職歴を持たない水上勇樹と彼の就職の旅
「派遣って、ブラック的な……扱いの悪いというか、下層の仕事っていうイメージであってる?」
「まぁ、言い方は悪いですが。仕事を押しつけられる側っていう認識であってますよ。あまり保証のしっかりして無い立場ですし。でもいろいろな職歴を積めますし、時間の束縛も少ないって言う説もあるし悪いことばかりじゃないんですよ」
まるで自分に言い聞かせるかのように必死に説明するいすゞさんの話によると、この世界では日常で使われる様々な魔法の品物は、㈱魔術研究社という巨大企業が仕切っていると言う。
この巨大企業は様々な製品を研究・開発しており、その為の素材集めから実験体まで幅広く短期の仕事を募集しているそうだ。
なんと人材をイチから育てる為に学校経営から手を付けているらしく、この㈱魔研のおかげで識字率も高く、教育レベルは他種族の追随を許さないとか。
この学校の、修学旅行時のガイドの臨時増員で雇われていた仕事を、『巨大企業である㈱魔研の人事に関わる重要な仕事』と胸を張って言い切るいすゞさんはなかなか度胸がある気がする。
ちなみに、道を歩いている時に感じた違和感の原因である『道が綺麗』というのの原因も、ここの製品が関係している。ファンタジーではお約束の馬とか騎乗ドラゴンとかがほとんどいない。道は綺麗に舗装されており、魔力で動くゴーレムみたいな車が人々の足になっている。車輪だけじゃなくて多脚型の車なんてものがあるのが数少ないファンタジー成分かな。階段の多い場所や山道を移動するのに便利なんだそうだ。
で、こういう社会のインフラを大きく変えてしまう製品である『移動用マジックアイテム』や『水生成マジックアイテム』『火制御用マジックアイテム』『通信用マジックアイテム』を作る材料になるのが、『魔素』という物らしい。
「マジック・ソース。略してマソです」といすゞさんは説明していたけど、漢字の符合には翻訳魔法の凄さを感じた。俺は会話だけの翻訳魔法だけど、文字翻訳魔法なんかも㈱魔研で研究されているらしい。
話を戻すが、何をするにも必要な『魔素』はモンスターを倒して手に入れたりするんじゃないらしい。
大気に漂う魔力の素は植物に吸着されて、その根や実や葉に濃縮される。
その魔素を取り込んだ植物や、その植物を食べて育った動物の肉を、人類が食べる事で体内に自然の魔素を取り込み、特定の法則性に則って描かれた回路に流し込む事で活性化させる。それが魔法陣を使用して行われる付与魔術なのだと言う。
そして肉も野菜も、魔素をたっぷり含んでいる方が旨味が増すらしく、高魔力素材は値段が高いらしい。良い物を食べれば多くの魔素が取り込めて、それが食べれば食べるほど蓄えられるのだと。
「大食いできる事はそれだけで才能の一つとみなされますよ。大食いや早食いのコンテストで優勝すると就職にも有利です」と奇妙な食事情も教えてくれた。これは俺の料理チートの出番かな。近所のハイカロリーラーメンを自宅で再現した『家サブロー』と呼ばれた腕があればこの世界にこってり革命を起こす事もできるはず。
しかし魔素ってのは生物濃縮される何かなのか? なんか怖えなと思ってしまうのは魔法の無い世界から来たからだろうか。
まぁ、ゲームっぽく理解すると、一晩寝てもMPは回復せずに、食べて回復する上に最大MPっていう上限は無いって事か。金のある奴は無双できるなって言ってみたら、やっぱりその通りらしい。金のある奴は美味しくて魔素たっぷりの食事をしてバリバリ働く。貧乏人は粥を啜って肉体労働。
なんだなんだ、ファンタジーっぽさ、どこ行った?
「長期の仕事だと、野菜の定期的な供給の為に農作業サポートとか、魔素を多く含んだ野菜を作る為に森の開墾とかがあるんですが、さすがにお年寄りで新人だと雇われにくいかもしれませんねぇ」
「短期でパーっと稼げないのか。ほら、ダンジョンとか」
「ダンジョン好きですねぇ。私は嫌ですよ、絶対入りませんからね?」
嫌がるいすゞさんに頼み込んでダンジョンへ案内して貰う。
ギルド……っていうか農協はイメージと違ったので、今度はダンジョンを見に連れて行って貰う。
都合のいい事に、この街の中にもダンジョンの入り口があるらしい。
「地下に眠る何かを封印する為にこの街が作られたとか、ダンジョンの周りに素材を買い取る店やダンジョン探索者向けの店が出来て行くうちに街が大きくなったとか、そんな経緯だったりするのか?」
俺が街の中にダンジョンがある理由として一般的と思える物を尋ねてみると、また「いいえ?」と一刀両断にされた。
「付与魔術によるマジックアイテム作成だけでなく、魔法を使うと全て魔素廃棄物が出ますからね。そう言う物で街を汚さない為にもダンジョンは必要なんですよ」
いまいちわからない。浄化施設みたいなものなのだろうか。首を捻っていると、ダンジョンが必要な理由では無く魔素廃棄物についてを説明してくれた。いすゞさん惜しい!
「魔法を使うには、取り込んだ魔素を活性化させる必要があるんです。上手い人は燃費も良いんですが、下手な人ほど廃棄物もでます。それが生体の変質にも繋がるので一概に悪いとは言えないんですが、人間種と違って幻想種の我々はこれ以上変質しないので、魔法を使った時の魔素の残りかすを体外に排出するんですよ」
「ああ、もしかしてその廃棄物を処理する施設って言う事?」
「はい。一か所に集めて無害化する施設です。その廃棄物に集まる魔蟲とかを定期的に駆除する必要があるので、ダンジョンスイーパーは重要なお仕事なんですよ。ブラックですけど」
納得がいった。でも、なんか話を聞いているとどうも……
「魔素を多く含んだ食べ物をどっさり食べて、魔法を使って残りかすを排出するんだよね。ウンコみたいな物?」
「エルフはウンコなんてしません。魔素廃棄物を排出します」
「アイドルみたいなものかな?」
「そうです。アイドルはウンコしません」
同意が得られた。
って事は、ダンジョンって下水道とか下水処理施設なんじゃねぇか。
ダンジョンの……っていうか、魔素廃棄物処理施設の説明を受けている間に、到着してしまう。
ダンジョンの入り口には、これから中に入ろうとしているらしい6人組の屈強な男たちが準備をしている。
大型の掃除機の様なものを担いだ前衛。高枝切り鋏の様なものを構えた中衛。薬品噴霧器を抱えた後衛。
全員、網のついた帽子で顔の周りを覆っており、どう見ても蜂の巣の駆除みたいな格好です。
「いまさら聞くけど、ダンジョンってモンスターがいて、戦ったりするんだよね?」
「ダンジョンには蟲が湧きます。それを駆除したり、場合によっては回収したりします」
「大型のモンスターは? ほら、ドラゴンとかミノタウロスとか」
「居ませんが、万が一大型の生物が発生していた場合は、即撤退して連絡すれば、軍が対応してくれます」
泣いた。
浪漫も何にもありゃしねぇ。
「ダンジョン辞め! 無し、無し! ギルドもアウトだし駄目!」
「え、じゃあどうするんですか?」
少しムッとした表情で問い詰めてくるいすゞさん。そんな事言ったって全然ファンタジー息してないじゃん!
「でも何とかして収入は得ないといけませんよね」
「え?」
「え、ってなんですか。水上さん収入無いでしょう? 召喚魔訪陣の契約者として㈱魔研が調査したがるでしょうから、多少は調査協力費とか貰えるかもしれませんが、職歴も保証人も貯金も無い水上さんは何とかして職業を見つけないといけないんですよ。今日はその為の街の案内だと思ったんですが、水上さんは一体何が出来るんですか」
キツイが、言われてみればその通りだ。王国に保護されるとか、モンスター倒して一気に稼ぐとか考えてたけど、どっちもダメなのか……
『無職』その言葉が重くのしかかる。
しかし、普通に観光案内して貰ってるつもりだったのだけど、実は仕事探しだったのか。そりゃ浮かれてるように見えるよな。姫様に養って貰う……って訳にもいかないし。
王国所属ルートも、ギルドで「こ、この魔力は!」ルートも出来なかった以上、トリップ者にとっての定番の稼ぎ先、現代知識チートで何とかするしかない。今の流行りは『料理チート』か。それとも電化製品なんかで再現できそうなものを作って売る『科学チート』でいくか。武力・魔力チートが出来なくてもまだまだ手はあるぜ!