帰還、それからの歴史と邂逅と
ふんわりと皆の前に立ち現れたのは、現代日本では医療系の職に就いていると思わせる白衣を羽織り
ショートボブの美しい女性、白衣の下はブラウスに小ぶりなトップの付いたネックレスに
清楚なブラウンのタイトスカート。
「漸く発動したみたいね」
ホログラム、透けて見える立体映像のように立ち上がった婦人の姿。
「貴女は」
「貴女が私を呼び出した、日本語を理解する人?」
「はい、私は異世界転生を果たし皇太子妃として王家に嫁ぎました
グラーシア レディシナノオブ ファングル キリアラナと申します」
「私はかつて、魔法使いエーエンと呼ばれていた女よ。それで今は何年経ったのかしら」
エーエンと名乗る白衣姿の女はスと右手を挙げると、魔塔の壁に埋め込まれた飾り珠が光ると
次々と光の玉がエーエンの掌に吸い込まれていった。
「そっか、リザルトから数えて67代目王がアンドレアス。
その後継の奥さんがグラーシア様で私を呼び出した方だとして
私が死んで486年、漸く事情説明と断罪の仕上げが出来るってワケね」
飾り珠はこの国の出来事を見つめ続けた記録媒体で、光の玉はそのデータのようだった。
瞬き一つの間に受け止めた500年近い情報を処理して理解したのは常人では信じられぬ所業だと
名乗りの通りにこの人はこの国にマトラ様の加護を得て降り立った魔法使いなのだと理解しました。
「それより先にお礼しないといけないよね。
えっと、グラーシア様に呼び出してくれたお礼にコレを」
胸元のボールペンを抜いて空中に何事かを書き付ける動作、同時に掌に拳大の黒い塊が現れた。
「これは…黒曜石ですか?」
「良く分かったわね、この間私と子供達と一緒に採りに行った黒曜石よ。
でも唯の黒曜石なんかじゃ無いわ、ウチの旦那と私の全魔力と娘の神聖力を込めた
聖魔力バッテリーとして200は軽く城の魔力維持に使える特製魔石よ」
「お子さんと一緒に拾って?魔力を込めたのですか?」
「そうよ、魂だけしか救えなかった聖女ロマを我が腹に迎え、祈り、受肉させて誕生と
幸せを望んだ大事な娘として迎えた子。
そして夫は勇者ヒイロだった人、息子は其方でロマトモニ家を興したタロウ。
息子の小学校の夏休みに和田峠に遊びに行って拾って来たの」
固まる一同を無視してエーエンと名乗った白衣の女性は歌う様、訴う様に続けます。
訴えというのは神仏に祈りや怒りを大声で伝えるのが語源だとフと思い出させる様な
朗々とした節回しと語調で発します。
「ノートを読んだのよね、だったら私達が何を思って何を恨んだのか少しは理解出来るわよね?
キリアラナの花は聖女ロマの願いと祈りの花、それしか残す事が出来なかった。
だからこそ聖女の恩恵は不要とマトラ様は仰られ、以後、この国には聖女は降り立たずキリアラナ花が咲き
そして聖女殺しの一族、ゲスミドの者共は王宮に囚われて逃れる事許されず
キリアラナ花に奉仕するのみ生き存える事を許されている。
それから聖女は現れる事無しと定められ、聖女を名乗った者はキリアラナ花になり世に貢献したいと解釈し
その様に花の神聖力として身を捧げられるようにマトラ様は名乗った者と唆した家族や
神殿の神官等をキリアラナ花の養分として召し上げた。
ゲスミドの血族共よ、今こそ贖罪の時が来たと思い至れ!我が血族を騙り夢を謳い王家の血を掠め
王族に紛れ込もうと小賢しく王宮に巣食う一族め良く聞け」
白衣の袖が横へ薙ぎ払われ、魔圧で帽子が吹き飛んだ。
形の揃ったエナン、そしてトーク帽、現れた艶々とした頭皮には一本の毛も無く毛穴の痕跡すら無い。
「真面な人交わりも出来ぬ様に頭髪を取り上げ罪人の証とし、贖罪としてキリアラナ花に仕え
王宮から逃れられぬ様呪いをかけた。
王宮から逃れようとする者はキリアラナ花の養分となり、呼ばれた者は王宮から出て異世界へと渡る。
その身に付着したキリアラナ花の花粉、茎や葉、花殻に草の汁に含まれる神聖力で
他世界の召喚に応え聖女の身代わりとし、人柱とした。
そして今日この日、聖女殺しのゲスムゲリの血族は聖女殺しの罪を贖うべし」
魔法使いの振り上げられた左腕が振り下ろされた。
ドン!!!と地を叩くかの衝撃、ケミストを名乗る一族全てが地を這う様に床に叩き付けられ伏している。
ズッと大気が震えたようだった、大きな何かが上へと引き抜かれた感覚。
「魔力一切をキリアラナ花に捧げよ」
抜かれたのはケミストを名乗る一族全ての者の魔力と魔力を体内で生成する器官と
その能力を奪われたのだと、そして彼等は眼前のエーエンの子孫を名乗りながら実は
聖女殺しの実行犯ゲスムゲリの血脈、一目で罪人と判るよう頭髪を取り上げられて
生まれてくる子は禿頭姿で髪を結えるキリアラナ風の頭には出来ない。
特に女子なら外に出さない、出られない酷いペナルティである。
まだエーエンが生存していた頃は、髪を持たぬ者は神罰を受けた罪人。
マトラ教会から破門された外道者と、城内でキリアラナ花栽培に従事しているそれ等を
見掛けても侮蔑の目を向けられ、人扱いなどされなかった。
それが今ではどうだ。
罪人の血を偽り、偉大なる救国の魔法使いの血族を名乗り、王家の血を掠め取り
影の王家なぞと嘯き王宮を闊歩している始末だ。
帽子の吹き飛ばされた頭部には頭髪を剃り上げているかの偽りの青化粧。
キリアラナの花弁をすり潰した汁を塗り、剃り跡の様に見せかけている。
「最後の審判の時間よ、始祖ゲスムゲリの罪を悔いてキリアラナ花と
王家に仕えると誓うのなら呪いの輪から弾いてあげる」
嘲りを浮かべ、桁外れの魔力で仇の血族共を平伏させて魔法使いは問う。
それでも今まで親から、またその親から祖父母からと連綿と語り継がれた始祖と信じていた
世界を救った魔法使い当人から自らに流れる血を否定され、自分達が大逆と呼べる聖女殺しの一族と
聞かされ混乱している最中に迫られる選択。
何を反省すれば、いったい何が起きたのかと事実を反芻し消化し理解する前に
魔法使いの形良いベージュに彩られた唇が窄められてから開かれる。
「ブー、はい時間切れ。
マトモに反省もしないんじゃ更生は望めないわよね、仕方無いからこの辺で引導を渡さないと」
引導という言葉は仏教用語なのでケミストの、いや、ゲスミド一族の者等や立ち会いの人間には
何を意味する言葉なのかは解らないなりに、それが最後を意味するものかを悟ってはいるよう。
「これから真面目に余計な事を考えずに国に尽くすというのなら教会で祈りなさい。
それなら生きてく事くらいなら許すわ。
それか今まで通りキリアラナを育てて静かにしてるのなら別に生きてていいけど、王族にすり寄ったり
権力目当てに何にも判らない子供に盛ったりして始祖のゲス野郎と同じ真似をするなら
存在ごと花の精力に変換して存在を消すわ」
パチンと指を鳴らせばケミストの中のヒソップと名乗った三人とザアタルの姿が消えた。
「アイツ等は王族の種を一方的に搾取して王家の血を盗んだ者、それなりの罰を受けて貰うわ」
魔法使いの指が振られ、胸元に揺れていた小振りのペンダントトップが掌に落ちてスと消えた。
途端に脳内に流れる映像は王と王妃、立ち会い人達の頭の中にも送られているようです。
その様子とは…全く文化習俗の違う日本とも地球ともマトラーンとも違う世界の何処か。
装束も室内の装飾も見覚えの無い一室に彼女等はそれぞれ一人ずつ転移していて、
それぞれが何事かを話し掛けられ、首に紐を巻かれて魔力を通されて意志を奪われた者や
手首に豪華な石の嵌められたブレスレットを巻かれた途端、なけなしの聖魔力を吸い上げられ
足りない分は生命力を変換して吸い取られてあっという間にミイラになる者。
ある者は屈強な男達に寄って集って手鎖を嵌められて拘束された上で
生殖の為だけの繁殖の雌として繋がれ、そしてある者は何らかの儀式の生け贄として
祭壇の上で麻酔も無く正気のまま、腹を割かれて臓器を取り出されていた。
「どうせ異世界から取り寄せた他世界人なんて消耗品としか見てないんでしょ?
だったらそう使い潰されてみたらいいのよ、あの子と同じ様にね」
復讐に目をギラつかせた魔法使いはそう吐き捨てた。
そして平民以下の魔力無しとなったゲスミドの一族には目をくれる事無く
此方に向き直った魔法使いのエーエンさんはパチンと手を叩くと、そろそろお終いと言って
もう一度指をパチリと鳴らすと壁の石が一つ、スとまた掌に落ちて溶けて消えた。
「詳しくはソレから知って、私がこうしてマトラーン世界にアクセス出来るのもこれで最後。
マトラ様に聖女ロマの復讐を願ったからね、その為に映像としてそっちに語り掛ける事が出来るように
魔塔を建ててから死ぬまでに魔法陣を構築して魔力を溜めて、後は私を呼べる日本人、
同郷の人間が王家に現れるのを待ったの。
それであのクズの子孫が反省して慎ましく暮らしてるなら見逃そうと思ってたんだけど
勝手に私の子孫を名乗って王宮で好き勝手にしてるでしょ?
それで許さないって決めたの、私とアイツ…勇者ヒイロの子孫はロマトモニ家の人間よ。
まさかベンタロンと改名してるとはね、ホント面白いわ。
グラーシアさん、その記憶石の記録と魔塔の権限は貴女にあげるから好きに使って」
手をヒラヒラと振り、別れの合図を送る魔法使いエーエンさんに問い掛けます。
「承知致しました、それで召喚された皆さんはどうなされたのでしょうか…
きちんと戻れたのですか、それと貴女様は幸せに暮らせていらっしゃるのですか?」
「そうね、あんな風に書いたら心配させちゃったかも。
大丈夫、私達は聖女以外あの日あの時間に戻る事が出来たわ。
それから私とヒイロは結婚してもう一度、息子のタロウと娘のロマを産んだわよ!
今度こそあの子を幸せにするわ、それに私だって夢だった薬剤師になったし
それなりに幸せに暮らしてるわ、勿論モノノフもオショーもまだまた元気でやってるしね。
だから大丈夫、貴女も日本からそっちにだなんて大変ね」
「まぁ、私はそちらで百年近い人生を全うしてから此方に生を受けて育ちましたから。
それなりに此方の暮らしにも慣れましたから大丈夫ですよ」
答えればそれで本当にお終い、手を振って彼女の姿は消えました。




