召喚、帰還、そしてそれから。
ライトノベルではありきたりな異世界召喚だった。
物語のように魔獣や魔素に阻まれながらの旅路の果てに魔王を討伐、その後王都に凱旋し
英雄としての栄誉と待遇を受けて栄耀栄華を誇るものと思われた先は…
虚しい帰還、何事も無かったように召喚の瞬間に戻されてからの人生を眺め続けていた。
「妃殿下は如何なされたのだ!?」
「あの球は結界か?」
「早く打ち破って妃殿下をお助けするのだ!」
魔塔に動揺からの怒号が響く。
突然、王太子妃殿下の手にした黒曜石が光ったかと思う間もなくドーム状の結界に彼女は取り込まれて
椅子に座して手を前に揃え、魔法使いと名乗る女より受け取らされた黒く艶々とした石を膝に
目を閉じてその場に在った。
「一同、静まられよ」
権杖を床に突いて打ち鳴らし、混乱よ静まれと声を張る。
彼女の取り込まれた球場結界に触れ、内部で何が行われているのかを確かめる。
強大な魔力の出処の黒い石…力が渦を描くように唸り彼女の魂、マトラ神、アーダル神、それから
異国?異世界の神の加護の光と焔とが連綿と唸り混じり交差し、彼女を護っておられる。
「シェンよ」
異世界から呼ばれた魂を持つ神官の名をを呼び、同じように球体の中で起こっている事を見よと呼び寄せる。
「こりゃあ」
絶句、これ以上何を言えるのかとシェンも言葉を詰まらせる。
「猊下、これは一体」
「多分あの石の所為だろう、魔法使いと名乗ったあの婦人は多分本物の英雄一行の魔法使い殿なのだ。
この魔塔に構築された魔法陣に走る魔法量、施された記憶保持の珠に保存された国の歴史の長さと
石自体に籠った濃厚な魔力の全てを妃殿下の御身に収めようなぞ正気の沙汰では無いぞ。
只人の身であんなものを一度に受け入れようとすれば破裂して肉体も魂も塵と消える。
だからこそ崩壊のギリギリをせめぎ合って、神々の助けを得ながら魔法使い殿の譲られた其れ等を
妃殿下は我が身に収めようとなさっておられ、一日二日で終わるものではあるまい」
「さっきの白衣の姉さんがキリアラナの建国の英雄一行の魔法使いなのですか」
「多分その通りだろう」
魔力神力の満ち満ちた球体の前ではこれしか答えようが無かった。
「その隣に昔の知り合いの坊主と車屋の親父?!」
両手を押し当て、まじまじと球体の中を覗き込んで何事かを
熱心に話し掛けているが、古代勇者語なので意味までは解らなかった。
「シェン、何が見える」
シェンの肩を叩いて此方に意識を向けさせ問うた。
「あの姉さんがドラッグストアで薬剤師として働いてるみてぇです。
男の方は元勇者の兄さんで、今は部品工場で働いて姉さんとは夫婦のようですね。
車屋の親父も俺の知り合いでした、嫁さんを紹介して仲人の真似事もしてやったンすよ。
それから麟坊…坊主のほうは昔、俺ン所で飯を食わしてやって漸く真人間になって
家業の寺に帰って真面目に坊さんしてたのに何でコッチで魔獣と戦ってたんですか?」
支離滅裂ながらシェンには魔法使い殿の記憶のようなものが見えているようだ。
詳しくと、話しを促し続きを聞けば時系列はバラバラだが魔塔の記憶していたキリアラナでの記憶と
彼女の記憶、そして帰還後の人生と洪水のように彼女の身に起きた様々な事柄が渦巻き
強大な力と共に妃殿下のものとさせるべく同一となれるよう球体の中に満ちて見えると言う。
「何でアイツ等だったんスか、馬鹿みてぇに良い事ばかり言ってよぅ。
ちゃんと元の世界に帰してやるだの魔王を倒したら名誉勲章や金貨を好きなだけやろうとか
調子のいい事言っておきながら、いざ討伐を終えて凱旋したらこの世界に残って国の為に生きていけだの
子供を作れるだけ作って国に尽くせだのと無茶を言って帰そうともしねぇ。
挙句、王位の為にと年端もいかねぇ小さな女の子を誘拐して薬を盛って無理矢理…
死ぬまで汚ねぇ欲を押し付け責め立てる変態性欲犯罪者に最期まで好き勝手させてよぅ、何なんだよ」
ポトポトと涙を床に溢し、球体を見つめながら常軌を逸した言動のシェン。
あの中では魔法使い殿の記憶、魔塔の記憶、そしてキリアラナの歴史が無秩序に渦巻き
彼女の力になる最中のようでシェンにはその様子が見れる目を待っている。
ただシェンにその様子を見ても受け止めるだけの力が無かった、だからこその恐慌と混乱。
これ以上はシェンが壊れると目を塞ぎ、鎮静を掛けて落ち着かせようと権杖を僅かに上げた時
シェンの意識は落ち、全身が淡く黄金に発光してスと地から足が浮き球体の前に進み出た。
「神の御言葉が降りてまする、一同地に伏し御言葉を拝聴せよ」
杖を床に突き、高らかな音を立ててその場に膝を着くと
一拍の後この場に居合わせた、国王含めた全員が床に膝を着く。
『此度の召喚者のコンタクトを以てこの世界の召喚は一切無効と致す』
男とも女とも取れぬ不思議な声音は常のシェンのものでは無い、それがシェンの口から発せられる。
シェンの左腕が挙がる。
王城の一角から光が立ち、シェンの左の掌に集まって消えた。
『其処の…此れを尋問して帰還せし者等の真名を聞き出そうとしても無駄ぞ。
彼等はこの地にて定命を全うせし者、死者は生者に戻せぬ理』
人ならざる目の色、其れが大臣達の額ずく側に向けられるのはシェンの身に降り給うた御神の視線。
スィも挙げられた手が空を切り、フワリと我等が前にシェンも見たであろう記憶の一片。
神罰の雷に撃たれ既に炭と化した男の元へ斬り込んで突き進むオショーとモノノフは
マトラ神の導きで事切れたロマの亡骸の前へと踵を返す。
そして日本語のまま、語彙の限りを尽くしてユナンセライスの者やそれに仕える者等を罵倒し
当時の国王も思われる王冠を頂きし男を殴り飛ばす。
そしてオショーと呼ばれた剃髪した頭の男がロマの亡骸をマトラ神から受け取ると優しく抱き上げ
そのまま聖魔力を全開にしての浄化の炎を燃え上がらせて自らと共に塵一つ残す事無く消え失せてしまった。
そして国王に手を上げたモノノフは、駆け付けた近衛の手により取り押さえられて連行されて行った。
そしてモノノフは形式として地下牢へと収容されたが、魔王討伐の功有りの英雄一行の一人として
更に言えば世界を救う為にマトラ神様の導きで此の地に降りた異世界より借り受けた人間として
罰を与えようだなんて思いも寄らない。
罪人とは思えない丁重な扱いで入牢させたが、茶を差し入れようと牢番が声を掛けた時には
モノノフは座したまま既に事切れていた。
その映像を間近でありありと見せつけられた我等一同は魔法使い殿の更なる怒りの理由を知った。
『ミハエルよ』
マトラ神を宿したシェンに呼ばわれ、振り返ればススと音も無く球体の側に寄られると
ツィと指で結界障壁に触れられた。
手を貸せとの仰せに頷き膝を曲げて頭を下げたまま隣へと進み出、権杖を掲げた。
無軌道に何の法則も無く暴れ回る魔力神力諸々の暴走を制御し、唸るそれを宥め収まるべき場所へと導く。
強大な力、道筋を調え向かうべき場所へと収束するそれを宥めるように、慈しみの御手により柔らかな魂の内へ。
『このまま定着するのを待てば良い、そろそろこの者の身が持たぬのでな』
ゆうるりと神官の浄衣の裾が床を滑り、音も無くシェンの身体は床へと伏せた。
「聖騎士!!」
崩れ落ちたシェンはもう"聖別"されてしまった。
只人の身で神を宿らせたとあって、そのまま人で在れる訳が無いのだ。
先程までは異世界転生の魂の持ち主であれども単に一神官として私に付き従っていたシェンは
この一事を以て神の器となったのだ、そのまま常の人の生を送れる筈が無いのは我が身で解っていた。
今まで護衛にと付き従っていた聖騎士達の手付きは恭しく、聖体と化したシェンを助け起こし
そのまま馬車へと抱えてお連れし大聖堂へとお迎えしようとの動きは流石だ。
「待ってくれ、俺は大丈夫だから降ろしてくれや」
右手を僅かに上げ、聖騎士達を制してその場に身を起こしたシェンに私の椅子へと座らせる。
彼はもう次期大司教 クレメッティの座に着く者だからだ。
「猊下、こりゃあなりませんて!」
「ならぬものか、其方は既に神の器としてマトラ神様を其の身に降ろしたではないか。
我が後継、次代の大司教 クレメッティは其方ぞ」
大司教のみが腰を下ろす事を許されたアラクネシルクの張られた真白の椅子は
"神の器"を据える為だけの特別な物。
聖騎士達に導かれて勧めた椅子へと下ろされたシェンは畏れ多いと身を捩るが力が入らないようだ。
「それよりマトラ様に何事か伝えられたのであろう」
「そうです!アイツ等の処遇とか色々仰られておりました!」
肘掛けに縋りながらもシェンは伝えねばとばかりに懸命に声を絞り出していた。
初めて神を降ろして肉体だけで無く魂も変質する程のダメージを受けながら
意識を取り戻し、声を上げるだけの胆力に内心舌を巻く。
「聖女殺しの裔、英雄の血を盗み聖女の末裔を自称せし者共!
聖女を拐かし害す事に手を貸して反省も無く口を噤んでいた者等がゲスムゲリの奴の手を付けた
撒き散らした種のメイドの子、下女の子の裔。
神罰の証の禿頭、マトラーンの輪環の輪から外れた葬式も上げて貰えない屑の吹き溜まり。
輪廻の外で延々と贖罪にもならぬキリアラナ花に仕える罪人共の魂よ。
今すぐキリアラナ花の汁を利用するのを止めろ、そうやってキリアラナ花の聖魔力を留める被り物もだ」
床に押し付けられ突っ伏したままのゲスムゲリの末裔共は、漸く自分達の身に流れる血統の
高貴さどころか破門され、マトラ神から見放されたまま害した聖女の魂の置き土産とも呼べる
万能薬の原料となる花をひたすらに育てて収穫する労役が運命付けられた転生を繰り返していると知らされた。
ゲスムゲリの末裔共のトーク帽とエナン、その内側には帽子生地と同じ色の糸で複雑な魔法陣の縫取りが
聖魔力を自らに吸収する秘密として暴かれた。
肘掛けに腕を置き、頭をその上に抱えたままのシェンは顔を伏せたまま言葉を紡ぐ。
「確かに王家には英雄と聖女の血が流れております。
英雄の血は初代ロマトモニ公爵の死産と偽り盗んだ娘から。
聖女は初代王リザルトの妻 王妃ザランその人、彼女は次代王の王配を英雄血統をと画策し
初代ロマトモニ公爵家から死産と偽り公爵夫人の産褥の床から一女を盗ませ
息子の妻、次代の王妃、王家の血に英雄の血を入れる為にと隠し養育した者でありました。
その企みが発覚し、英雄と魔法使いの怒りを買った王妃は"聖女"と立てられました。
王リザルトが止めるのも聞かず、息子の王太子ザガートと自らが盗ませた英雄の娘との
結婚式を見届けたその足で大聖堂の奥へ入って聖女となられました」
確かに教会の記録では過去に4回、聖女が現れたと迎えの行列を仕立てたとあり
自分も一度だけ実際に聖女を大聖堂に迎えた事があった。
「この国の聖女とはキリアラナ花の聖魔力、民の為に癒しとなる花となりたいとの願いそのままに
キリアラナが聖女となったのです、生きたまま"聖女"として存在出来る筈が無い。
『女神の領巾』の紋章旗を携え、王家の従者と貴婦人の介添えにバックス公爵夫人を従えて
大聖堂へ入って、そのまま帰る事はありませんでした」
そこでシェンの言葉が止んだ。
「誰ぞ水を持て!」
ぐったりと肘掛けに伏したままのシェンを助け起こし、運ばれてきたゴブレットを
口元に寄せて冷えた水を含ませる。
「…スンマセン、後は妃殿下がお目覚めになる二日後に」
ゼ、ゼ、と息を詰まらせながら漸く絞り出した言葉を最後にシェンの意識は今度こそ途切れたようだ。
「聞いたであろう!
以後のマトラ神様よりの御言葉伝達と、魔法使い殿より大いなる力を得た妃殿下からの
御言葉を頂けるのは二日後となろうぞ、ならばその頃再び此処に集まろうではないか」
シェンを聖騎士達に任せ、魔塔の外に待たせている輿に乗せて大聖堂へ御帰ししろと命じ
座に直った一同へと告げれば国王より直々に左様致せと同意を得、二日後にゲスミドの破門者共以外の
同じ面子で集まる事が決まった。
そして国王は妃殿下の目覚めまで魔塔は閉鎖し、三人の女官のみこの広間の出入りを許し
妃殿下の身支度の介添えと不法侵入者への警戒に当たらせる事。魔塔を囲む様に王宮騎士団の
第二、第四部隊を護衛に任命して警護の任に就くよう命じられて我々の退出を促した。




