ツンデレじゃない、詰んでる。かなり詰んでる。
脱兎のごとく……というのか、真後ろにダッシュして逃げようとしたいすゞさんに、ずざざーっとタックルして引き留める。引き留めると言うか腕を後ろに捻り上げてそのまま家の中に引きずり込んで扉を閉める。鍵も閂も。
「うわあああごめんなさいごめんなさい助けて下さい!」
「何で逃げた」
「殺されるとか言った後でいきなりこっち見たから! 目が怖かったから!」
うわぁうわぁ騒ぐいすゞさんを椅子に座らせて、俺のベルトで後ろ手に拘束する。自分で外せない縛り方っていうのは20代の頃に傭兵やってた友人から教わった。
その間一歩も動かなかったアルミナ姫は、拘束が終了するといすゞさんの正面に回る。
「いすゞさん。貴方は観光案内のお仕事以外の時間にも何度も訪ねて来てくれました。出歩く自由のほとんど無い私に、日常の色々な話を聞かせてくれました。私は貴方をお友達だと思っています。そんなお友達の貴方にお願いです。この事は黙っていて頂けませんか?」
イイ性格してるな姫さん。
「私が、お友達?」
「はい」
「……あの、わたし、実家から離れて就職して、あんまり友達もできなくて、それで」
「なぜ私の所に通って来てくれたかは問題ではありません。私にとっては大切なお友達。それだけです。内緒にしてくれますね?」
「はい」
チョロイ性格してるないすゞさん。
「しかし、なんで殺されるんだ?」
いすゞさんの叫び声を聞いて誰か近寄って来ていたりしないか、窓の外を確認した俺は素朴な質問をして見た。殺されたくは無いし、理由が分かれば対処できるかもしれん。
「妖精種と人間種では寿命が違います。そして私は最後の王国の生き残りとして、名目上だけとはいえ政治組織である元老院十二議席の一つを与えられています。
無力で、放って置いてもすぐに死ぬからこそ、放置されているのです。寿命が延びた上に同種族の男性が居たなどと知られたら今まで通りでいられるとは思えません。」
なんで異種族同士でそんなにいがみ合ってるんだ? 住み分けとか出来なかったのかと尋ねると、エルミナ姫は何かを噛み殺す様に口元を強く噤んでからこう言った。
「わかりました。それでは現状の問題点と、私たちのすれ違っている点を話し合いましょう。まずは水上さんにエルフの歴史をお話します」
なんでエルフの歴史? と思うが、黙って聞いておこう。長い、説明大会が始まった。物語の中で自然に小出しにできないのは全て作者の力量が足りない所為である。
◆◇~~~~~~◇◆
アルミナ姫から聞いたこの世界の歴史は、どう考えても詰んでいる物だった。確かに異世界に助けを求めたくなる気持ちもわかる。なにしろ、街でたくさん見かけた異種族は、かつては人間だった存在から生まれたと言うのだ。
発端は、魔の神テンコの御神体と言われる霊山から、希少な金属が見つかった事だった。多くの反対意見を押し切って霊山の採掘が進められ、多くの希少金属が掘りだされるうちに、巨大な洞窟を掘りあててしまう。
その洞窟には大量の純粋な魔力の結晶が眠っており、その結晶は空気に溶けて大量の魔力として洞穴から噴き上がり、周囲の動植物に浸透していった。魔力をその身に浴びたそれらは『魔物』と呼ばれる異形のモノになった。
魔物とは呼ぶ物の、それは別段恐れる必要のある物ではなかったそうだ。通常の牛が鉄の様な強度の牛になった所で道具や知恵を持つ人類にとって脅威にはならないし、通常の樹木が触手を操る肉食植物になった所で火に弱いという弱点は変わらなかったのだから。
しかし、問題はこれらの魔力の影響を受けた動植物が、味も効能も非常に美味しかった事だった。
旨いからこそ、魔物肉の影響が調査される前に流通してしまい、これらを食べた人間の中に、魔法の力が非常に強くなっている事に気付いた者たちが現れた。
それまで魔法と言う力は、存在こそする物の、効率の悪い実用的では無い物だった。長い訓練を積んだ上で、着火する度に30秒の精神集中と疲労を必要とする【火炎】よりも、マッチを擦る方が楽だし便利だったのだから当然だ。しかし魔物の肉を食べた人間は違った。軽い精神集中と強いイメージさえあれば誰でも【火炎】が使えるようになった。道具の便利さを越えてからは大勢の即席の魔法使いにより魔法と言う分野は大いに研究が進んだ。
初歩的な付与魔術の【肉体強化:丙種】でも2割の筋力と速度の上昇がみられる為、運搬や建築に携わる肉体労働の中で魔法は大流行した。
また、【火炎】や【魔力弾】などを使った他者への傷害事件も一時は多く発生していたが、【魔力感知】や【魔力視界】を使いこなす衛兵により治安は守られた。また、魔物の肉を食べる事で【魔力覚醒】がされている人間には直接魔法を当てても被害は少ない事が確認され、魔法による障害や犯罪から身を守る為にも魔力覚醒は必要という考えが広まり、魔法は完全に一般社会に浸透した。
その頃から、身体の一部に獣や植物の特徴を持つ人間が現れ始めた。これは当初、病気の一種であると思われていたが、魔法を多く使う人ほど患部が広がる事から、魔力の影響であると判明した。
これはその頃は【魔力汚染】と呼ばれていた。
猫や狐のような耳。尻尾。牙。鱗。毛皮。それら動物の特徴を身体に宿したり、本来はありえないような、鮮やかな緑や青の髪の毛の色を持つ人々は、いつしか魔力に汚染された【獣化人類】と呼ばれるようになり、嫌われた。
ここで魔法の流行は一気に下火になったが、一度知ってしまった便利な力から完全に手を離せるほど人類は強くなかった。魔法抵抗を上げて身を守る為に【魔力覚醒】自体は行われるが、魔法を使用するのは専業の魔法使いに押し付けられた。
仕事の無い食い詰め者でも、魔法使いにさえなればいくらでも仕事はある為、金の為に亜人化する事を受け入れる人間は少なからず居た。また、この頃に「魔法の術者は魔力汚染が進行するが、魔法の対象になった者の進行は少ない、もしくは無い」という経験則が広まった事もあり、魔法は便利に使うが汚染は人に押し付けるという使い方が一般化する。
しかし、この事により「富裕層=人間」「貧困層=獣化人類」という階級が産まれてしまった。そして階級と外見の違う者同士は徐々に離れて住むようになり、溝は深まって行った。
深まる溝は迫害に変わり、獣化人類は人間以下という扱いを受ける様になった頃、ついに一定以上の魔力汚染の獣化人類同士から、生まれながらの亜人が誕生する。
この人間から変化したのではない新しい人類こそ、後にエルフと呼ばれる存在だった。
身体のあちこちに魔力の強い痕跡を宿す獣化人類だったが、これは身体への魔力の浸透にムラがある状態だったらしく、獣化人類同士から生まれた子供は、身体の一部に魔力結晶の角を持つ以外は動物的な特徴を宿していなかった。しかし全身に均一な魔力汚染の影響を受けて産まれた事により、骨や内臓等の身体の芯にその影響を強く受けた。
生まれながらに【魔力覚醒】をしており、【肉体強化】が常時掛かり続ける強靭な骨格と内臓を持つ身体は、それまでの人間より遥かに優れた新人類と言えた。また、どれほど魔法を使っても獣化人類の様に動物の特徴が出る事は無く、魔法の扱いにも適していた。
人間からは、その特徴的な角から【鬼】と呼ばれたが、獣化人類たちはこの新人類を【妖精種】と呼んだ。妖精種は肉体的に強靭であるだけでなく、病気に強く寿命も長かった。
魔力を身体に蓄積する事は劣っている証ではなく、よりすぐれた生き物に進化する過程だと信じられるようになり、獣化人類たちの中では【魔力汚染】という言葉は使われなくなる。代わりに広まったのが【魔力浸透】という呼び名だった。意図的に獣化の深度を強めて新人類を産もうとする者も現れるようになり、人口比率は徐々に獣化人類と妖精種の割合を増やしていった。
両種族の溝は深まるばかりだったが、まだ致命的な物ではなかった。この頃ならば専業化による住み分けで済ませる事もできた。
しかし、魔物から丈夫な骨や毛皮などが取れる事から妖精種からも良質な魔法素材が取れるのではないかと、金目当てに殺害される事件が起こった時、決定的な物となった。「人間では無い」と扱われた時、妖精種も人間を「同族では無い」と認識した。
暴動が起き、クーデターに発展し、いくつかの都市が制圧され、エルフ達が神聖帝国を名乗るようになってからは、もう人類に勝ち目はなかった。
戦う為の力として魔法を使えば獣化が進み、居心地の悪くなった獣化人類は神聖帝国に寝返る。貴重な魔法使いとして獣化人類を手厚く扱えば、神聖帝国のスパイであったなどと言う事もあったと言う。
さらに追い打ちをかけるかのように、人間同士から獣化人類が産まれる事例が発生する。獣化が進むほどではなくても、魔力汚染はゆっくりと進んでいたのだ。人類は打つ手を失って行った。
そしてついに最後の王国となったメタリア王国が取ったのが「異世界からの純血の人族召喚」だったのだ。
人族の神から加護を受け、攻撃的な魔法の影響を受けないほどの耐性を魔力覚醒で纏い、多くの人間を獣化させるほどの大魔術で強化した「ただの人間」を最終兵器として投入した後、純血の王族との間に婚姻を結んで貰い人間と言う種族を残す。
しかし、その計画は破綻した。召喚対象がいつまでたっても来なかったのだ。
「ホントすみません」
「貴方の責任ではありません。もう人類は終わっていたのでしょう。おそらくテンコ森の霊山を掘った時から」
いやー、長かった。校長先生かと思ったわ。教師やってた頃に朝礼で目の前でバタバタ倒れる生徒見てヒヤヒヤしたものだけど、今度は俺が倒れるかと思ったわ。
でもさ、申し訳無いとは思うけど、俺悪くないよね?
「私みたいなわりと若い世代は『人間』という種族を見た事も無いですし、戦争なんて知りませんし。特に人間種族への憎悪なんてものは無いと思いますよ? そんな殺されるなんて思わなくても」
いまだに縛られたままのいすゞさんが口をはさむ。
「ええ。若い方はそうでしょうとも。ですが、エルフは私達と違って外見で年齢がわかりません。戦争世代かどうかは見分けがつかないのです。そして、私がメタリア王国が滅んだ後に十二人の議員の座の一つを与えられているのは、私刑によって殺されるのを防ぐ為なのです」
人類が劣勢になってドンドン詰んでいく辺りの話になってからは、ひたすら肩身が狭い態度を取っていたが、『私刑を防ぐ為』という言葉で今の俺達の身が危ない理由に気が付いてしまった。
実際の権力はともかく、形ばかりの名誉職を与えられて重要人物とされているらしいアルミナ姫だが、帝国と名乗りつつも何故か議員政治らしい政治形態の、十二個しかない貴重な議席を所有しているわけだ。それは「残りの寿命が短いから」であって、おそらくは人類とは違う野蛮では無い国家であるというポーズをとる為だか、武力による占領ではなく平和的に戦争が終結したというかっこを付ける為に、人間種族を根こそぎ全滅させたくはなかった人がいたのだろう。
下衆な邪推をすれば、建国のどさくさ時に独裁に思われない為に権力を分散した様に見せ掛けるだけの「十二の議席」というシンボルかもしれない。
これは、あくまで戦後の一時的なアルミナ姫への貸与であって、遠くない未来に寿命で死ぬのを期待されていたのだろう。
それなのに、今更になって勇者がやって来て、【不老】という加護を共有してしまう。エルフ自身も寿命が長いのだろうから、定年退職なんて制度がもし無かったとしたら。名誉職だからどかすわけにもいかない議員が不老不死。
うん、これは暗殺されるわ。
閃いたのが表情に出たのだろう。アルミナ姫は俺の顔を覗き込むと、わかりましたか? とでもいう様に軽く首を傾げた。
「人類創生の神テラカロリ様に願い出て、不老の加護をお返ししたいところですが、神官は一人もおりません。私が死ぬのはもう諦めていますが、随分と遅くなったとはいえ、私の求めに応じただけの貴方が殺されてしまうのは望んでいません」
アルミナ姫は、神官衣の様な髪の毛まで覆うフード付きの衣装を棚から取り出すと俺の手に乗せる。
「物知らずの私に良い策はありませんが、何か貴方が生き残る方法を見つけて来て下さい。できればこの街を離れるのが良いと思います。
エルフ以外にも様々な地形や気候に適応した妖精種が、都市ごとに分かれて住み分けています。一カ月以内に移動を続ければ、老人と言う事であまり厳しい目は向けられないのではないかと思います」
「え、今すぐ出ていけと言う事ですか?」
「いつまで安全かはわかりませんが、貴方の存在はもう治安維持局が把握しているのでしょう? ここに長くとどまれば、私と一緒に殺されてしまうでしょう。その前に生きる手立てを見つけて、逃げて下さい。」
大変な事になった。勇者して無双して魔王倒してなんて夢のまた夢だ。
夢ではないこの現実は、無職で、コネも土地勘もない場所で一人、婆さんに迷惑掛けたあげくに、命を狙われるジジイ一匹だ。
ちっくしょう。どうしてこうなった。
エルフとは言う物の、一般的なエルフじゃないし、トールキン的エルフでもないのです。
魔力で変質した元人類の自称妖精。
山に住んだ獣人からはドワーフ的な小型パワー型が産まれるし、日照時間の違いで白エルフと黒エルフもわかれるし、水陸両用とか局地戦用デザートエルフとかもいたりする。
テンコ山から魔力掘りだしてから300年足らずでこのありさまです。