

害を最小限にする努力をなさればよろしいかと愚考つかまつります」


「専売にせよと言いますの?」


「肺の機能を損なうとの事にございましたが、お嬢様はタバコの害による病の

異世界の治療法などはご存知なのでしょうか?

神殿の治癒師や魔導師様のお知恵も借りて対処しながら流通自体も

国や王家で管理致さば害を最小限に抑える事は可能かと」


その場の思いつきだというのだろうに懸命に語るトマスの熱意に引き込まれて

それを公表しようと決心しました。


それが始まり。




後にトマスはタバコ栽培と専売事業、そして喫煙によってもたされた病への対策と

その取り組みから手を広げた福祉事業への功績が認められて伯爵位を授かり

煙草に因んでタバカム卿と尊称される身となる。


そして煙草葉の新品種を発見したキリアラナ王妃へ尊敬と崇拝を捧げ、

生涯独身を貫き、一門から迎えた養子や煙草事業へ参入する者へ

利益に奔り考え無しに量産しての煙草害を、

世に広めては為らぬとの彼女の願いを尊重する事を誓わせたと伝わる。

そしてその文言はキリアラナ王妃へではなく婚前の彼女への敬称である事から

タバカム卿トマスの想いの先が知れた。


そのプラトニックな思慕は煙草へ託され、煙草の最高級葉には

「レディ シナノ」の名が冠される事となったり

恋愛に関する煙草葉のジンクスや言い回しが広まったのはずっと後の事である。

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