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リゾート・イン・ブルーの喧騒 -支配人黒崎雪乃は本日もにっこりと客様をお出迎えする。-  作者: 鳴海ニノ
第一章 ホテル清掃係黄瀬実李は支配人への恩返しのためにフロント業務をする。
7/20

7. 抜け目のない人

清掃係たちは本日全ての清掃が完了して、控え室に戻った。


浅野さんチェックにより、結局のところ、最終的に終わったと言える時間は、15:20であった。


その間、その部屋のお客様とバッティングすることは無かった。


控室に戻ったや否や、浅野さんと、舞花さんは、光の如く退勤していった。


浅野さんは、この後義理のお母さんを病院に連れて行くと言うし、舞花さは、小学生の息子さんを塾へ送って行くのだそうだ。


その切り替えの速さは、もはや職人を思わせるほど、見事なものであった。


実李自身はというと、疲労と脳みその混乱で、控室にある上等なソファーにごろんと、横たわりたい欲求に負けていたのだった。


少し、ほんの少しだけ、休んでから帰ろう。そう思って横たわったのは、もはや、フラグだったと、後々に振り返ってそう思う。


・・・遠くから、黄瀬さん、黄瀬さん。と声がする。


ハッと目が覚めた。目の前には、長い黒髪お一つに括り、ノンフレームメガネをかけ、化粧気のほとんど無い、色白で面長の女性の顔があった。黒崎支配人である。よくみれば、薄い唇の数センチしたにはほくろがある。


寝起きの頭で、ぼうっと、そう考えていた時、脳みそが急に現実に引き戻される感覚がした。


「今何時ですか!?!?」


黒崎支配人は、急な大声に、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元のにっこりとした顔になり


「今は、17:00ですが、あなたの業務は全て終わっていますよ。それとも夢でお仕事をされていましたか?」とふふっと笑った。


「いえ・・・眠っちゃってすみません。」


「こちらこそ、本日は新人さんに無理をさせてしまったので、申し訳ありませんでした。」と言いながら、何かを運んできた。


「これ、厨房で作ってきました。しらすと天かすのおにぎりです。ポン酢を垂らすと、酸味がなんとも美味しいのですよ。まあ、賄いです。よろしければ召し上がってください。」


お腹がぐぅっと鳴っていた。相当お腹が空いていたことに気がついた。


「いただきます・・・」


そして、米は何故か白米ではなく玄米であった。


実李は、玄米にポン酢と言う謎の組み合わせに疑問を持ちつつも、そのおにぎりを手に取り、一口齧り付いた。


すると、天かすの油とポン酢の程よい酸味。そしてしらすの滋味が口に溶け込み、気疲れ、体力疲れの両方に犯された体に、染みわたっていった。


「おいしい!油と酸味が良いマリアージュになってて!玄米も香ばしくて美味しいですね!」


「マリアージュなんて良いこと言いますね。」


ふふっと笑って、黒崎支配人はこう続けた。


「美味しい、の正体は何かと言いますと、五味の全てがバランスよく配置されたものだとされていて、甘さ・酸っぱさ・辛さ・苦がさ・鹹さ、になるんですが、これを全て兼揃えたものが、まさにあの天かすポン酢おにぎりなのですよ。これに、旨味、五味にはありませんが、つまりしらすを足すとパーフェクトに美味しいおにぎりになるのです。また、玄米は電解物質が多く含まれているので、疲労回復、抗酸化作用があり、最強のスーパーフードなんですよ。」


いつものにっこりとした笑顔で、しかし急に饒舌に話し始めた。


本当ですか、それは…?と思う知識ではあるが、黒崎支配人自身も、美味しそうに食べているのをみて、何も言えなくなってしまった。


静かにおにぎりを食べていると、微かにロビーから流れてくるクラシック音楽が聞こえてくる。


この曲は聞いたことがある気がする。この曲は何という曲だろうか。


玄米の味を噛み締めながら、そのクラシック音楽の曲名よりも、気になっていたことを聞いてみた。


「201号室の清掃が終わったのは、15:20でした。もし、お客様がいらっしゃってたらどうなりましたか?私新人で至らないことも多くて、一人で最初から最後まで清掃するのも初めてでしたし・・・」


黒崎支配人は、急に神妙な顔になった。


「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。一応202号室のお客様からは、16:00ご到着の旨、ご連絡頂いていたのです。」


「それなら・・・」早く言ってくださいよ、と実李が言いかけたところで、藤崎支配人は続ける。


「ですが、ご宿泊のお客様は、極端にチェクイン時間から離れた時間をご指定でもしない限り、15:00にいらっしゃるケースが、実は多いのです。実際、201号室のお客様も、15:30にいらっしゃいました。清掃の皆様には申し訳ないのですが、私は17時までにいらっしゃるとお伝えいただいたお客様は、基本的に15時にチェックインされるものと考えています。そのように判断しているのは私ですので、もし清掃が終わらなかったとしても、それは黄瀬さんのせいではなく、支配人である私の責任なのです。」


先ほど、安易に、清掃が終わらなくても、支配人のせいだ、と考えてしまったが、黒崎支配人自身もそのように考えていたことに、少々面食らってしまった。


自分が旅行客になった場合、そのようなチェックインの仕方をしてしまうかしれない。


黒崎支配人の主張は尤もであった。


「ですが、ご申告のチェックイン時間より早くいらっしゃった場合。少々お待ちいただくことになっても、16時に来るって伝えてたものね、とご納得下さる方がほとんどです。お待ちいただく間、ロビーの方でいかにご満足いただけるか、これはフロントのお仕事ですから。」


とまた、黒崎支配人はまたにっこり笑い、おにぎりを口に運んだ。


「それに、あのお部屋は黄瀬さんならもう既に、すぐに清掃完了出来るくらいお仕事を覚えていらっしゃる、と分かっていましたよ。浅野さんも、舞花さんも、二人いれば301号室程度一瞬で終わるくらい、慣れていらっしゃいます。終わったら201号室の方に行ってください、とメモを残しましたし。」


と言ってから、おにぎりの最後の一口を口に放り込んだ。


実李は、しばし黒崎支配人という人について思慮した。


いつもにっこり飄々として、できない仕事もやると言いつつ、できていなかったり、デスクが汚かったり、人間として謎めいていて、行動が読めないことがある。


ただし、清掃スタッフの属性を見極め、自分は全体を見据え、人に任せるところは任せ、新人の私に、無理やり、ある意味独り立ちの機会を与えていたのだった。


フォローは的確に行う。そして最後は何かと全てうまく整えてくる、と言う不思議な仕事スタイルの人なのだ。


抜け目のない・・・黒崎支配人という人物が、少し分かったようで、わからなくなった。

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