雨の都レーゲンエーラ ※執筆中
“雨の都レーゲンエーラ”
年から年中、ともすれば一日中雨が降っていることで有名な、山岳地帯にある小さな都市。
その日に降る雨の成分が酸性だったり、その次の日はアルカリ性だったり、はたまた別の日は雹や霰を含んでいたりと完全にランダムに降るため、住人も日々危険と隣り合わせで、工夫を重ねて暮らしている……と、購入したてのガイドブックにはそう書いてある。とどのつまり、そんなわけで訪れる観光客は非常に少ないというわけで。余程の秘境マニアか、わざわざこの地域の雨を見にくる変わった旅人くらいだとか。
なんとも言葉にし難い言われようである。
(……俺も変人のくくりかも)
若干失礼なガイドブックによると、数年前に大きな事件があってから最近では都市へ入る際の検閲が厳重になり、一日の入場者数を極端に絞っているとも。
(何事もなく街に入れると良いけど…雨の中で野宿はちょっと…)
オースティンフェーロを経ってから、充電済みの電気石一つを動力源として二日間バイクで走り続け、ようやく雨の都に辿り着いたのが今日。バイクの防水塗装は完璧だった。あれだけの悪路の中、激しい雨に打たれてもボディには傷一つさえない。それどころか雨を弾く度にきらきらと光っている。どんなコーティング剤を使用したのか気になってきた…なんにせよ有難いことこの上ない。サンキューマルクの親父!パイロは心の中で諸手を挙げて感謝した。
(ああ…他の都市にきたんだなあ…って感じがすら)
目前に聳え立つ重厚でガンメタリックで荘厳な門は、霧雨の中でもその存在感を放っている。遠くからだと霧の中に浮かぶ要塞のように見えたが、近くで見ると殊更その威圧感が増す。うーん、これは…どう見ても要塞です。なぜ田舎の地方都市に?!と思った。そこかしこにある小窓から、ふとこちらを狙う銃が見えてもなんらおかしくないくらいの緊張感が漂っている。そんな気がした。警備兵は門前に二人と、門の中に数人ほど歩いているのが窓越しに見える。
これではまるで雨の都というより、城塞都市では?
(あ!射影機持ってくれば良かった。記念くらいは残したかったな、手元に残る形で……適当な材料組み合わせて作るか…いっそ買う?いきなり散財?!)
…さて、少し時は遡り二日前───パイロはまず、オースティンフェーロの東門から出発し南東方面へ向かった。レーゲンエーラに向かうためには、陸路で向かうには鉱山地帯を抜ける必要があった。バイクを少し走らせれば、左手には一面に連なる鉱山と眼前には鬱蒼な森。気持ち程度の小道には、荷車を無理矢理引いたような轍が所々にある。が、しかし、道が整備されていない。うーん、なるほど悪路すぎる。オースティンフェーロの住人が好んで都市の外…雨の都方面へと出掛けないわけだ。これでは観光客も気軽には来れないだろう。道路がまともに整備されていないのだから。
休憩を挟みつつ、山なりにバイクを飛ばすこと一日。日が沈みかけた頃、ようやく石畳のきちんと整備された平たい道路と、木造の古小屋のような休憩所があった。これがなければ旅立ち早々に心が折れていたかもしれない。例え人の手入れが殆ど入っていないボロ古屋だとしても、屋根があるだけで雨風は凌げる。
何を隠そうパイロは、悪路続きによるバイクの激しい揺れで思いっきり腰をやられていたのであった。
「やっと普通に座れぐああ腰が!」
やばい思ったより重症かも…いかんせんバイクでの長距離移動すら久しぶりすぎた。専ら普段は鉱山夫、ツルハシを振り落とす上下運動しかしていないのだから。
そのままゆっくりなんとか横になり、腰をさする。しばらくこのままでいよう…しかし、室内を温めるものが欲しい。少し休んだらカンテラに持ってきた鉱油で火を灯してから、部屋の隅の湿気っていそうな薪を使って暖炉で温まろう。
食事は持ってきた固形携帯食料と鉱山水があるので今日のところはまあなんとかなるな、と安心しつつ再び腰をさする。よく小屋を見渡せば、端っこに襤褸そうな布団もあるではないか。
(必要最低限のものは揃ってるのか)
───その後、動けるようになってから持参した火打石と鉱油で薪に火をつけ、暖炉で炙った食料で夜の補給を済まし、襤褸い布団を敷いて転がった。用心のため小屋の火は夜明けまで消さずに、一晩この小屋で過ごす。薪は少なめに、カンテラは光源を絞り枕元へ。たまに腰を労わる。あって良かった襤褸布団。バイクは折り畳み小型の錠前を付けて小屋の柱に結びつけておいた。
(あれならそう簡単には盗めないだろ…多分…人影もないけ…ど…)
………
チュンチュン…
「…?…朝だ」
野鳥の囀りで目が覚めるなんて何年ぶりだろうか。何十年も機械仕掛けの目覚まし時計で慣れてしまっていたから、なんだか新鮮だ。大きなあくびとともに全身を伸ばす。全身バキバキと骨が軋むような音が鳴ってはいるが…うん、腰はだいぶ良くなった。
そしてぐーきゅるきゅる、と腹の鐘が鳴る。
(……とりあえず、なんか食べよ。今日も結構移動するし…何個か果物持ってきてたような)
窓から明るい朝の日差しが差し込んでいたため、カンテラの灯りを消す。暖炉の火は消えていた。
荷物の一つ、小さなナップサックから林檎とバナナを取り出して、冷たい鉱山水を飲む。喉に冷たい鉱山水がおりていき、身体が覚醒していく感じ。朝はこれこれ!とパイロはやる気を出したところで食事を手早く済ませ、小屋を極力元の状態にしてからその場を後にした。
そして、石畳の道をバイクでさらに半日駆け回り、ようやく目的地に着いた。
(…どこかで電気石の充電しないとな…レーゲンエーラに入るにはココを通る必要がある、と)
念のためにさらっともう一度ガイドブックの中身をおさらいして、いざ行かん。警備の門番に会釈し、バイクを折り畳んで肩にかけ、門の傍にある小さな黒い検問所の扉を数回ノック。「どうぞー、おはありください」と中から存外に明るい声が聞こえた。拍子抜けしつつも「失礼します」と恐る恐る入る。少し眠たそうな、中年くらいの髭を生やした男がいた。服装からしておそらく警備員。彼が指でちょいちょいと何かを渡すようにジェスチャーしたので、察したパイロはすぐ鞄から薄皮製のカードケースを渡す。
これは、簡易解析エンジンによる読み取りチェックを受けるためだ。鉱山組合で受け取ったパンチカードは、この大陸に住むすべての住民が持っているもので、名前や生年月日、職歴、犯罪歴などの情報が入っている。旅人や旅行者は必ず旅先の詰所や検問所でこのパンチカードをエンジンに通し、審査を受けない入れてもらえない。いわばこの大陸の秩序である。
「はい、お預かりします…えーっと、どうやるんだっけな…あ、思い出したここだ…」
「……」
彼は慣れない手つきでカードをエンジンに通すと、歯車がカチカチカチと音を立て、螺旋を描きながら回転し始めた。合間に蒸気がちいさく噴き出す。
(…たしか、階差機関だっけ?)
ぼーっとそれを眺めている。第一階差のいくつもの歯車が上に向かってゆっくり回転する様が、なんとなくだが面白かった。パイロは機械工学は専門ではないが、それとなく興味はあったのだ。
さて、少し時間をおいてからカードの内容が転写された用紙が排出され、彼はそれを手に取ると繁々と目を通した。緊張で背筋が伸びる。無事に都市に入れるだろうか。
「怪しい経歴なし…入場許可を出そう。しかし、鉱山夫たあ今時珍しい。あんちゃん、若いのに頑張ってんだなあ。コレ返すよ。さあ数分後に門が上がる。そうしたら街に入ってくれ。…何もないところだが、せっかく来たんだ、楽しんでくれよな」
「あ、ありがとうございます。お邪魔しました」
「親方親方〜〜!私、彼に街を観光案内して行きますね!」
「え?親方?」
「おう?!いつからいたんだ…ま、まあ…うーん、この御仁は悪い人には見えないし…うーん案内くらいは…よし!数少ないレーゲンエーラの良いところでもアピールしてこいやあ!」
「はーい!許可ももらったし、行こ行こー!」
「え?あの、え?本当に何?なんか勝手に進みすぎじゃ…話の流れについていけてな、ちょっ力強ーー?!」
カードを受け取った直後、突然警備員の後ろからひょこっと現れた小柄な少女に強引に手を引かれ、あれよあれよという間に検問所を出る。厳格で大きな門は上がりきっていた。後ろを振り返ると…サムズアップしてる門番と警備員のおじさんが。なんだこの…何?
そして右腕で折り畳んだバイクと全ての荷物を持つという、なかなか辛いこの状況も何?まずは一度荷物を置きたい。今にも腕が折れそう。
今降っているのが霧雨で良かったと、パイロは心底思った。
「レーゲンエーラへようこそ、お兄さん!私はエイダ・イーシャ!自称観光案内人でーす、宜しくね。で、宿のアテはあるの??」
「ああこの流れで自己紹介なのねわかるけど待って待って待って!一旦荷物置かせて!そろそろうでが!うでが!!」
「ご、ごめんごめん!えっと…私、待とうか?」
申し訳なさそうに覗き込んでくる少女。悪気はなさそうだ。立ち止まって荷物を持ち替える。そのままどちらともなく歩き出した。
「いや、持ち変えれば平気だよ。えっと、俺はパイロ。旅人初心者なんで、お手柔らかにお願いします。で、えっと宿だっけ?宿は…この都市の情報が地図とガイドブックからじゃ全然拾えなくて…ああ、理解したぞ。お嬢ちゃん、良い感じの宿知ってたりするやつね。…キャッチ?」
「キャッチのつもりはないけど、うちの都市はガイドブックの情報じゃ当てにならないって評判だから、平等に宿を紹介してるんだよねえ。数少ない宿を!そんなわけねあっちに良い宿があるの、着いてきて!」
見ず知らずの人を信用するほど迂闊ではない…が、先ほどの警備員は彼女を信用しているようだったし、ひとまずここは一つ任せてみよう。間違いなく地元住民の方が街の情報は詳しい。先を歩くエイダと名乗った少女に大人しく着いていく。騙されたら自業自得なので自分の甘さを呪うことにして。
要塞のような広い門(普通に門の中で生活できそうだ)をくぐり抜けると、石畳の大きな通りに出た。店構えはとても多い通りなのに雨のせいかえらく閑静だ。店はパッと見渡しただけでも、雑貨屋、花屋、服屋、カフェ………かなりある。どの店も三角屋根が多いのは、やはり雨が多いからだろうか?
ふと横を見る。大通りから一丁外れた石畳の道路には、赤銅色の煉瓦造りの可愛いお菓子屋や、色々な看板がかかった店が並んでいる。中でも、微かに見えた一番奥の装飾が派手で目立つガラス工房。パイロはここに行くと決めた。カメラがありそうな気がしたからだ。
「ここでーす!お客さんいないからすぐ取れるよ、はいチェックチェック〜〜!」
「いやちょ、ちょっと待って!勢い強っ!」
急に曲がって可愛い外観の扉をノックしてから開けて入ったエイダに、流石にパイロは焦ったが…
「この慌ただしさはエイダ?やっぱりね…」
「やっほーお邪魔してます、お客さん連れてきたよ!」
「ってえええ?!お、お客様?!あっうちの番!?ようこそいらっしゃいました!コホン、宿はうちでお決まり…ですよね?こちらプラン表です。さらに、今ですと何泊しても一泊こちらのご料金で、街を一望できるスウィートルームをご案内できますよ〜!ご希望があれば食事も朝、夜付けられます!…いかがでしょうか!?」
「こっちのお姉さんも勢いあるな…とりあえず確認させてください…えーっと…ん?失礼ですが間違いとか詐欺ではなく?」
「ふふ、詐欺じゃないですよ〜!都市外のお客様は滅多にいらっしゃらないので、サービス多めに設定してるんです。せっかくなら良い思い出にして欲しいですしね!」
ニコッとはにかむ宿屋の受付嬢の笑顔の素敵なこと。栗色のふわふわした髪をハーフアップにし、ブラウンと白のエプロンドレスがよく似合っている。そんな女性に、悲しそうに、もしかしてもう宿決まってます…?みたいな目で見られ、彼はレーゲンエーラにいる間…とりあえず三日間はここに滞在することを決めた。彼女に惚れたとか、そういうのではない。
───結論から言おう、エイダおすすめのこの宿は、とてもとても良いところだった。
外観は赤土を使った煉瓦造りで三角屋根。趣があり、内装も凝っていた。高級そうな牛革をなめして仕立てられたソファーや木製の温かみのあるテーブルや椅子が並んでいる。受付の横にある透明な花瓶に生けられた花も統一感のある部屋の中でくっきりとしたオレンジ色の一輪挿しで、そういったことに詳しくないパイロでもセンスがいいと感じた。
部屋はスウィートというだけあってとても広かった。シャワールーム、トイレ、机付き、各種タオル、電動ストーブ等完備。小さな冷蔵庫あり、各種アメニティ有り。ウェルカムドリンクに、種類豊富な酒まで。しかも宿の地下にはジャグジーがあり、宿泊客は自由に使えるとのことだった。贅沢すぎる…至れり尽くせりか?もう俺ここに住みたいわ…パイロはオースティンフェーロの実家(賃貸)を思い出して遠い目をした。
ちなみにオースティンフェーロにこのレベルの宿はない。あるのは小さな宿か、季節労働者御用達のちょっと古めかしい宿くらいだ。ちなみに最近立て替えたので少し綺麗になった。小さな田舎の鉱山都市だし観光地じゃないから仕方ないね。
「うちは田舎だからあんまりお店もないけど、楽しんで行ってよ!」
「いやいや、ちょろっと見た感じでも色んなお店あったじゃん。これで田舎なら俺んところはドドド田舎だわ」
「なんかごめん。うーん…でもさ、立地はどうにもならないじゃん?」
「それはそう」
都市の立地が悪いと人と物の流れ的に、発展もし難いからねえ…と、二人は何処か遠い目をしていた。
さて宿にチェックイン後、早速街中を案内してくれるということで、ウェルカムドリンクのラズベリージュースを頂いてからガイドをお願いした。(ちゃっかりエイダももらっていた)
余談だが、エイダは見た目よりも実年齢ははるかに大人だった。「もー女性に年齢聞くとか!気にしてないからいいけど!」 彼女は人差し指でくるくると空中で円を描きながら困ったように言った。
二人並んで、石畳の大通りを歩く。傘をさすにはまだ早い、そんな雨が降り続いていた。
「資源はたくさんあるんだよ。この降り止まない雨をね、水鉱石として錬成して出荷できるから!これ目当てで来る人も過去に何人かいたかな。ただいかんせん、この陰鬱な天気と辺鄙な場所だからね…」
観光となると、この雨でどうにもこうにも人が寄り付かないし、来客があっても水鉱石を見たらすぐ帰っちゃう…と、白黒の蝙蝠傘を差しながら大人な少女は言う。
耳の高さで結われた長い二つの縦ロールは、湿気で少し解けていた。真紅の髪と赤銅色の瞳は、雨が降る鈍色の街の中で、とても目を引く。
傘に合わせたようなモノトーン調の、本人曰く一昔前の流行りらしいゴシックな服。ブラウンのベルトバッグにチェーン付きの懐中時計。随分と年季が入っているように見える。なんとなく、大切なものなのだろうな、と思った。
そんな彼女は、この都市の見習い門番だという。
「ま、ただでさえ人が来ない上に見習いなんでね、来客があった時は進んで案内役をかってるんだあ」
「へー観光大使的な?自分から進んでなんて、立派だと思うよ」
「まぁね!ここだけの話、たまにサボれるし…意外と良いよ!」
「ま、まあこっちとしても案内してくれるのはありがたいしな」
「そうでしょ〜〜!」
なんせこの都市の詳細な地図はないのだから。地名は載っているけど、ホテルや食事処や土産屋などの観光、旅行に必須な情報がまるっきりない。地図、本、噂話。今どきこんなに拾える情報がない都市があるなんて、田舎を舐めていた。オースティンフェーロも大概田舎だけど。なんなら紹介文に『鉄の都市』『冬におすすめ』しか書かれてなかったけど。
結局は現地民に聞くのが正解になる。エイダには滞在中になにかお礼をしないとな、と思った。
「てかさ、昼は食べたの?」
「まだだよ、着いたばっかだし。でも食欲はまだないな」
「じゃあガイドしながら軽く歩いて、その後におすすめのカフェがあるからそこでランチとかどう?」
「おっ、気がきくなぁ。そういえばこの都市の料理とかどんな感じ?」
「えっとねー…」
彼女曰く、山間部に近い雨の都レーゲンエーラには見どころなんてないに等しく、一躍有名になれそうな郷土料理もない。山の近くだから自然と山仕事が多くなるため、朝はコーヒー一杯とパンかミールを主食に、スタミナをつけるためのチキンスープか疲れをとるオニオンスープをかきこみ、昼は適当なパンとコーヒー食す。夜はジャガイモを塩茹でして食べ、蜂蜜酒を仰いで早々に寝るそうだ。店舗経営者もこんな感じで、此処ではそれがありふれた食事であるという。
「蜂蜜酒かあ、しばらく飲んでないな」
「オースティンフェーロにはないの?」
「久しく見てないな…たまに輸入品にあるくらいだ。大体は名物の鉱山水と蒸留酒」
「へえ!じゃあ、今日は久しぶりに蜂蜜酒だね!お夜食の食前酒が蜂蜜酒だから!」
「楽しみが増えた!」
───強いて観光地的な所を挙げるならば、街と隣り合わせの山を越えれば秘境と呼ばれる温泉がある。が、そこに辿り着くまで徒歩で約三時間はかかるとか。途中の道は幸いなことに整備されてるらしい。とはいえこの都市の住民ですら無事に辿り着けるかわからない温泉ときたものだ。
ちなみに地図によると、その山を越えれば別の都市があるらしい。
「市長は行ったことあるって。私も一回だけ行ったよ!すっごく綺麗だったこと以外あまり覚えてないし、帰り道で遭難したけど。なんなら遭難した記憶のほうが強い」
「山で遭難とか本気で危険で嫌なんですど…でもま、温泉ね…いいね」
「わかる」
都市の話では、大地に多量の雨が染み込むから、アンダー(地下鉄)も蒸気機関車も通っていないそうだ。そもそもの話、移動の交通インフラが整っていないため、レーゲンエーラに来たくても来れない。高い金を払って馬車を雇うか、バイクを持っている人以外は。
「雨の量が多い日は、濾過してダムで全部を受け止めるのは無理。普通に地面に染み込む。しかもそういう日が続けば、街中で軽く洪水が起きる。んだもんだから、アンダーのために地下を通すなんて、夢のまた夢。線路もひきたく無いよ。土砂崩れなんて起きたらそれこそ、こんな小さな街は一瞬でお陀仏さ」
「言われてみれば、確かに。山と都市の距離が近すぎる。でも、移動手段が増えるのは悪いことじゃないような気もするけどなあ。陸地だから、せめて蒸気バスとか…?それなら今より利便性も上がるし交易も進みそうな…」
「蒸気バスはアリかも!要検討かなー!ちなみに今は、山を越えた先にある港の都市から仲介業者を通して、色々仕入れたり出荷してる。時間はかかるけどちゃんとできてるし、なんならほとんどの食べ物、衣類は自給自足してるし」
そう言って笑う彼女の屈託のない笑顔が眩しかった。
何気ない会話の中で、彼女はこの街の仕組みについても教えてくれた。その中に驚くべき技術があった。
「ほら見てみ?あの空の、薄いドームみたいなやつが濾過装置でね。ただの綺麗なガラスに見えるけど、めちゃくちゃ仕事してるんだよ!二層式になってて、一層目でまずあらかたを受け止めて不純物を取り除き、二層目で都市の東側の山にあるダムに流す…それを鉱石として生成しているんだ」
パイロは呆気に取られて開いた口が塞がらなかった。ついでに耳も遠くなった気がした。なんなら突発的に視力もが落ちた気がしたが気のせいだった。
「何?雨を鉱石に…え、どうやって?そんなの聞いたこと……うーん、オイルクルージョン?天然物じゃあないよな?」
「違うねえ。紛うことなく人工物。オイルなんてはいってないよ、そんなことしたら下手すれば劣化しちまう!これはもう、雨しかないうちの専売特許。市場に流通してるものとか見たことあると思うけど…あっ!ほら、あれよあれ」
「………え?!ハ?!あれ、水晶じゃないの?!あ、雨でできてんの?!」
「うん、雨!信じられない?ハハ、観光客のこの驚いた顔を見るの瞬間がほんと好きなの私!」
「ええええ、普通の水晶にしか見えん…」
パイロの顔を見て得意げに彼女が得意げに胸を張った。
「でしょ?!うちの水鉱石は純度が高いんだ!加工すりゃ水晶はもちろん、金剛石 ……まではいかなくても、見劣りはしないはず!」
「見劣りどころか水晶そのものだからなあ。これ、俺の手持ちの水晶。並べてもほら、パッと見は見分けがつかないし」
「ハハ、近くでよーく見ていればわかるよ。じっと見て……ほら、たまに気泡が浮かぶから」
言われるにままそれを見ていると……小さな泡がコポ…と浮かんできた。そして、すぐに消えてしまった。しかし、なんだかとても幻想的なものにパイロには見えた。
「…本当だ。綺麗…」
「ま、じーっと何十分も同じものを見つめるやつなんてそうそういないからね、コレで満足するみたいよ。本物より安価でパッと見は同じ、水そのものだから、いざという時は燃料にもなるし」
彼女がスッと指差した、四角いクリーム色のアンティークショップのウィンドーに飾られている、女性物のアクセサリー。店内のほの明るい橙色の照明の元で煌めく、透明な石がついた首飾りと腕飾り。首飾りにはトップの大きい石を挟むように小さな金色の石が二つほど並べてあり、細い金の鎖が二重になっていてシンプルなデザインでありつつも、目を引く作りになっていた。腕飾りには植物の蔓を模した丁寧な金古美の装飾に、水晶のような石がいくつか散りばめられている。
確かに、元が雨とは思わないわな。
「おっと、雨の酸度が上がってきてる…こりゃドームを貫通するやつだな……こっちに入りなよ、服とか最悪皮膚ごと溶けちゃう」
「え、でも俺が入ったら君がはみ出すかも」
「心配ありがとう。でも大丈夫、私の傘は特別性なんだ、ほら」
少女が柄に付いているボタンを軽快に二度押すと、傘が広がった。人が二人並んで入っても問題ない広さになったので、ありがたく入れてもらうことにした。二人並んで、雨の中、雨の都の大通を歩いていく。真新しい店構えが多く気になるが、雨の成分が酸性になったせいか、先ほどまで明かりが灯っていた店達が急に灯りを消し、パイロはこっそりと肩を落とした。外に出歩けないから営業終了…だろうか。
それよりも、エイダの手には傘よりもパイロの目を引くものがあった。
「広いし酸も防げるからさ」
「そういうことなら失礼、せめて待つよ。…で、それは?」
「ありがと!これ、気になるよね。これは時計兼、雨の予測機能兼、地図…的なレーダーかな」
「機能多いな…雨の予測機能?」
「ふふ、これはこの都市の必須アイテムさ。雨が大体いつ降り止むかとか、降ってる水質を予測できるのよ」
「一番上が時計で、ボタンを押すと切り替わるタイプか……なるほど、なんか俺のこれと似てるわ」
「へぇ、形は似てるねえ。これは?」
「俺が作った時計兼、温度計兼、なんか俺の故郷の空をリアルタイムで見ることができるかもしれない謎の装置」
「そっちも多機能じゃん、お揃い〜?謎の装置とかなにそれ気になる!見せて〜!」
「ちょ、近いわ!あとにしてあとに!」
「宿戻ったら見せてもーらお!」
「はいはい…」
目の色を変えてぐいぐいと身を乗り出すエイダを片腕で制し、傘からはみ出さないようにしつつ落ち着かせる。彼女の左手の中のレーダーが何かを知らせるように光を発した。
エイダが人懐っこくてぽんぽんとテンポよく会話が進むせいか、ついついつられていつもより多弁になってしまう。レーゲンエーラのことも色々教えてくれるし、エイダとの話は楽しいなあ、とパイロはしみじみとこのひと時を心から楽しんでいた。
思えば、人とこんなに会話をしたのは久しぶりだ。
「ん?──あんた運が良いね。もう雨は上がるよ。ちょうど明日、三ヶ月に一度のこの都市が朝から晩まで晴れる日だった!ってことは、明日は祭りだぁ!あっ、ほら見て、みんなもう準備し始めたよ!」
「おお、本当だ…さっきまで全然通りに人影とかなかったのに、雨に濡れない程度に飾りつけとか始めてる…」
「せっかくだから、楽しんでいけば?祭りもさ」
「そうだな、こんな機会もうあるからわからないし…出店とかある?」
「もちろんあるある!宿まで迎えに行くし一緒に回ろ?!あっそうだ!これも何かの縁だし、明日の祭りを楽しむための資金繰りもしようよ!」
「資金にはまだ余裕からけど」
「水鉱石の採掘、興味あるでしょ?」
「あ、ある!それはめっちゃある!普段は土とか鉄しか採掘しないから!…でも、いいわけ?ただの通りがけの旅人だよ、俺?そんなこと教えちゃってさ」
エイダは一瞬迷ったようだったが、すぐに笑顔で、
「いいよ、あんたのこと気に入ったから特別!あ、口外はしないでね?採掘したものは…何個か換金すれば遊ぶ金にはなるはず。じゃ善は急げってことで、作業着に着替えてくるね!すぐ戻るから、このコーヒーがおいしくてオススメのカフェで一服してて!せっかくなら昼ごはんも食べてみて!」
と言って何処かへ駆け出して行ってしまった。
「はいよぉ」
エイダオススメのカフェは、まだ営業していた。ノスタルジーさを感じさせる木造の小さなカフェで、渋いけど笑顔が素敵なマスターがメニューを持ってきてくれたのでそれを見て、とりあえずマスターおすすめのコーヒーを頼む。さて次は…と考えていたところでバタバタと足音が聞こえた。
「戻ってきたよ!何する?」
「コーヒー頼んだばっかなんだわ。…このチキンのビスタスープと、ミニオムレツがいいな」
「良い目の付け所だね、ここのコーヒーはサイファン式の本格物なんだあ!テーブルにある茶菓子のビーンズが合うよ、サービス品だから食べてみて。あっマスターちゅうもーん!私はいつもので」
「はいよ。兄ちゃんがビスタスープとオムレツ、嬢ちゃんがパンセットな」
「今日のメインのパンは何ー?」
「バターたっぷりのロールパンと砂糖をまぶしたクロワッサン、スープはオニオンコンソメだ」
「え、最高じゃん!早く早くう〜〜!」
「はいはい、ゆっくり待ってな」
「そうだ、料理が来る前に、採掘方法を軽ーく説明しておくかな」
「うす、よろしくお願いします」
「水鉱石の採掘にはツルハシやではなく、コレを使います!」
「……ザル?」
「そう!ザル!採掘場に行って、ドームで濾過し終わったものをが流れてくる場所で、完成した水鉱石をざらざらと拾い上げるのです!これだけ!ね?簡単でしょ?」
「思ってたんた全然ちがう…」
「お願いします…美味い。しっかりしとしたコクがあるのに酸味が強すぎず、香りも…強すぎない。」
「ふふふ、満足そうで何より!」