第2話 不運なジャガイモ
乗り合い馬車に揺られること丸一日。尻の痛みと期待感で落ち着かない時間を過ごし、俺はようやく目的の村、地方都市近郊の小さな村に降り立った。目の前に広がるのは、穏やかに蛇行する運河、その両岸に点在する小さな家々、そして遠くに見える数基の風車。……うん、悪くない。アムステルダスの喧騒に比べれば、確かに空気は澄んでいるし、静かだ。
「ここが……俺の新しい人生の舞台か」
俺は深呼吸し、胸を張って村の小道を歩き始めた。ビラに描かれていたような、色とりどりの花が咲き乱れる庭や、ハンモックで昼寝する陽気な村人の姿は……まあ、まだ見当たらない。思ったより家々は質素だし、道行く人々の服装も地味だ。それに、なんだか活気というものがあまり感じられない。でも、まあいい。これが「素朴」ということなのだろう。都会のけばけばしさとは違う、落ち着いた魅力があるに違いない。そうだ、きっとそうだ。
事前に調べておいた不動産屋――と言っても、村の顔役が兼業でやっているような小さな事務所だが――で手続きを済ませ、俺はついに自分の「城」と対面した。……対面して、正直、少し言葉を失った。
目の前にあるのは、壁が剥がれ落ち、屋根には苔が生え、窓ガラスは何枚か割れている、想像以上にみすぼらしい小屋だった。隣接する土地も、背の高い雑草が生い茂り、石ころがゴロゴロしている。これが……俺がなけなしの貯金をはたいて手に入れた「楽園」の入り口か?
いやいや、落ち込むのは早い。物は考えようだ。これはつまり、「伸びしろ」があるということだ。そう、可能性に満ちている! 少し手を入れれば、きっとビラに描かれていたような、可愛らしいコテージ風の家になるはずだ。庭だって、あの雑草を刈り取って土を耕せば、見事な花畑や菜園になるに違いない。うん、素材は悪くない。俺のセンスと努力次第で、ここは理想郷になるんだ。そう思うと、より一層やる気が湧いてきた。
その日から、俺の「スローライフ」が始まった。まずは寝床の確保だ。小屋の中は埃っぽく、蜘蛛の巣が張り巡らされていたが、これも「田舎暮らしの醍醐味」だと思えば我慢できる。床を掃き、壁の埃を払い、持ってきたわずかな荷物を解く。ベッドなんて贅沢品はないから、床に直接毛布を敷いて寝るしかない。まあ、これもシンプルでいいじゃないか。
次に食料だ。アムステルダスから持ってきた干し肉とパンはもう残り少ない。村には小さな食料品店が一軒あるだけだったが、値段は思ったより安くはない。やはり自給自足が基本だろう。俺は早速、家の裏の荒れ地に取り掛かった。まずは手始めに、一番簡単そうなジャガイモからだ。市場で種芋をいくつか買い込み、見よう見まねで土を掘り返し、植えてみた。土は固く、石ころだらけで、すぐに手のひらにマメができた。汗が噴き出し、息が上がる。「最小限の労働」とは、ちょっと違うような気もするが……まあ、最初だから仕方ない。これも慣れれば楽になるはずだ。それに、自分の手で食べるものを作るというのは、気分がいい。
数日後、俺が汗だくになって畑(と呼ぶにはまだお粗末な区画)で石ころと格闘していると、隣の畑から声がかかった。
「あらあら、都会の坊やが精を出すねえ。そんなやり方で、ジャガイモ様が土から出てきてくれるかね?」
声の主は、日に焼けた顔に深い皺を刻んだ、五十代くらいの農婦だった。頭に汚れたスカーフを巻き、腰には年季の入ったエプロン。いかにも「田舎の婆さん」といった風情だ。これが、不動産屋が言っていた隣人のクラーラという人か。
「こんにちは。今日からお隣になったマレインです。ええ、まあ、少しずつですが……」
俺は愛想笑いを浮かべて答えた。
「ふん。ジャガイモはね、そんな石ころだらけの土地じゃ、へそを曲げちまうよ。それに、その種芋、なんだい? ずいぶん貧相じゃないか。ちゃんと芽が出てるやつを選ばなきゃダメさ」
クラーラは、俺が植えたばかりの場所を指さしながら、遠慮なくダメ出しをしてくる。
「はあ、そうですか…」
なんだか、出鼻をくじかれた気分だった。俺は俺なりに考えてやっているのに。都会から来た若者を馬鹿にしているのか?
「まあ、最初は誰だってそんなもんさ。困ったことがあったら、いつでも聞きにおいで。ただし、婆さんの言うことは素直に聞くんだね」
クラーラはそう言うと、また自分の畑の土と向き合い始めた。……困ったことがあったら? ふん、余計なお世話だ。俺には俺のやり方がある。それに、彼女のやり方が正しいとは限らない。きっと古い、非効率なやり方に固執しているだけだろう。俺はもっとスマートに、楽にやる方法を見つけ出すつもりだ。
別の日には、黙々と自分の畑を耕している男を見かけた。歳は俺より少し上、三十代くらいだろうか。無口そうで、日に焼けた腕は太く、いかにも農夫といった感じだ。彼が、もう一人の隣人、ディルクという男らしい。俺が挨拶をすると、彼はぶっきらぼうに頷いただけだった。だが、俺がジャガイモ畑(の残骸)で途方に暮れているのを見かねたのか、ある日、無言で近寄ってきて、俺の足元の土を掴み、パラパラと落としながら低い声で言った。
「……この土は、ジャガイモより小麦の方がいいかもしれん」
そして、自分の持っていた袋から、パラパラと小麦の種を俺の手に乗せてきた。
「これを蒔いてみろ。時期は少し遅いが……まあ、やらんよりはマシだ」
それだけ言うと、彼はまた自分の畑に戻っていった。……小麦? ジャガイモより手間がかかりそうじゃないか。それに、なんだか押し付けがましい。俺は自分の好きなものを、自分のやり方で育てたいんだ。彼の親切心(なのかどうか分からないが)を素直に受け取る気にはなれなかった。まあ、せっかくだから隅の方に少しだけ蒔いておくか。どうせ大して育たないだろうが。
村での生活は、想像していた「楽園」とは少しずつ、しかし確実に違っていた。店は少なく、品揃えも悪い。アムステルダスなら簡単に手に入ったものが、ここでは手に入らないか、非常に高価だった。薪やランプの油も自分で確保しなければならない。冬が近づけば、食料の備蓄も必要になるだろう。アムステルダスでの節約生活とはまた違う種類の、もっと根本的な「足りなさ」が常に付きまとっていた。
だが、俺はまだ楽観を捨てていなかった。「これも自由のための代償だ」「想定内の苦労さ」。俺はそう自分に言い聞かせた。市場に行けば、俺と同じように都会から移住してきたり、移住を計画していたりする若者を時々見かけた。彼らは目を輝かせ、まだ見ぬスローライフについて語り合っていたが、その計画性のなさに、内心呆れていた。俺は彼らとは違う。俺はもっと計画的に、着実に、この地で成功を収めるのだ。
ジャガイモの芽は、結局ほとんど出なかった。クラーラの言った通り、種芋が悪かったのか、土が悪かったのか、あるいはその両方か。俺はそれを自分の知識不足や準備不足のせいだとは考えられず、「運が悪かった」「最初の失敗はつきものだ」と片付けた。
「まったく、都会育ちはこれだから困るねえ……」
クラーラは呆れたように言ったが、その日の夕方、俺の小屋のドアを叩き、湯気の立つジャガイモのスープを差し入れてくれた。
「…ありがとうございます」
素直に礼を言うのは癪だったが、空腹には勝てなかった。温かいスープは、冷えた体に染み渡るようだった。……まあ、悪い人ではないのかもしれない。だが、やはり彼女のやり方は古い。俺はもっと新しい、効率的なスローライフを見つけ出す。
俺はまだ信じていた。この村のどこかに、ビラに描かれていたような「楽園」が隠されているはずだと。そして、俺にはそれを見つけ出す資格と能力があると。クラーラのスープの温かさに少しだけ慰められながらも、俺の心の中では、「見てろよ、次はもっとうまくやってやる。あの婆さんを、いや、村中の人間を驚かせてやるんだ」という、自信がふつふつとどこからか湧き上がっていた。