夢見る少女じゃいられなかった
とりあえず、「腰が痛いんで楽な姿勢になっていいか」って聞いたら、周りの鬼達が凄い勢いで首ガクガクしてクッションとか持ってきてくれた。
取り調べっぽいのに申し訳ないけど、うつ伏せにならせて貰って。辛い所ありませんかとか、飲み物要りますかとか、だんだんサービス良くなってきたからついつい調子に乗ってしまって凄い事になってきた。
腰揉んで貰って、脚さすって貰って、扇いで貰いながら、コーヒー飲みながら、取り調べ受けてる。
注文すれば何でもしてくれそうだから、せっかくだからカツ丼頼んでみたいなぁ。俺の健康の為にホームラン打ってくれとかいったらスポーツ選手連れてきて約束してくれそうな高待遇ぶりだ。
「ご家族の方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、ずっと一人身だよ。結婚もしなかった。準備に全てを捧げたと言ってもいい」
「失礼ですが、耳も丸いようですし、身長も低いようですが御種族は?」
「御種族って人種か? 見たままだろ。日本人だよ」
何か質問されて、俺が答える度に医者っぽい連中がヒソヒソやる。ずっとこの繰り返し。なんなんだ。
「二本人ってなんだ? 角一本も生えてないんだが」「78歳とか言ってたのにもうこの症状か」「長命種じゃないのは確かだ」「検査系の魔法も通じないんだ、もう長くはもたんだろう。引き取り手が居ないのにどうするんだ。エルフ種以外を共同墓地にってわけにもいかないしなぁ」
うん、聞こえてるから。どうも医者がいっぱいいる理由は、俺が今にも死にそうだと思われているらしい。確かにいつ御迎えが来てもおかしくない年齢ではあるし、召喚される寸前は病院で結構危ない状態だったけれども。まだまだ生きるぜ? 俺はよ。そもそも【不老】になってるみたいだし。
最初は街中で暴れた不審者の扱いだったんだけど、どんどん重病人の取り扱いみたいな対応に変わって来てる。いいのか? 俺はお前たちを倒してお姫様を救うためにきた勇者なんだぜ?
◆◇~~~~~~◇◆
ダークエルフの元ガイド、いすゞさんが治安維持委員会から紹介されてやって来たのは、通称で『詰所』と呼ばれている建物だった。
この詰所は、治安維持委員会の実動部署であった。「市民の安全」を乱す恐れのあるあらゆる行為に関しては、独自に調査を行いどのような場所にも立ち入る事ができ、何をしても良いという恐ろしい組織なので、当然恐れられている。権力を悪用して悪事を働く例がないわけではないが、噂によると治安維持員自身の悪事を検挙すると高い「点数」が得られるらしく、同僚に狩られると言われている。密告を奨励している事もあり、横暴な治安維持員は皆無と言ってもいいのだが、あまり関わり合いになりたい場所では無い。
「あなたがガイドを引き受けて頂いた『いすゞ』さんですね? どうぞこちらへ」
ビクビクと怯えながら詰所の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間に、係員が現れて誘導される。まだ名乗ってもいないし係員を呼んでもいない。いつから見られていたのか見当もつかないいすゞは一瞬逃げ出したくなるが、職を失うどころでは無くなる可能性が高い為、必死に恐怖を押し殺して踏みとどまる。
「実は、『老人』を保護しまして」
「老人? 珍しいですね!」
エルフは寿命が長い種族だ。エルフ以外の妖精種も大抵は長寿命だし、そもそもそれらを産むきっかけとなった獣化人類ですら、人間種より長く生きたと言う。
そして妖精種の中でもエルフの特徴として、「一気に老化する」という点がある。老化症状がでたらそこからひと月程で天寿を全うする。それまでは若い姿のまま健康でいられるのだ。200年の寿命を持つと言っても、人類の青年・壮年期が20代から50台とするとたったの30年程しか無い。エルフはボケる事も体力が衰える事も死ぬ寸前まで無い。人生の充実度は比べようもなかった。
「ええ。我々も扱いかねてまして。一般人に大きな被害があった訳でもないので、老化が始まっているならはやく親族の元に返して差し上げたいと思いまして。大事にはしない事になりました」
そんなエルフだからこそ、「老人」を見かける事は少ない。自分の衰えを自覚したエルフは、故郷に戻って別れの準備に入るのだ。「老人」がどの位体が弱っているものなのか知らない者が多いし、公共施設や病院などで老人への対処を知る者もほとんどいない。
召喚魔訪陣は貴重な文化遺産ではあったが、「老人を拘束する」という未知なる恐怖は、担当者達に「事件など無かった」事を選択させる程だったのだ。
「召喚魔訪陣の破壊容疑で取り押さえたのですが、魔法が効かないし言っている事は要領を得ないし、そもそも種族がわからないのですよ。街を案内して彼の事を知っている人を探してくれませんか?」
人探し! 短期の仕事にも程があると躊躇するが、提示された報酬は彼女にとっては魅力的過ぎるほど高額だった。それに一般的にはあまり触れ合う機会の少ない「老人」だが、彼女は仕事の関係上親しくしている老人がいる為、それほど苦手意識はなかった。
「はい、喜んでお引き受けします!」
いすゞさんは犠牲になったのだ。
◆◇~~~~~~◇◆
そして取り押さえられたはずなのに、何故かメシまで御馳走になって追い払われ気味に無罪放免になって建物から追い出された水上勇樹・78歳。つまり俺。
そんな俺に引き合わされたのは、褐色の肌とアスリート並に引き締まった身体に、短剣の様に尖った長い耳と黒曜石のような小さな角を額に生やした女性だった。
う~ん。「鬼」なのか「ダークエルフ」なのか。最初に周囲にこいつらがいるのを見たときにはモンスター襲撃イベントかと思ったのだが。さっきの取り調べの話聞いてると、少なくともモンスターじゃなさそうだ。
だいたい、モンスターだったら負けた時点で死んでただろうし、危なかった。肉体強化とかされてるみたいだけど、体力なんかは20代の頃みたいなんだが腰痛とか治って無い。身体が軽いけれど、もう何も怖くない! って程では無いなぁ。少し期待はずれ。いや、有難いけどね?
「あ、あの! お身体の調子とか、いかがでしょうか? すぐ死んだりしそうですか?」
そんな事を考えていたら、目の前の女性が失礼な事を言う。そこまでの年じゃないだろう。そりゃ老けてはいるけれど……と、考えた時に気が付いた。戦った時はともかく、さっきの取り調べの時も、今のこの街の雑踏にも、20代くらいの若い奴らしかいない。
「とりあえずお嬢さん。俺は老人ではあるが、すぐには死なないから安心しなさい。少し、その辺に座って話でもしよう」
喫茶店にでも入れればいいのだが、こっちの金を俺は持っていない。公園のベンチに座って話をする事にした。
屋台でコーヒーらしき飲み物を買ってきてくれた。結局、若いねーちゃんに金出させてしまうのが少し申し訳ないが、モンスター倒して金稼いだりギルドでSランククエストをバンバンクリアしたら10倍にして返そう。返せたらいいなぁ。
「俺は水上。種族は人間で、78歳のジジイだが自分じゃまだ若いつもりだ」
「私はいすゞと言います。南方出身のエルフで、48歳です。地元の学校を10年ほど留年したのでまだ社会に出たばかりです。至らない点などあると思いますが、よろしくお願いします」
ふむ。エルフか。20歳くらいにしか見えないし、やっぱり寿命は長いんだな。いろいろ突っ込みたい点はあるんだが、と思っているといすゞさんがパチンと手を叩いて目を輝かせた。
「人間! 人間ってアルミナさん以外にもまだいらしたんですね!教科書に載らない歴史って感じですね!」
ん? なんか聞いた事のあるキーワードが出たぞ。召喚された時に聞こえた声で、アルミナ姫への魔力接続とか聞こえてた気がする。もしかしたら俺の召喚者かもしれん。
「よし、さっそくその『アルミナ姫』って人の所に連れて行ってくれ」
話がトントン拍子に進んだ為か、あきらかにほっとした様子だった。呆け老人押し付けられたと思ったら即関係者の名前がわかったら、俺だってそんな顔するだろう。
さすがガイドと言う所か、「メタリア城跡に住むラストプリンセスですね? こちらの黒犬通りを右手に向かいましてまっすぐです!」と颯爽と立ち上がった。そのままコーヒーを一気にあおって歩き出そうとしたのだが、まだ熱かったのか悲鳴をあげて吹き出し、さらにむせてる。
このコーヒー結構おいしいのにもったいない。このエルフさんドジ属性なのかな。黒エルフ+ドジっ娘。ふむ、悪くない。
◆◇~~~~~~◇◆
脚の長さの差が悲しい位違うのもあって、いすゞさんはかなり速足だった。少しは老人を労わって欲しい……とも思うが、まだ若いつもりとか言った以上、都合のいい時だけ老人ぶるのはさすがにズルイ。小走りになりながら付いていく。
しかし、こんな風に走るのは何年ぶりか。ジャンプで家を飛び越えたり、蹴り一つで地面を割ったりする程の肉体強化はされていないようだが、若いころと同じ健康体というのはなかなかに嬉しい。召喚者にはお礼を言わないとな。
そんな事を思いながらまっすぐに大通りを歩く事一時間。街の中央から放射状に延びる大通りを、中心に向かってあるいている。メタリア城跡とか不吉な事が聞こえたが、やはり城なのか? そして、もしかしたらと思っていたけれど。俺って手遅れだったりするかな? 召喚者のお姫様の城、滅んでたりするのかな? やっべぇ。
どうしようと思う俺を振り返る事もなくスタスタ歩くいすゞさんは、そのまま大きな『メタリア城跡記念公園』という看板の出ている公園に入って行くと、お伽噺に出てきそうな可愛らしい小さな一軒家のドアをノックして叫ぶ。郵便受けには管理人と書かれている。
「こんにちは~、いすゞです。アルミナさん、人間種のお客さん連れてきたよ!」
ガチャリと開く扉の影から現れたのは、品の良さそうな小柄な老婆だった。
俺はいすゞさんの横に並ぶと、膝をついて頭を垂れ、万感の思いを込めて名前を名乗った。
「お初にお目に掛かりますアルミナ姫。私は水上勇樹、準備が整いましたので参上した、あなたの勇者です」
静まり返る、記念公園。遠くで池から飛び立つ鳥の鳴き声が聞こえる。
頭を上げてもいいものだろうか。王族、なんだよな? おもてをあげよとか言わないのだろうか。『城跡』『管理人』『人間ってアルミナさん以外にもまだいらしたんですね』不安要素はいくらでもあった。俺だってうすうす気が付いているよ、どうやら俺が来るのは遅すぎたらしいって事に。
物音一つしない。通り抜ける時には子供の遊ぶ声とか屋台の売り子の声とかしてたのに、耳が痛くなるほどの静寂。新手のスタンド攻撃?
「あなたが……勇者なのですね?」
「はい!」
ようやく聞こえた声にほっと安心して顔を上げた瞬間、腰の入った右ストレートが顔面に叩き込まれた。
「何で今更来たあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
うん、やっぱり遅かったのか。怒るのももっともだが、薄れゆく意識の中で俺の脳裏に浮かんだのは「いいパンチしてやがるぜ…世界を狙えるな」なんてセリフだった。
ホントごめん、この年で落ち着きの無いガキっぽい性格で。
偉い神「おい、ちょっとみんな見てみろ!この世界詰んだと思ったら勇者来ちゃったよ!」
他の神「何で今更来たし」