人類は滅亡してました
もしかしてシリアス回か。
歓迎されているとは言い難い言葉ではあったけれど、ヒト声聞いて理解した。俺を呼んだあの声。50年前に聞いた声の主。それがこのアルミナ姫の物だって。
俺は目の周りにパンダ状のアザを作りながらも、号泣し続けるアルミナ姫を慰める。
最初は土下座して。次に泣きやまないので起きて背中を撫ぜ、そしてとうとうぎゅって抱きしめてみた。抵抗しないどころか、胸にしがみつかれてしまった。
いや、困るわけじゃない。むしろ嬉しいよ、婆さんだけどさ。だけど泣かせたい訳じゃないんだ。俺の肩ぐらいまでしか無い小柄な肩を抱き、苦労した証なのか真っ白な髪の毛に顔を埋める。俺はこの人に笑顔になって欲しい。
泣き声だけど、50年前に聞こえたあの声だ。この声に聞き惚れたから、もう一度聞きたいからずっと頑張ってこれた。だけど俺は異世界に行くに為にどんな準備をすればいいのかわからなかったんだ。
俺を呼んでくれた「あの人」に会いたい。早くまだ見ぬ一目惚れの相手の笑顔をただ一目見たい。そう思って準備はもういいから移動させてくれ! と叫びたい日もあった。でも、その度に「あの人」の声がよみがえったんだ。
『あなたの準備が整い次第……』って。
本当に準備は整ったのか? 必要な準備は全部終えたのか? 何度も自分に問いかけた。いつまでたっても準備は終わらなかった。時間はいくらあっても足りなかった。身体が弱り、「あの人」に身も心も捧げて独りで暮らしていて、病に倒れた。そんな俺を教師をやっていた頃の生徒が見つけて病院に運んでくれて、友人が院長やってるその病院で大勢の生徒たちや御近所さん達に囲まれて、「もう長くない」って悟った瞬間に、準備はともかくこの世界で精一杯生きたって思ったんだ。もう未練は無い、例え死後の世界に行くのだとしても後悔は無いって。
そんな事を、泣き続けるアルミナ姫を抱きしめたまま、全て話した。
長い人生だったんだ。喧嘩だとか、心のすれ違いっていうのは、正直に心の中身を全て話せば大抵は解決するもんだって知っていたから。
「長い間待たせてしまってすみませんでした。これからはあなたの為に生きて行きます」
そう締めくくった時、アルミナ姫はもう泣いていなかった。
「あなたの名前はユウキなのですね。名前だけでなく心にも勇気を持っていらっしゃるようです」
姫は鼻をクスンクスン言わせながらもようやく泣きやむと、今度は向こうの事情を話して聞かせてくれた。
「私は『勇気』を持ち、世界転移に耐えられる適性を持つ方を王家に伝わる秘術を使って召喚しました。あの頃、メタリア王国は弾圧していた異種族からの大規模な反撃を受けて、四天王も五人囃子も六魔天も七部衆も全て討ちとられ切り札を失っていたのです」
うわ、なんか変なの混じってるけど素敵ワード出てきた。その人達に会いたかった!
「ですが、もはや味方のいないこの世界の外より味方となってくれる方を召喚すると言うのは気が進みませんでした。召喚するのはこっちの都合なのですし、無理やり故郷も家族も捨てさせてこっちの世界の為に戦わせようと言うのですから、返しきれない恩を受けるのです。だから出来うる限りの礼を尽くすべきだと思ったのです。」
姫は俺の目をじっと見つめて。少し明るめの茶色? はしばみ色って言うのかな。瞳の色綺麗だな。
「だから、私の独断で召喚トリガーにキーワードを設定して、それを勇者殿に託しました。
『心の準備』を付ける時間を持って頂きたくて。ですが、ですが! それがこんな結果になるなんて。
メタリア王国は滅びました。人間種族は私以外に一人も存在しません。それに私の身体も弱ってしまって、もう父や母の所に行く日も近いのでしょう。
ようやく。ようやく全てが終わるのです。何もかも諦めて、心穏やかに最期の時を迎えようと言う時に、なぜ来てしまったのです?
いっそ来て頂けないのならあきらめもつきました! なんで来たのです?! なんで今更、のこのこと、来てしまったのですか! いっそ、こないでほしかったうわぁぁぁぁぁん!」
俺もびっくり。心の準備と来た。
そうか、そういう事だったとは考えてもみなかった。
「何でもできる人材になって役に立とうと思ったんだ。俺を呼んで良かったって思って欲しくて」
「私達は人材を求めたのではないのです。この世界にはもう少なくなっていた、魔素に汚染されてない人間に来て頂きたかったのです」
アルミナ姫の説明によると、魔法を使った人間は、体内に魔素と呼ばれるモノが残留するのだと言う。魔素を身体に貯めた人間は徐々に身体の部位が獣人化してしまい、二度と元には戻らない。そして獣人化した者同士の子供もまた人間から離れた姿になる。だから純血の人類種であった王族の伴侶として、一度も魔法に手を染めていない人間を異世界から召喚したのだと。しかし、魔法の無い異世界には世界移動に耐えられる体質の人は本当に少なくて。ようやく見つけた適性者が「水上勇樹」だったのだ。
見知らぬ異世界に飛びこめる勇気を持っていたのが、勇樹だったというのは御愛嬌。
つまり……俺たちは、徹底的にすれ違っていたようだ。
「本当にごめんなさい。あなたが悪い訳じゃないのに」
「いえ……もう……何と言っていいか。そういう事情だとは思いもしませんでした」
ある意味妖精だよ! とか、ある意味大魔道です! とか、脳裏に浮かんだけれど口には出さない。魔法的にではあるけれど、清い身体である事を求められていたのなら、確かに俺で大正解。
70年以上生きてて女性と付き合った事も無いし、コンビニでお釣り渡される時に指先が触れる以上の接触は無かった。堂々の大魔道士です。わははははは・・・わはは。はは。
「しかし、身体が弱っているにしては随分といいパンチでした。私は【不老】という加護を頂いた様ですが、アルミナ姫もまだお若い。さすがにトシですので子供はつくれませんが、数少ない人間同士でよろしければ老後の茶飲み友達として仲良くして頂けませんか?」
生まれて初めてのナンパみたいなセリフです。
ヒキコモリ中に異世界行きを確信して以来、ずっと「準備」だったから。
そんな俺の精一杯の口説き文句を聞いたアルミナ姫はザーッと顔色を真っ青に変えると、よろよろと後ずさる。そこまで嫌わなくても。
「不老? 不老とおっしゃいましたね? まさかそんな事が」
ペタリとへたり込む。
「たしかに。そう言えば、魔訪陣に込めた魔法にはそんな加護もありました」
だからなのですね……と一人で納得するアルミナ姫。俺にも説明して欲しい。
「召喚者である私と、召喚対象である貴方は魔力接続により強い絆が造られています。これは、この世界で生まれていない貴方をこの世界に定着させる為に必要な術でした。副産物として、私と貴方は『同じ状態』を共有します」
「状態といいますと?」
状態と言うとゲーム脳の俺には毒とか麻痺とかの状態変化が思い浮かんでしまうな。
「病に掛かれば二人ともが同じ症状になり、怪我をすれば同じ場所に傷を負う。つまり、生死を共にします」
「病める時も健やかなる時も、共に過ごすと言う事ですね」
良いことじゃないか。とおもったのだが、ふと気が付いた。不老と言う事はまさか二人とも?
「私達二人は、神の恩寵が尽きぬ限り、殺されるまで死ぬ事はありません」
大体あってた。まさか長寿命どころか寿命の限界無しなのか。
「これが明らかになってしまうと……殺されます」
二人の顔が同時に横を向く。そこにはここまで連れて来てくれたいすゞさんの姿があった。
前書きでシリアス回と言ったな。
あれはウソだ。