決闘は他所でやって頂戴
危ないわねぇ、この人は何かって言うと剣を抜くのが趣味なのかしら?
「リヒャルト君、決闘は騎士同士もしくは貴族のものでしてよ」
仮にも王様が勘当して一からやり直せとベオヘルグさんの
王子という身分を剥奪したんだから決闘は成り立たないでしょうに。
「グラーシア!」
しつこいわねぇ、もう私達は終わってるのに今更何なのよ?
それでも婚約者がいる身で配下や自分に忠誠を捧げてくれる騎士ならともかく
他の殿方と言葉を交わすなんてはしたない事は出来ないし、
私も不実な二股野郎と交わす言葉なんて持ち合わせてないので口もききたくないと
開いた扇を顔前に翳し、先日まで社交界に居た元王子なら判る
"扇言葉"で『貴方なんかお呼びじゃないの』と示して今度こそ馬車に乗り込めば
御者も承知して名前を連呼して騒いでる
ベオヘルグさんをスルーして扉を閉め、さっさと馬車を発進させた。
「何で今更あの方が私の前に?」
国軍に放り込まれ寮と練兵場の往復のみで訓練漬けの新人が簡単に出歩いて
私の前に姿を見せる事がよく出来たわねぇと
あの人の登場に驚いたと怒鳴りながらのマリアに訊ねれば
未来の王太子妃に国からも護衛が派遣されたのだろうと答えたけれど、
それにしても配属されて数日の新人を付けるだなんて
何を考えているのだろうと思いましたが…兄達が手を回したのかもしれません。
「別に終わった事だから私とは関係の無い所で勝手に幸せにでもなれば良いのに」
「お嬢様はお優し過ぎます、少しくらい言ってやっても良かったのでは」
「でも…ベオヘルグさんは身分を剥奪された上に
運命の女と立場を捨ててまで求めたダフラシア男爵令嬢に逃げられて
とても可哀想じゃない、今更私が追い打ちをかけて死なれても寝覚めが悪いわ」
玉の輿に乗り王子の妃となって、王子が臣籍降下の際には賑々しく行列を仕立てて
新領地へ伯爵夫人として入国するつもりだった男爵令嬢は
その領地と爵位を下賜される理由が王子の婚約者にある事を知りませんでした。
金の切れ目が縁の切れ目とばかりに姿を眩ませたエミリア嬢ですが、
もしかしたら王家が手を回して王家の体面に傷を付けた無礼者を始末しろ的な
密命によって消されたのではとすら勘繰りたくなる状況だけに
ザマァみろと貶すのは違うのでは無いかと声を潜めてマリアに耳打ちをすれば
今までの臭い物に蓋的な王家の対応にマリアの顔色も変わりました。
「それにあの方、王籍から名を削られたとはいえ断種はされておりませんのよ?
現在王と王妃の間には王太子殿下とベオヘルグさんだけで第二王子のユリウス様は
王がメイドに手を付けて生ませた庶子ですから王位継承権はありませんし」
「身分を剥奪され平民になったとしても彼の身に流れる王家の血は
争いの火種になりましょうから普通なら断種の処置をなされて公表される筈です、
それがされなかったのは王妃様のご意向と御実家の
マムクール王家の力もありますから、いずれほとぼりが冷めた頃に
彼を復権させるつもりなのでしょうから、徒らに罵ったり喧嘩を仕掛けたりして
彼と王家の恨みを買えば後々倍返しでは済みませんわ」
あの二枚舌三枚舌王家のする事ですから沈黙を守ってやり過ごすのが賢いかと。
ウッカリ王族の怒りを買って新領地のインフラ整備して入植者達に技術を仕込み
工場を稼働させたところをボッシュートなんてされては堪りません。
それじゃあ鵜飼いの鵜より酷いというものです。
「…承知致しました」
マリアも思い当たると考えを改めてくれたようです。
後で護衛の責任者のセドリックにも先程の件は無かった事として
忘れろと申し付けておかねばなりませんね。




