お礼
おとめのお陰で、最初の緊張がどうにか緩和してきた。
すると、俺の腹が思い切り鳴いた。
「あっ……」
「ふふ、お腹すいてたの?」
「いや、お昼ご飯食べてなくて……」
「あれ? ……もしかして私のせいかな?」
「いやいや! そういうわけじゃないよ! その……女の子と初めてライン交換したから、びっくりしちゃってさ」
情けない話だけど、この子には嘘をつきたくない。
それに、この子なら馬鹿にしないと思うから。
「初めてなんだ……あのね、私も男の子の家に来るのは初めてなの」
「えっ? そ、そうなんだ」
「あっ、意外そうな顔した! やっぱり、遊んでる風に見える?」
「ごめん! そんなつもりはなくて……ただ、男友達は多そうだったからびっくりはした」
いつも周りには、サッカー部やら軽音部のイケメン達がいるし。
てっきり、家でパーティーとかやってるのかと思ってた。
そもそも、彼氏とかいただろうし……でも、うちが初めてなのか。
「うーん、確かに多いかも。でも、誰かと付き合ってるわけじゃないし。そもそも、みんな彼女いるしね」
「あぁ、なるほど……いない方がおかしいか」
「うんうん、みんなイケメンで性格いいし。あっ、おとめちゃん」
「フスッ」
撫でられてうっとりしていたおとめが起き、自主的に小屋に帰っていく。
そして、すぐに丸くなって寝始める。
どうやら、満足したらしい。
「ね、寝ちゃったの? 物凄い寝つき良いんだね」
「うさぎは草食動物だから、すぐにでも寝れるようになってるみたい……お腹減った」
「ふふ、そうだったね。まだ五時だけど……良かったら、何か料理を作ろっか?」
「……はい? わ、悪いよ!」
一瞬、何を言われたかわからなかったけど、慌てて返事をした。
そりゃ嬉しいけど! 女の子の手料理! それも松浦さんのとか!
「ダメかな? 私、吉野君に何もお礼できてないから……あの時、本当に助かったの」
「い、いや、結局は気を失ってるし……良いとこ無かったよ」
「ううん、そんなことない——すっごくかっこよかった」
その目は真っ直ぐで、嘘を言っているようには見えない。
そうか、こんな俺でも誰かの助けになれたんだ。
「……ありがとう」
「う、ううん……それじゃ、作っても良い?」
「は、はいっ、お願いします」
「えへへ、大したものは作れないけど。ただ、勝手に使っても大丈夫? あと、夕ご飯とかは平気かな?」
「その辺は平気だよ。卵以外だったら、冷蔵庫に入ってるのは大丈夫なはず。あと、今日は元々夕飯は一人だったし」
姉さんが、卵は明日の朝ごはんに使うからと言っていたはず。
そして今日は遅くなるので、俺は適当にレトルトで済ます予定だった。
姉さんは会社にお願いして、早く帰れるようにするって言ったけどそれは断った。
なので週に何回か、俺は一人で夕飯を食べることになってる。
……まあ、料理を覚えろって話なんだけど。
「ほんと? それなら、ボリュームがあった方がいいよね。それでは、キッチンをお借りします」
「ど、どうぞー」
律儀に頭を下げて、彼女がキッチンに向かう。
うちはオープンキッチンタイプなので、ここからでも動きがわかる。
それにしても……なんというか、しっかりした女の子だよなぁ。
「ふんふん、豚肉の残りとキャベツ……あっ、キノコともやしがある! 吉野君、お腹空いてるし早く作れる方がいいよね? 焼きそばでもいいかな?」
「な、なんでもいいです!」
「むぅ……なんでもいいは減点です! 店主はお怒りですよ?」
「えぇ!? えっ、えっと……焼きそばがいいです」
「えへへ、かしこまりー!」
そう言い、鼻歌を歌いながらテキパキと動いていく。
彼女が動くたびに、そのポニーテールがゆらゆら揺れる。
すると、光を浴びてキラキラと輝いて綺麗だった。
俺は見てるのも悪いと思い、今のうちにおとめの小屋掃除をするのだった。