これが現実。
「エミリアが売春だと!?」
「えぇ、他人の婚約者を掠め盗るような淫売には似合いの職業ではなくて?」
女将は人買いの王都の劇団に伝手があるとの言を信じてエミリアを引き渡した。
そう諜報機関の報告書にはあるが女将がエミリアを厄介払いに幾許かのコインと
引き換えたのかもしれないがそこまで調べる程のことでは無いとの無関心が漂う…
そして人買いはエミリアを劇団に所属する俳優だと名乗る優男に引き渡す、
女将に渡したコインの数十倍の価値の数枚の銀貨と引き換えに。
男は確かに劇団俳優であった。チョイ役で舞台に数回上がった程度の顔だけ俳優で
舞台だけでは食うに困るので有閑マダムや小金持ちの尻軽娘相手に
男娼の真似事をして小遣い銭を貰って暮らしていた根っからのヒモ男だったが
寄る年波に白髪が数本見え隠れし笑い皺が気になってくるようになって
将来に不安を感じ、稼いで養ってくれる奴隷を買う事を思い付いた。
奴隷自体は安いが、反抗を封じ逃亡を禁ずるために肌に彫り込む奴隷紋や
隷属の首輪等の魔術やマジックアイテムは国家管理指定の業者や許可を得た
専門の術師の手を経るので維持は高額となる事が多いが
そこは生活費を稼ぐ程度には女を操る手管に長けたプロのヒモ男、
そのようなアイテムに頼らずとも自身の容姿に過剰なまでのプライドを持った
世間知らずの小娘一人、意のままに操る自信があったし
事実その通りにエミリアに春を売らせ売り上げを吸い上げ
安楽な生活を楽しんでいた。その奴隷が男爵令嬢と知るまでは。
「ダフラシア男爵も王都の色街と有名な"マステマ通り"で娘が淫らな衣装を纏い
"花売り"をしていると知って慌てて保護なさったとか、
まさか王宮を追放されて平民となっても軍に所属しそれなりの収入のある
貴方を捨てて"花売り"をなさりながら俳優崩れのヒモを養っておられたなんて
流石は淫乱、男漁りがお上手なエミリア嬢、と噂でしてよ」
ダフラシア男爵がどんなに秘しておきたくとも王家としては
ベオヘルグが浮気して婚約者を捨てたというより、魔性の女に惑わされていた方が
まだファングル公爵家と世間に言い訳が立つと、
その事実を王妃の口から密やかに王家に入り込んでいる各家の"耳目"に
茶会やサロンで王家の意向を窺おうとする夫人達にそれとなく漏らし
秘密ではあるが社交界では知らぬ者がいない醜聞となっていた。
「そのような方と親しくお付き合いのあったような殿方が
今更お嬢様に近付かれても、ねぇ」
意味ありげな眼差しを作り嘲笑を隠しもせずにマリアはベオヘルグに
二度とグラーシアに近づくなと言外に釘を刺す、そしてマリアの言葉に
呼応するように半開きの扉の向こうからセドリックが口を開いた。
「我等が主家の令嬢グラーシア様は才気溢れ慈愛に満ち王太子妃に相応しいと
シナノと命名された化粧領を下賜された尊貴の御身、そのようなお方の
護衛を任された我が隊の品位を疑われるような問題行動は厳に慎んで貰いたい」
「全くですわ、誰とでも枕を交わすようなお方と特別親しくなされていた方を
お嬢様の側に近づけるなんてとんでもない話ですわよね」
悔しいが事実なのだ、社交界では公然の秘密を自分は知らなかった…それが現実。
打ちひしがれるベオヘルグが何を思おうが既にグラーシアとベオヘルグとは
同じ国、同じ土地に身を置きながらも住む世界を違えたという事を身に染みて
理解した事なぞ気にも留めずにマリアとセドリックは一方的に言うだけ、
了解を得る必要も無い立場の彼を置いてその場を立ち去ったのだった。




