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どん底だらけの俺の世界に自称魔法少女がやってきた。  作者: 夏嶋咲衣


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20/21

19.結末

 どんっと背中に鈍い衝撃を受け、俺の体はバランスを失い階段から落ちる……


 筈だった。


 だが、こんな事になるかもしれないと予め朝日と話していた俺は寸前の所で手摺りに捕まり落下を免れたんだ。


 直ぐ様に走り去ろうとした人物の腕を掴んだ。


「犯人はあなただったんですね。岸川春美さん」


 目深にキャップを被っていたが、犯人の右手にはカットバンが貼られていた。


「放して!」


 岸川さんは精一杯の力で俺から逃れようと暴れている。

 その拍子にキャップが落ち、彼女の顔は露わになり、慌てて右手でキャップを拾おうとするが、ここには居ない筈の第三者の声で、まるで時が止まったかのように彼女の動きは止められたのだ。


「岸川春美さん」


 朝日は右手を上向きに伸ばし、手の平に乗せられたピアスを見せる。


「これ、あなたのですよね?」


 岸川は無感情な目で朝日の手に視線を向けたが、朝日の持っている物が赤い石が付いたピアスである事に気が付き、幸せそうに微笑んだ。


「探してたんですよ。朝日さんが拾ってくれたんですか?」

「はい。どこに落ちていたと思いますか?」


 岸川春美は先程とは違い冷静に話す。


「わかりません。いつの間にか失くしてしまっていたようで……」

「橋本浩二くんが落ちた階段の踊り場です」

「え?……あ、そう。待って!そこにあったから私が彼を落としたと言いたいの? だったら誤解だわ。ピアスをしてる人なら分かると思うけど、キャッチが外れると簡単に取れてしまうのよ」


 岸川は朝日の耳に目をやり、


「朝日さんはしてないから分からないのね。こんな事で人を疑うのは良くないわよ」


 諭すように話す岸川だったが、イライラしている様子は隠しきれていない。


「それだけじゃありませんよ。その指怪我をしたと言ってましたよね?」

「そうよ。まさか、橋本くんを落とした時に出来たと言いたいの? だったら、勘違いよ。午前中に出来た傷だもの」


 朝日は無言で岸川を見つめた。


「何?」

「どうして昨日の帰りはしてなかったんですか?」

「カットバンが取れてしまっただけ。今は貼り直したのよ」


 腕を組み苛立ちを抑えきれない口調で話す。


「カットバンが無かった時、ピアスはしていましたよ。その時に宝物だから、家族と半分個にしたと言ってたじゃないですか。橋本くんの現場にあったピアスが千歳さんの撮影の時にあったんですか?」

 

 黙り込む岸川を朝日はじって見つめていたが、


「岸川さん、あの時と今のあなたは別人ですよね。その指、怪我じゃなくてペンキが着いたのを隠してるんじゃないんですか?」


 朝日の問いかけに岸川は答える事はなく、ただ沈黙が流れる。

 しかし、面苦しく静まり返った空気を破ったのは、岸川の小さな笑い声だった。


「和也の衣装にペンキを着けたのは私よ。広瀬くんが来られないのに、撮影するなんておかしいと思わない? だから、出来なくしたのよ」


 悪ぶれた様子も無く開き直る岸川に、俺は尋ねた。


「橋本くんはどうして?」

「橋本くんは聞いてしまったの」

「聞いた?」


 岸川はその時の事を思い出すように、宙を見上げる。


「そうよ。広瀬くんに、報告したの。ペンキで和也の衣装をダメにしたから、やり直せる筈だったのにって……。それを橋本くんに聞かれた。あの子ね、監督達に報告するって……!」



 11月18日 13時20分


「もしもし、岸川春美です。広瀬くん? うん。それが、衣装をダメにしたけど、撮影続行されてしまったの。はい、ごめんなさい。必ずどうにかするから」

「岸川さん……衣装をダメにしたってどうして?」


 橋本が階段を登ってきている事に気付かなかった。


 【聞かれた?】


 春美は驚いたが、なんとか誤魔化そうとにっこりと笑って、


「何?」

「和也の衣装ダメになったって、白川さんから聞きました。岸川さんがやったんですか?俺、監督に言います!」


 春美は階段を降りようとした橋本の腕を反射的に掴んだ。

 それを振り払った拍子に橋本はバランスを崩して宙に舞う。


『うわぁ!』


 【目があった。

 落ちる橋本くんは私を絶望的な目で見ていた。

 背中を向けてこの場を離れるのよ……。

 血がでてるし、意識は戻らないかも。いや、戻らなければいいんじゃない? こんな事故があったなら、今日は撮影出来ないに決まってる。……運が向いてきたんだ】


 春美は笑いを押し殺しながら、ただ走った。





「余計な事しなければ良かったのよ……」


 岸川は奥歯をギリギリと噛み締め、憎々しげに呟く。


「こんな事バレたら広瀬くんの役者生命終わっちゃう。だから、少しでも黙らせたかった。あの子が悪いの。私は広瀬くんを守ったの!」

「岸川さん、あなたが自分は正しいと言い続けるのなら、第三者にも聞いてみましょう」


 今までの朝日とは思えないほど、抑揚のない言葉に驚くが、彼女の目の奥には怒りが潜み青白い炎が燃えているようだ。


「岸川」

「千歳さん……⁉どうして……」


 千歳は呆れたように溜め息を零した。


「あんなに大きな声で話してたら嫌でも聞こえるわ。私にだけじゃなくね」


 千歳の視線を追い岸川春美が振返った先には、現場にいた殆どの人達が驚いた顔で立っている。中には広瀬海、そして、もう一人の岸川の姿も。


「夏美……」


 岸川春美が双子の妹の名前を呼んだ。


「春美……和也の衣装も橋本くんを落としたのもあなたがやったの……?」


 普段冷静な岸川とは思えない程に動揺して、弱々しい言葉に驚いた。


 岸川に会う度に違和感を感じでいた朝日。

 ピアスをしていない彼女の指にカットバン、している時はカットバンは無かった。そして、春美は右利き、夏美は左利き。

 楽屋の鍵を開ける手も違っていた……。

 何故なら、別人だったから。

 どんなにそっくりな双子でも、考え方が同じとは限らない。寧ろ別の人格なのだから、印象が違って当たり前だ。


「春美!だから、私に着いて来いと言ったの?」

「そう。言ったら反対したよね?」

「当たり前じゃない!だって、こんな事……」

 

 春美は夏美を睨みつけ、


「こんな事? 千歳さんの望みが分からないの?」

「待って。千歳さんが指示をしたんですか?」


 朝日の問いかけに春美は首を横に振った。


「千歳さんに指示されたわけではないわ。でもね、私には分かるの。どんなに広瀬くんを見放した様な態度を取ったとしても、それは千歳さんの本心じゃない。人前ではそうせざるおえないから……。だから、言わなくても私が気持ちを汲み取り、広瀬くんを若手一番にする為にあなたを排除するのよ」


 口角を上げにま〜と笑う岸川春美はこの世に存在しない者の様で不気味だ。


「私は自分の事はどうでもいいの。邪魔をするならみんな排除するしかないわね」


 岸川春美は隠し持っていたナイフを振り上げ朝日めがけて下ろそうとするが、寸前の所で俺が腕を引き朝日から離した。目を血走らせ鬼気迫る形相で岸川春美は再度ナイフを振り上げる。


 凄い力だ……!

 女性の力とは思えない程強い。

 

「夏菜子お姉ちゃんの邪魔する人は許さないんだからぁ!」


 小さな子供が駄々をこねる様に泣きながらナイフを振り回していた岸川春美だったが、監督や町田さんも加わり羽交い締めにすると、階段を降りさせ地面に抑えつけた。


 春美は床に顔を押し付けてただただ泣いている。


「海、あなたが春美をそそのかしたの?」


 千歳の刺すような言葉が広瀬に向けられた。


「え? 違います! 俺はただ悔しいって……」

「それだけ?」

「昨日の撮影出来なくなればいいなって。ただ愚痴っただけなのに、春美さんが勝手にやったんだ……」


 自己弁護を続ける海は千歳の視線から逃げる様に廊下の隅に蹲りブツブツと呟いている。


「俺は悪くない! 勝手に春美さんがやったんだ! それに、本来は俺が演る筈だったんだ……」

「がっかりね」


 千歳は広瀬を拒絶する様に背中を向けると、監督に頭を下げた。


「うちの者が申し訳ありませんでした。ご迷惑お掛けしますが、橋本くんへの対応を行いたいので、本日の私のシーンは後日必ず時間を取りますので、お休みにしていただけませんか?」

「……分かった。またスケジュールを伝えてくれ」


 千歳はもう一度頭を下げると、春美を抱き上げささえる様に立たせ夏美に、


「夏美、今から橋本くんの病院に行くわよ」

「はっはい!」


 二人は春美を両脇で支え、歩いて行った。

 

「午後から妙子、和也が出ていない単発でのシーンを撮るから、準備に入るぞ」


 監督の言葉にそれぞれが答え、準備に入る為に散って行った。

 残された広瀬はまだ現実を受け入れられないようで、独り言を繰り返している。

 

 あぁ。

 広瀬は変わらないんだ。

 いや、変われないんだ……。


 広瀬は自己憐憫に溺れ、これからも誰かのせいにして生きていく。


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