2. リゾート・イン・ブルー清掃係の日常
「ダスターもっとないの!?」
「客室サービスのアイスクリーム、チョコが在庫切れです!」
「202号室のお客様、布団にゲロ吐いてます!!」
「203号室!お客様から特大ゴキブリが出たとのご報告です!至急向かってください!!」
「新人の大山さん、昨日から休んでて連絡取れないって!301号室、201号室アウトイン行きましょう!!」
清掃係の女性、浅野由美、舞花紗葉子、黄瀬実李の3名が
こうやりとりをしながら、客室の清掃に向かっている。
もちろん、前もってお伝えしておくが、これは全く特別な会話ではなく、彼女たちホテル従業者にとっては
毎日の挨拶ほどに当たり前の会話なのである。
「何故大山さんは、来ないんですか!?」
と、リネン類をたくさん載せたワゴンを転がしながら、清掃係の舞花さんが問う。
舞花さんは40代前半の女性で、島の中でも、都会育ちの方、丁寧な仕事ぶりに信頼が厚く、細身で儚げな容姿、
穏やかな口調が特徴で、皆を癒すが、今はその様な余裕などはないと見える。
「知らんよー!!どうせあの男、酒にでも飲まれてもう二度と来ないんでしょうよ!!もういないものと思ってー!!」
と叫ぶのは、リゾートインブルーの清掃主任、浅野さん。浅野さんは、50代前半の女性。
この島でも田舎の方と言われるこのホテルの近くで生まれ育った方である。
常にテキパキとしており、清掃、その他の仕事も実に完璧。とてつもなく頼りになる存在である。
「そういえば、203号室のゴキブリ案件どうします!?ゴキブリなんて捕まるかもわからないし、対応してたら、2件はのアウトイン確実に間に合いません!!」
と泣きそうな声で叫ぶのは黄瀬実李。島育ちで、浅野さんと同じ、近隣の出身である。
低身長でふわふわのショートヘアが特徴である。このホテルに入社してまだ2週間である。
実李がここまでゴキブリを気にするのは、ゴキブリを苦手とする実李の本質とはあまり関係が無い。
ゴキブリと言う生き物は、一般的に言われているよりは遥かに賢い生き物である。
南国ならではの温かな気候のもとではそれが顕著であり、本州のそれとは比べ物にならないくらいの高い知能と、大きさを誇っている。
とはいえ場数を熟せば、どんなに苦手であっても、ある程度はその苦手意識を克服できるものである。
しかし、この大河原島のゴキブリは、それを凌駕し、対峙する相手によって、対応を変えることができるのである。
例えば、ゴキブリが苦手な人間が相手であれば、明らかにその人の顔に向かって飛んでくる。
そうすれば、その人間の隙を作り、どこかに逃げることができるのである。
ゴキブリが苦手ではない人に対しては、とにかく気配を消しながら、家具の下などに逃げる。
その場合は逃げ込んだ家具の下に殺虫剤をまくことになるが
お客様はゴキブリが再び現れるかもしれないという恐怖と共に滞在することになるだろう・・・
「支配人には連絡したの?」浅野さんが叫ぶ。
「連絡受けたのが支配人でしたよ!」舞花さんも叫ぶ。最早会話ではなく、怒鳴り合いにすら聞こえる。
そんな、清掃係の一行が201号室のアウトイン対応に向かう最中、対照的なほど静けさの漂う203号室方面から、
コツコツと靴の音が聞こえてくるのであった。