16. 無人チェックインと言うシステム
今日は、見事な小河原島晴れ。とてつも無く良い天気であった。
そろそろ、梅雨に入るであろう時期とは思えないほどの天気、気温に
実李は、車の運転をしていたにもかかわらず汗をかいていた。
最初にフロントに入るや否やいつもと違う、いや、いつもあるべきものがなかった。
BGMクラシック朝バージョンが流れていない。
少々の違和感を覚えながらも控室の扉を開けた。
「おはようございますー」
いつものごちゃっとした机に、黒崎支配人はいない。
黒崎支配人がいないこと自体はよくあることではあったが
いつものマックブックのPCも一緒にいないのである。
これは、彼女がこの建物にいないことを指す。
この時間にこの建物にいないと言うことは珍しかった。
奥の掃除用具入れの方から浅野さんと、今日は平美波と言うアルバイトの子がいた。
美波は、この島の高校生2年生であり、土日限定で来ている。
高校生とは思えない仕事の手際の良さから、黒崎支配人はもちろんのこと
浅野さんまでもが、この美波のことをとても尊敬している。
「今日は美波ちゃんもいるんだね、よろしくねー。黒崎支配人は?」
浅野さんが答える
「今日は本社で会議と、お婆様のお見舞いのため東京ですって。昨日Rainでメッセージ来てたわよ。実李ちゃんのところ来てない?」
「自分にはさっき来てました。」
美波は言葉数少なめに答える。彼女は非常にクールな性格をしていた。
え・・・改めてRainを確認すると、実李には先ほど、つまり運転中にそのメッセージを受信していた。
”お疲れ様です、急遽で申し訳ありませんが、今日は本社で会議と、祖母の見舞いのため東京に行くことになりました。浅野さんにはその旨伝えてあります。本日のイン、アウトは全て無人対応でお願いいたします。"
「ああ、運転中で気がつきませんでした。こんなに急に呼び出されるんですね、大変ですね。・・・て、え?無人?リゾートホテルのフロント不在って、それ良いんですか?」
実李はまた驚いた。
「おはようございまーす。雪乃さん東京なんですすってね。今日は人が多いー!」
そう言って、いつものかわいいらしい挨拶をしながら、舞花さんも入ってきた。
「とりあえず頭数揃えておけば、清掃はなんとかなるって思ってるんでしょ。実際これだけいれば今日は何も問題ないわ。雪乃さん不在の時は、一応警備会社の人が入るから、セキュリティ的には・・・うん、大丈夫じゃないかしらね。」
と浅野さんが説明してくれた。
「というか、基本的に雪乃さん、チェックインの時のフロント作業みたいの殆どやってないですよね。」
と舞花さんも言う。
「そうなんですか?」実李はまたひとつ驚いた。
「基本的に全部無人チェックインの機会がやってくれてるわよね。」
そういえば、正面玄関から出入りをすることはほぼないのだが、正面玄関にはATMのような機会が2つ並んでいるのを思い出した。
今この規模のホテルフロントを黒崎支配人一人で回せている理由が解明した。
「私もこんなリゾートホテルで無人チェックイン?って最初は驚いたけど、お客様も何も抵抗なくやっているし、お客様にとっては、まあ今日はいないけど、基本的には雪乃さんが面倒見てくれて安心だし、煩わしい作業がなくて
良いかもね、と思えてくるわ。」
そんなものか、と実李はまだ疑わしげに思っていた。
喜瀬屋では、いつも両親がチェックインのお出迎え、チェックアウトのお見送りは欠かさなかった。宿とはそれが基本の形で、無人チェックインと言うシステムは、都会のビジネスホテルのみが許されるシステムだと、勝手に思っていた。
「これも時代なんですかねえ、でも私、喜瀬屋さんみたいに、ご夫婦揃ってお出迎えとお見送りをしてくれるお宿は、おもてなしされてる気がして好きですよ。」
納得の言っていないと言う実李の顔を察してか、舞花さんがそのように言ってくれた。
「ありがとうございます、舞花さん、でも、なんか、勝手にホテルフロントに関する概念が変わったというか、何か革命が起きた気がします・・・」
ある程度高級なリゾートホテルでも無人チェックインが採用されている。
ホテルフロント業務は、IAが発達すれば、無くなる仕事100選にランクインされている。
漠然と、そんなことなさそうだけどな、と考えていたのだが
この事実を、実李は今現実のものとして身近に感じ取っていた。
「でも雪乃さんはここにいても、いなくても支持してくるわよ、ホラ。」
ピコン、ピコン、ピンポーン
今の会話をどこかで聞いていたんじゃないかと疑うタイミングで
みんなの携帯が一斉になった。皆それぞれ携帯を見やった。
"301号室、子供用のハイチェアご所望です。セッティングをお願いします。"
"102号室、タオル交換所望です。"
"101号室のフライパンが壊れたとのことですので、予備のものを持っていって差し上げてください。"
「お客様と黒崎支配人がやり取りできるチャットがあって、それでお客様からこう言う要望が来るらしいわよ。毎日どこにいても縛られちゃって、無人化といえども、雪乃さんも大変ね。」
浅野さんは、同情の顔をした。
ホテルフロント業務は、IAが発達すれば、無くなる仕事100選にランクインされている。
正確には、無くなると言うよりは、ただ、チェックイン作業をする人が必要なくなると言うことである。
ホテルというものが存在する限り、このような人のお世話をする人、いわゆるバトラー業務は
なくならないだろうなと、ふと考えたのであった。
「さ、行きましょう。支配人が無人化できても、ベッドメイキングだけは無人化できませんからね!」
浅野さんが、手をぱんっと叩いて、仕事開始の合図とした。
浅野さんの辛口ジョークにクスッとしたが。
なるほど確かに、ベッドメイキングだけは機械で行う想像が、つかなかなかった。




