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リゾート・イン・ブルーの喧騒 -支配人黒崎雪乃は本日もにっこりと客様をお出迎えする。-  作者: 鳴海ニノ
第一章 ホテル清掃係黄瀬実李は支配人への恩返しのためにフロント業務をする。
12/20

13. それは褒め言葉ではございません。

黄瀬実李は、本日も勤め先のリゾートホテル、”リゾート・イン・ブルー Ogawara”に出社した。


先日出社した際に見た予約表を見た限りであれば、浅野さんと2名、そこまでのアウトインはなかったはずだ。


流石の人気リゾートも、GW明けということもあり、少々空室が目立つようになってきた。


しかも、浅野さんと一緒であれば、大概のことは何も心配ない。


今日は少々気が軽い勤務であった。


ロビーにはやはりクラシック音楽が流れている。


夜に流れているものとは違う、軽快で爽やかな曲がセレクトされている


クラシックBGM朝バージョンである。


この曲もよく聞くのだが、何という名前の音楽であったろうか。


実李は控室の扉を開けた。本日は一番乗りである。


しかし、もちろん黒崎支配人はそこにいた。


ぐちゃっと色々の書類が置かれたデスクにあるPCを、訝しげな顔で睨んでいるように見えた。


「おはようございますー」


私の声を聞き取ると、瞬時に、いつものにっこり笑顔になり


「おはようございます、黄瀬さん。」と答える。


先ほどの訝しい顔を思い出せないくらいの、切り替えの速さであった。


しかしながら、あの顔がやはり、気になったので、歓談がてらに聞いてみることにした。


「黒崎支配人、何か難しい顔してませんでした?何かありましたか?」


すると、黒崎支配人は、ふうっとため息をついて、


「黄瀬さんにもお分かりいただけると思うのですが、これ見てくださいよ。」


と言って、徐にPC画面をこちらに向けてきた。


見ればそれは大手ホテル予約サイトの画面であった、”リゾート・イン・ブルーOgawara" 評価4.5 口コミ(800)

まずはこの総合評価に目が入ってしまった。


「口コミ800ってすごいですね!評価4.5ってかなり良いてことですよね。何というか、流石リゾート・イン・ブルーさんです。」


この言葉は、リゾート・イン・ブルーの従業員としてというよりは、喜瀬屋の者としての感想であった。


喜瀬屋は、最近でこそ、外国人にその異国情緒が好まれて、新規のお客様も増えてきているが


ほぼ、リピーターの国内客なのだ。


しかも、このようなネット媒体には至極弱いと言える。


この掲載サイトにも喜瀬屋は出しているのだが、口コミ評価が100も行っているかどうかは怪しい。


黒崎支配人は、ふふっと笑って


「ここまで口コミを集めるのに苦労しましたよ・・・ですが、お陰様で良い評価をいただいているのは事実なのですが、問題はこちらの口コミです。」


と言って、提示してきた口コミを更に見やった


20xx/4/25宿泊 総合評価 5 サービス:5 立地:5 食事:5 設備:5 清潔さ:5 値段:5


「パーフェクトですね!」


黒崎支配人が、またふふっと、今度は鼻で笑うように皮肉な笑みを浮かべた。


「問題はこの方が何故こんなにもご満足くださったかです。」


その口コミのコメント欄を読んでみた。


「いつもは小河原島を訪れる際は近くのビジネスホテルに泊まってましたが、こちらのお宿がとても安い価格で出ていたので、予約できました♪ プールも自由に楽しめて、お部屋も快適でコスパ最高でした!! GW最中は驚きの価格で手が出せませんでしたが、今回は違う意味で目が飛び出るくらいのお値段でした。また、お安い時期にお邪魔したいです。」


・・・確かに、一見褒めている口コミに見えるのだが、よく考えると、黒崎支配人の顔も頷ける、実李も何とも複雑な気持ちになった。


「まず、近くのビジネスホテルと言うと、山田ホテルさんほぼ1つしか無いので、これを山田ホテルさんが見ていたらと思うと、非常に気まずい。」


黒崎支配人が、下がり眉になって前髪をワシワシとかき上げた。


「あとは、GW直前の平日ですからね、どうしてもお客様の足も遠のくので、ここは価格勝負をするしか無いシーズンですし、こういうお客様にフォーカスを当てていたことも事実なんですが。」


黒崎支配人は、今度は傍のアイスコーヒーの入ったクラスをグッと仰いで続ける。


「皆様の清掃は文句なしに素晴らしいですし、普段はハイクオリティさご提供しているつもりでしたが、こうも、文章で、安いから良い、と突きつけられると、来るものがありますね。」


口はいつもと同じように、饒舌に見えるが、本日は珍しくしょんぼりとしている様に見えた。


もちろん、安いが褒め言葉である場合もある、原価を極限まで削って、無駄を省いて、量産、コストカットを重視して提供している製品に対して、”価格が安い”と言われる事は、褒め言葉にもなるだろう。


しかし、このリゾートホテルのような、クオリティ、贅沢、が売りの商品に対して、”価格が安い”と言われることは、手塩にかけた商品の価値がそんな"安いもの"と受け止められている、と思えてくるのである。


「特に今年は、コロナ禍も明けて、アフターコロナも明けて、旅行業全体が過当競争になっているから、価格競争も仕方ないのですが。」


黒崎支配人は、実李に言い聞かせているとも、独り言とも取れるような、それらしい理屈をブツブツと並べて、この口コミに対して自分が納得できる材料を探しているようだった。


その様子を見て、実李は、黒崎支配人は、小難しいことをたくさん言っているが、真面目で、仕事に正面から向き合っている人なのだなと、単純に彼女の人間性を見た気がした。


「おそらく、この方本当に悪気がないんでしょうね。素直な感想で、憧れてたホテルに、自分も泊まれた!って表現しただけだと思うんです。運営側からすれば、そりゃ、結局そこかい!って思っちゃいますけどね。でもこの方とても喜んでるんだと思いますよ。」


この文章を読んでいくうちに、この口コミを書いたお客様は単純に喜んでいるのだ、実李はそう思えてきたのだった。


黒崎支配人は、少々納得のいかない、と言う顔をしつつも、今までで一番深く頷いて。


「そうですね、黄瀬さんのおっしゃる通りです。何はどうあれ、お客様には喜んでいただいたと、そう言うことですものね。」


また、黒崎支配人は、アイスコーヒーをグッと飲んだ


「そう思えば、やはりこの低価格帯の時期は、こうした、普段の価格では泊まれないとおっしゃる方にアピールする宣伝の機会だと捉えましょう。」


黒崎支配人にとって、今までで一番納得のいった理屈であったらしい。


やはり、サービス業の本質はそこだ。


当たり前のことであるが、お客様に、満足のいただけるサービスを、適正な価格で、と言う所である。


実際問題、高価格で提供しても、宿泊のお客様が集まらないシーズンなのであるから、やはり、連休などの価格帯と比べると、価格は落ちることになる。


同じサービス、同じ設備であるのに、と運営側は経済的にも精神的にも非常に苦しい所なのである。


それでも、空室の方が良いか、安い単価でもお客様が入っているのが良いか。それは経営者の判断に委ねられる。


これが、観光業界の悩みの種である、閑散期問題である。


「なので、この閑散期にいかに価格を下げずに、お客様をご案内できるかが勝負になりますね。さらには空室を活かして宣伝活動なども多く行うべきですね、そうそう、今梅雨のシーズンには・・・」


と黒崎支配人が若干元気を取り戻し話し始めたところで


「おはようございまーす、今日はアウトイン2室、アウト2室、変わってないですかー?」


浅野さんのご出勤である。


出勤早々、本日の業務を暗唱しているとは、やはりさすがである。


黒崎支配人が少々狼狽えた。


「あぁ、すみません、昨晩インが一つ増えました。アウトイン3件です。」


「はいはい、それじゃ、既にアウト済みの部屋は?」


「303号室です、他102号室、103号室は、まだアウトされていません。この方々は1泊でしたし、ギリギリまでいらっしゃるのではないかと。」


「了解。出たら教えてね。実李さん、行きましょう。」


と、浅野さんは、相変わらずの光の速さで、タイムカードを押し、清掃の道具を持ち始めていた。


実李は、と言うと、まだタイムカードも押していないことに気がつき、慌ててタイムカードを押して、清掃の準備を行なった。


「黄瀬さん、お引き止めしてすみませんでした。お話を聞いてくれてありがとうございます。本日もよろしくお願い致しますね。」


と言って、にっこり笑って、手を軽やかにひらひら降っていた。


「はい!お疲れ様です!」と実李は、元気に最敬礼をした。


自分も口コミ評価を書くときは、値段のことには触れないでおくことが無難である。


実李は、そう心に留めることにした。

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