第6話 来たるべき億万長者
ローウェン中が、まるで熱病に浮かされているかのようだった。チューリップ、チューリップ、チューリップ。朝から晩まで、聞こえてくるのはその言葉ばかり。アムステルダスの取引所だけでなく、俺たちの小さな村の市場ですら、その熱狂は留まるところを知らなかった。球根の価格は、もはや正気の沙汰とは思えない領域にまで高騰していた。昨日まで銀貨100枚だった『アドミラル・ファン・ホーレン』が、今日は200枚、明日は300枚と、まるで魔法のように値段が釣り上がっていく。もはや、人々は花そのものの美しさや希少性ではなく、ただ「上がるから買う」「買うから上がる」というだけだ。そして、その熱気の中心で、俺もまた、完全に我を忘れて踊り狂っていた。
金貸しから借りた金は、瞬く間に新しい球根へと姿を変えた。最初は『アドミラル・リフケン』、次に『パロット・ブルー』、そしてついに、俺は幻の品種とまで噂される『オーガスタス・プライム』の権利書(もはや現物ではなく、未来の収穫を約束する紙切れが取引されていた)にまで手を出してしまった。支払った金額? 正直、もうよく覚えていない。ただ、俺の全財産どころか、小屋と土地を担保に入れて借りた金をすべて注ぎ込んでも、まだ足りないくらいの額だったはずだ。
だが、恐怖はなかった。むしろ、とてつもない高揚感と万能感が俺を支配していた。「これで俺の人生は決まった!」「もう一生、汗水たらして働く必要はないのだ!」。俺は来る日も来る日も、値上がりしていく自分の持つ球根(の権利書)の価格を計算し、まだ手に入れてもいない富の使い道を夢想して過ごした。
「なあ、ヨーリス。俺はまず、アムステルダスの運河沿いにでっかい家を買うぞ。バルコニー付きのやつだ。それから、毎日違う服を着て、最高のレストランで食事をするんだ」
「いいなあ、マレイン! 俺は船を買うぜ! 地中海まで行って、一日中釣りをして暮らすんだ。ああ、考えただけで最高の気分だ!」
俺とヨーリスは、互いの成功を疑わず、そんな現実離れした夢物語ばかりを語り合った。俺たちの根城となった荒れ放題の小屋で、安い酒を酌み交わしながら(金はすべて球根につぎ込んでいたから、結局生活レベルは以前と大して変わっていなかったが、気分だけは富豪だった)、来るべき豪奢な生活に思いを馳せる。それが、俺たちの日常だった。
畑? ああ、そんなものあったな。今はもう、背の高い雑草が俺の背丈ほどにも伸びて、かつて小麦が実っていたことなど、まるで嘘のようだ。小屋の中も、食べかすや空き瓶が転がり、足の踏み場もない。だが、そんなことはどうでもよかった。どうせ、もうすぐここを出ていくのだ。こんなみすぼらしい場所とはおさらばだ。
クラーラやディルクの姿を見かけると、俺は意識的に彼らを避けるようになった。彼らの存在は、俺が忘れようとしている「地道な労働」や「地に足の着いた生活」といった、古臭い価値観を思い出させるからだ。彼らの心配そうな、あるいは軽蔑するような視線が、たまらなく不快だった。彼らには、この新しい時代の富の作り方が理解できないのだ。可哀想な人々だ。俺は心の中でそう呟き、彼らから目をそらした。俺はもう、彼らとは住む世界が違うのだ。
市場の熱狂は、日に日に激しさを増していた。もはや、まともな野菜や日用品を売る露店は隅に追いやられ、市場全体が巨大なチューリップの賭場と化していた。誰もが血走った目で球根の権利書を奪い合い、叫び声と怒号が飛び交う。その異常な光景の中に身を置いていると、感覚が麻痺してくる。これが「普通」なのだと、本気で思い始めていた。
ただ、時折、ほんのわずかな違和感が胸をよぎることも、なくはなかった。例えば、あれほど高騰していた『パロット・ブルー』の価格が、ある日突然、少しだけ下落したことがあった。市場は一瞬、水を打ったように静まり返り、人々は顔を見合わせた。すぐに、「一時的な調整だ」「買い増しのチャンスだ」という声が上がり、再び狂騒が始まったが、あの瞬間の冷たい空気は、確かに俺の肌を粟立たせた。
また、以前は威勢よく球根を売買していた古参の商人たちの姿が、いつの間にか市場から消えていることにも気づいた。代わりに幅を利かせているのは、俺やヨーリスのような、最近になってこの熱狂に飛びついた新参者ばかりだ。あの老獪な商人たちは、何かを察知して、一足先にこの賭場から降りたのだろうか?
いや、まさか。俺はすぐにその考えを打ち消した。これは、俺のような新しい世代が富を掴むための、歴史的なチャンスなのだ。 老人たちは、その流れについていけないだけだ。価格の下落? それは、さらに高く跳ね上がるための、ほんのわずかな屈伸運動に過ぎない。そうだ、心配することなど何もない。俺の持つ『オーガスタス・プライム』の権利書は、明日にはきっと、さらに値を上げているはずだ。俺は未来の億万長者なのだから。