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転生公爵家令嬢の意地  作者: 三ツ井乃


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恋で無い

承知してくれたんだね、と断られる筈が無いと権力者特有の傲慢さすら感じさせる

笑みを湛えたハインリヒはカルロの復命に満足すると

クリストフが訪ねてくるだろうから休むとだけ言い残して部屋へと戻っていった。




それから暫くして、王宮の王太子の住まう棟に

ファングル公爵とその娘 グラーシアが装いを改めて参内した。


「婚約を了承してくれて嬉しい」


尊大な態度のハインリヒの目は畏まるグラーシアに向けてはいるが

一目惚れしたから結婚を申し込んだという情熱の欠片も無いものだった、


「それが王の決定だと仰せなら」


弟が駄目だったから兄にあてがいますなんて

家畜か愛玩動物の掛け合わせの如き命令はしないと王は確かに口にしたが、

それを翻しての王太子との婚約を打診してきた裏は何なのかと

警戒するクリストフにハインリヒは茶器を手に取ると手ずから茶を淹れるという

最大のもてなしで敵意が無いと示してみせる。


「あのアホじゃあるまいし愛とか一目惚れで

暴走して国を乱す愚か者になるつもりはなかったんだけれどね」


ソーサーに乗せたカップをクリストフ、そしてグラーシアの前へと置くと

ハインリヒは席に着くと自分の分のカップを引き寄せて

それが安全だと示すように口を付けた、


「貴方が娘に惹かれたからと伺いましたが」


それすら計略の一環で物のように側に置くのかと

せめて政略なりにも伴侶として娘を大切にしてくれるかとの親の願いを置き去りに

ハインリヒは強権を以って"転生者"グラーシアを取り上げる気なのかと、

置毒では無く娘の将来への不安からカップに手を伸ばすのを躊躇っていた。


「いや、グラーシア嬢のあの啖呵には心を奪われましたよ?

こんな女の腹から産まれた王はさぞかし勇名を馳せる豪気な王となろうと」


娘を種付け馬と掛け合わせる牝馬と同じに語られたとクリストフは頭に血が昇る。

隣に娘が座る事で守るべき家族や立場を思い出しハインリヒの頬目がけて

握り締められた拳が茶器の乗るテーブルへと振り下ろされた、

猫足の華奢なデザインだがドリアード製のテーブルがバキャリと音を立て

無残にも二つに割れて茶器が床へと叩きつけられ粉々になった。


「それで良いんです」


目の前でテーブルが破壊されたのに平然と足を組み顔色一つ変えずハインリヒは

クリストフが王太子の前で拳を振り上げた不敬を咎めずその怒りを肯定する。

その台詞でハインリヒはクリストフの怒りを承知の上で

グラーシアとの婚約を申し入れたのだという事と

敢えて酷い言葉を選んだのは怒られて当然の横紙破りを行った

この行為を叱って欲しかったのだと器用に立ち振る舞う王太子の不器用さに

クリストフは拳を収めて口を開いた。


「ご無礼を、それで王太子殿下にあらせられましては娘に逆上せたどころか

恋愛感情なんて微塵も持たれてはおられぬように見受けられましたが

何故我等を敵に回し兼ねない悪手をお取りになられました」


「別にねグラーシアが"転生者"だろうがそんなのどうでもよかったんだ」


この世界では千金万金積んで喉から手が出る程の貴重な知識を有する稀人を

どうでもいいと言い切るハインリヒの真意が何処にあるのだと、

クリストフは目の前の青年の狙いは何なのだと

まるで敵と相対した際の隙を探るかの目を向けた。


「彼女はこの国にあれば誰にだってどの家に縁付いたって

キリアラナの益になるから別に僕の手元に置く必要はないんです、

でもグラーシアは僕が本当に欲しいものに連なる人でしたから

あのアホが手放したのなら僕が貰ってしまおうと我慢出来なくてね」


「殿下の欲しい物にございますか?」


グラーシアに連なる物と言われ、その手から生み出されたものは

魔法付与に適し更に見た目や肌触りはシルクと比べても遜色の無い生地や糸の

安全で量産出来る方法であった事からクリストフはハインリヒの狙いが

娘の持つ繰糸紡績の知恵が欲しかったのかとも思ったが

国益の為なら他家に嫁いだって良いと言ったからそれでは無いと考え直す。

後、思い至るのが自分の娘という軍部とのつながりか?

今回の婚約破棄騒動で軍の王家への反発を考えたら悪手であろうと何だろうと

ファングル公爵令嬢を王妃に据えたとの形が必要になると判断したのか。


「僕はね、カルロが欲しい」


ニコニコと笑みを浮かべて常の態度を崩さず望みを口にしたハインリヒから

思いも寄らぬ名前が挙がった事にクリストフの怒りは霧散した。


「カ…カルロを所望されるのですか?」


突然挙がった長男の名前と『欲しい』発言と

グラーシアへの婚約の申し入れという色めいた響きと

それらがクリストフの脳内で一つに混ざってスパークして弾き出された答えが、


「殿下はウチのカルロを男側妃?…男妾にお望みなのでしょうか」


軍隊ではままある事だが根っからの武人であるクリストフは

宮廷人が戯れに行うそれの雅称を知らないからと導き出された推測を

取り繕う術を知らずにそのまま王太子へとぶつけてみたのだが、


「ぷっ!…まさか貴公からそのような申し出を受けるとは!」


ハインリヒの嚙み殺した哄笑と否定を含んだ言葉にクリストフの肩の力が抜けた。


「では何故…」


自分の後継ぎをくれと言われたクリストフとしてもどういった意図で王太子が

未来の王となる青年がカルロを求めるのかと確かめずにはいられない。


確認するという事は希望があるという事だ、

ハインリヒは笑みを納めると一転、重々しい声で今一度カルロを乞うた。


「私はキリアラナ王国の王となる、

故に他国の耳目を引き連れ王宮に輿入れする妻にすら隙を見せる事は許されない、

だからこそ側置く者は絶対の信頼を寄せるに足る者を望む」


笑みを納め睥睨するハインリヒはこの国を統べる次代の王、

ただ一人、キリアラナの民に戴かれ頂点に君臨するその人は

頂点にあるからこそ有象無象が群がり、

二心を抱きながら閨に侍る者や裏に刃を隠しながら甘言を弄する者が周りを囲む。

その孤高を慰められるのならばと心許した者を側に置きたいと願う事が

どれだけ困難なのかを王族に侍る武人であるクリストフは

僅かにでも窺い知る立場にあったからこそその稀なる許しを得た立場に

息子が選ばれたと虚を突かれたかのように言葉を失う。


「カルロにはね誠があるんだ

だけど直ぐ過ぎて裏を読むとか人を欺くとか出来ない男だ、

このままじゃ王の側近どころか公爵ですら難しいと思わないかい?」


此度の婚約破棄からの婚約申し入れ等という非常識な使者に立たされ

遣わされた件を見ても裏を疑う事すらしなかったのだから、

カルロを使うハインリヒからしてみれば権謀術数渦巻く宮廷を渡り切る前に

呑まれてしまうのではないかとの危うさがある、

それでも手放す事が出来ないのはそれ以上にカルロの誠実さが

王宮では何より得難い貴重なものだったからだ。


「あれが女であれば心癒す側妃として後宮に召し上げて囲えば済んだのだろうが

公爵として国に仕え僕の側で国を動かす立場にある、

だからこそその弱さは許されるものでは無いが…僕はその弱さを含めて好ましい、

切り捨ててこなければならなかった良心とか良識といったものを

カルロが思い出させてくれるし取り戻してくれる、

王としてそういったものを忘れて国を良き方へ導けるとは思わぬからね

僕が王として立つならばカルロは絶対に必要だ、

そのカルロを僕の側に置くのにグラーシアが良い盾となり鎖になると

手に入れるのに形振り構ってはいられなかった」


カルロが王妹の子だという血に裏打ちされた立場も

ドラゴン討伐の英雄の息子という後ろ盾も時が過ぎれば効力が薄れてくるものだ、

その時になってお人好し一人伏魔殿の如き宮廷で足を取られ

失脚を狙う者共に奪われぬように王の義兄という新たな立場を与え、

王の特別であると示しておきたいのだと言う。


「済まぬな、グラーシア」


ハインリヒは理由を語ると当事者であるグラーシアに謝罪した。


「王太子殿下は兄を至誠の人とお認め下されての婚約なのですね」


「そうだな、あれはきっとこの国の良心となる」


だからその至誠の人を守る盾となってくれと

ハインリヒはグラーシアの前に進み出ると片膝をついてプロポーズというには

あまりにかけ離れた言葉でもって求婚したのだ。


「私は殿下の求婚を謹んでお受け致します、どうか兄をよろしくお願い致します」


グラーシアは自身だけでなく王家に対する評判と引き換えにしてまでも

長兄 カルロを買ってくれる心意気に父をすっ飛ばして

その政略的婚約を了承したのだった。

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