2.もやもやした気持ち
いつもありがとうございます!少し改訂しました。
時折近付く喧騒で俺のこめかみの辺りがずくんと波打つ。
その原因をちらりと横目で確認する。
中学三年までは俺もメンバーだった、このクラスでは所謂陽キャというポジションの男女混合グループだ。
自由気ままに笑うクラスメートを教室の縁っこでぼんやりと眺めていた。
人と話す事は好きだった昔の自分とは違い、今の俺は極力人との関わりを避けている。
普通に話す事も出来なくなった未来で絶望的になり、容易く話せる奴らに対してドロドロとした感情に飲まれそうになる自分自身が嫌いだ。
的外れな嫉妬は自分をさらなる絶望に落とす。
俺ってちっちゃい人間だな。
しかも、まだ現在では吃音にさえなっていないのに…。
自分自身を鼻で笑い、俺は教室から足早に脱出し、そのまま踊り場に向かい歩みを進めたが、さっきのグループの1人が気が付き俺の後を追ってきた。
「陽向?待ってよ!」
辰己真が眉間に皺を寄せて、心配そうな顔で俺にちかづいてきた。
「なに?」
「いや、元気ない?」
「いつも通り」
「そっか」
何となく居心地の悪いような気まずい空気がただようのは、かつての親友である辰己真と俺が勝手に距離をあけているからだと思う。
「真、俺の事は気にしなくていい」
「なんでさ?」
少し怒ったような声が一歩分後方から聞こえた。
「俺といるとあいつらが離れてくし」
「離れてく?離れたのは陽向だよね?」
真は俺の目をしっかりと見て尋ねる。
「何を怖がってるの?」
「怖がってない。ただ、事実を言ってる」
「事実じゃない。陽向が勝手にそう思い込んでるだけだよ。あいつらは陽向の事好きだよ」
辰己の言葉に戸惑い何て答えれば迷う
「でも、俺にはもうステータスがないんだぜ」
辰己は小さくため息を付くと、
「陽向のステータスって元子役である事?僕は今だって陽向は俳優だって思ってる。みんなだってそうだよ。ほら」
辰己はグループツールを見せる。
そこには、俺への称賛やちょっと悪口も書かれていた。
あやや 陽向、あの前髪似合ってると思ってるのか
な?主演になった時に黒歴史になるよね。
きむ 顔バレしないようにじゃね?俺的には犯人役
の時のメッシュ好きだけどな。本当にイカれ
たやつじゃないとあのヤバイ目つきはだせな
いぜ。
静香 陽向は自意識過剰!うちにはイケメン担当の
真いるから、陽向くらいじゃ目立たないのに
ね!演技派俳優のくせに。
真 僕は別にイケメンじゃないよ…。演技派なの
は主役をくうからかな。
明人 謙遜も真レベルだと嫌味だな。それにして
も、主役まだか?
「はは。ほぼ悪口じゃねぇか。でも、嫌な気しないな」
「陽向の想像とは違った?」
「全然違った。…もっと使えね!とか言われてると思ってたし、今でも話題に上がるなんてさ」
認めるしかない。
俺は卑屈になり勝手にあいつらの人間性を誤解していたんだ…。
「謝れば許してくれるかな…?」
「陽向が知ってるみんなはどうすると思う?」
真の目は優しく素直な俺の答えをただ待ってくれている。
「俺、正直な気持ちを話すよ」
「うん!頑張れ!」
プライドが邪魔をして距離を置いてしまった一年近くの年月を埋めるには、今までの何倍もの力がいると思う。
以前はそれを面倒だと思っているのと同じくらい、拒絶される事への恐怖を身勝手にも感じていた俺は本当に馬鹿だったんだ。
そんな俺に手を差し伸べてくれている真に感謝しかない。
だから、今日はあいつらへ謝罪と感謝をメールで伝えるんだ。
と、決意した直後に元グループの川口の声を聞いて、真の後ろに隠れたのはヘタレ過ぎて笑えない。
「朝日さん、その怪我どうしたの!?」
甲高い声に驚き視線を向けると茶髪ツインテールの川口彩と昨日の変な奴がいた。
変な奴はどうやら朝日という名前みたいだ。
その朝日は左頬に大きな絆創膏を貼り、左足には包帯が巻かれている。一見すると酷い怪我のように見えた。
それに、昨日の雰囲気とは違って初対面の時のように俯きがちだ。
「昨日の帰りバスが急停車して…」
川口を見ないでボソボソと話しているが、いつもの事のようで川口本人は全く気にしていなさそう。
俺にたいする態度と違うじゃん。
「え⁉事故⁉」
「ううん!」
朝日は川口の反応に驚いた様で、慌てて両手の平を川口に向けて制した。
「そんな、大事じゃないの。お客さんも私しか乗ってなかったし」
「でも、朝日さんは怪我したんだよね?」
「私が鈍臭いから…」
川口は朝日の腕を掴んで、
「そんなの関係ないじゃん。怪我したら誰だって痛いでしょ?朝日さんが自分をどう思ったとしても。病院には行った?」
「それほどじゃないよ。それに、私よく怪我するんだ」
おっとりとした口調で話す朝日が何故怪我が多いのか分かる気がする。
「…」
川口は何か言いたげに朝日と自分の鞄を交互に見ていたが、
「あ…」
川口が驚きながら俺の後方を見た。
それにつられるように視線を移した朝日の目が恐怖で見開かれる。
「危ない!」
朝日の声が聞こえたと同時くらいに背中を思いっきり突き飛ばされた。
その衝撃でふらつく体を真がしっかりと支えてくれる。
「君、大丈夫⁉」
朝日に駆け寄る真。
そして、地面に倒れ込む朝日。
彼女は右足膝から出血をし痛そうに顔を歪ませていた。
「陽向くん、怪我ない?」
朝日の小さな唇から俺を心配する声がする。
「俺よりも君が…」
朝日は張り詰めていた気持ちが緩んだのか、頬を緩めて小さく笑う。
「今度は助けられて良かった…」
今度?
意味深な言葉。
こいつは理由の分からない事をいつも俺に言うんだ。
あれ?
以前にもこんな事があったよな…?
過去に耳にしたニュースを思い出す。
高校に精神薄弱者が侵入し、生徒を何人か巻き込み自殺未遂。
隣町の高校でうちではなかった。
…未来が変化したのか?
何だよ。
この急過ぎる展開は。
まるで早送りで俺の人生を第三者がとばしているようだ。
ザワザワする心臓、ズキズキと痛むこめかみ。
そして、鈍いような鋭いような痛みを背中に感じた。
「やだ!陽向くん!やだぁ…」
咳き込む様に器官から血を吐き、自分の身に起こった異変を感じる。
背中に手を伸ばすとべっとりと赤い液体が俺の手のひらを汚した。
誰かが俺を刺したと気が付いた時には、俺はまた地面へと倒れた後だった。
周りにいた生徒達はパニックをおこし、犯人から逃げるように散る。
何だ…。あれは…?
犯人の周りに透明な無数の蛇が宙を泳いでいた。
いや、何匹かはその男の両腕や首に絡みつき、まるで蛇が男を操っているかの様にも見えた。
俺はうつ伏せに倒れていたので、何故こんな事が起きたのか理解できずにいた。
それに、あの蛇は俺にしか見えてないのかもしれない。
死の間際だから見せる幻…。
はは。
俺はまた死ぬのか?
何で?
やり直しのチャンスを貰えたんじゃなかったのか?
それとも、どんなに足掻いたって俺が死ぬ未来は同じ。
道が変わっただけだったのか?
期待だけさせて、そんなのあんまりだろ…。
そして、俺の世界はブラックアウトしたんだ。
「立花くん、自己アピールをお願いします」
この台詞を聞いたのは、三度目だ…。
は…?
二回目の時は嬉しい気持ちで興奮した。
だけど、三回目の今は恐怖…。
「アピールはありませんか?」
相手にプレッシャーを与えるように、机をコツコツと鳴らすのは癖か。
新人なら動揺してしまい、力を出せないこともある。
意地悪ではないと言えないが、これくらいで動揺するようでは今後神経をすり減らすだけで、芸能界では生きていけない。
いい意味で無神経で鈍感力を持っている事は才能の一つ。
もし、動揺していたとしても相手に気取らせなければ、問題なく事が進むんだ。
俺は立花陽向を演じ、同時に俯瞰しながら別のキャラクターになる。
「SSプロから参りました、立花陽向です」
コンポジと俺を交互に見た後、眼鏡の男性は無遠慮な言葉を投げた。
「立花陽向くんね…。君、しばらく辞めてたの?」
「いえ。辞めてはいないです」
「ふーん。そう。じゃあ、この和也の台詞読んでみて」
「はい!よろしくお願いいたします!」
「ありがとうございます!失礼しました」
俺は深く頭を下げると部屋から退出し、ロビーの椅子に倒れるように腰掛けた。
同じだ。
やっぱり、前二回と同じ…。
どうやら、また過去に戻ってしまったみたいだ。
一度目と二度目誰かに殺された。
殺される事を条件にして俺はやり直しの機会を与えられてるのか…?
もしくは、どんなに上手く立ち回っていたとしても、殺されれば過去に戻る。
これは俺の勝手な推理だ。
確信があるわけでは勿論なくて、的外れな考えかもしれない。
慎重になろう。
俺が過去をループするには、何か理由があるはずなんだ。
「立花くん、お疲れ様」
「広瀬くん、お疲れ様」
よく知った声で顔を上げると、爽やかに笑いかける好感度高そうな同じ年齢の元子役であり、俳優の広瀬海が立っていた。
千歳夏菜子の隠し子と言われている人物であり、本来の和也役。
会いたくないと思えば思う程タイミング悪く事が進む。
これもまた3度目の過去故の運命なのかもしれない…。
「広瀬くんもオーデ?」
広瀬くんは迎えの席に座り、
「そう。立花くんがいると思わなかったよ」
「あ…あぁ」
「っていうか、今回は僕で決まりだと思ってる」
ぴくっと瞼が痙攣し、睨むように見てしまった。
「ごめん。悪くとらないでよ。…なんていうかさ、事務所に忖度ってあるだろ。今回の主役は千歳夏菜子だし」
え?
「主役は森田美南さんじゃないのか!?」
広瀬は怪訝そうに眉を顰め、
「何で知ってるの?」
「いや…ちらっと聞いて」
人の感情に敏感な広瀬を前にして、迂闊にも俺は感情を出し過ぎた。
「ふーん。森田さん、昨日の晩に怪我をしたそうで、病院に運ばれた」
「怪我?そんなに酷いのか?」
「右足首の骨折で、全治二ヶ月」
全治二ヶ月…。
一度目めも二度目も主役は森田さんだった。
妙子役は妙子のキャラクターから考えても明朗そうな森田さんがベストと言える。
げんに二回の過去では森田さんが妙子役で、主演女優賞を受賞していたんだ。
あ…。
無冠の女王と言われた千歳夏菜子が俺と同じように過去を繰り返していたとしたら。
もし、全てを求めて行動を移しているとしたら…。
嫌な思考が俺の脳を埋め尽くし始めた。
千歳夏菜子は広瀬を大切にしているのは、明らかだ。
息子の邪魔をする俺は千歳夏菜子にとって、厄介者にすぎない。
一度目の未来で俺を殺したのは、
千歳夏菜子なのか?
千歳夏菜子が息子の為に自らの手を染めるなんて考えられない。
「立花くん?」
はっと我に返ると怪訝そうに見つめる広瀬がいた。
「あ、ごめん。考え事」
「そう。じゃ、俺はそろそろ開始時間だから」
「じゃ」、と左手を上げるとソファーから立ち上がりオーディションの部屋へと続く廊下に消えていった。
「千歳夏菜子…」
敵か味方か…いや、味方であるはずはない。
敵か精々良くてその他だな。
「さて、俺も帰るか」
きっとビルを出たところに菅原マネージャーがいるんだ。
何度目だって同じ事を繰り返すのかもしれない。
でも、強制的とはいえ始まってしまった以上は進むしかないんだよ。
やり直し人生3 一日目 晴れ




