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どん底だらけの俺の世界に自称魔法少女がやってきた。  作者: 夏嶋咲衣


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17.暗雲

数分後救急車が来るとサイレンの音に驚いた監督や町田さん、白川さん、岸川さんが慌てた様子で走ってきた。


「陽向、何かあったのか!?」

「橋本くんが階段から落ちて意識がないので、救急車を呼びました……」


 ストレッチャーに乗った橋本くんを見つめながら、監督は青ざめた顔で呟く。


「どうして……こんな」

「監督、取り敢えず白川が同乗します。白川、よろしく」


 町田さんの指示に白川さんは頷き、橋本くんのストレッチャーの後に続いた。


「岸川さん、事務所に連絡して、橋本くんの親御さんと連絡を取っていただけますか?」

「わかりました」


 岸川さんは廊下の隅に行き、スマホで事務所に連絡して事態を説明している。


「月島さん、大丈夫?」


 廊下に直接体育座りして俯向く月島さんは、俺の問いかけに顔を上げ頷くがどう見ても大丈夫そうには見えない。

 俺は監督に近付き小声でこの後どうするか聞いた。


「監督、月島さんの状態はあまり良くないと思います。この後、俺達はどうしたら良いですか?」


 顎髭を触りながら考えこんでしまった監督に、電話を終えた岸川さんが顔を顰めて事務所の方針を伝える。


「はっきり申し上げますと、千歳さんのスケジュールとしましては、今日の分を終えて頂かないとどこかで歪みが出来てクオリティが低い物になってしまうのではと危惧しております」

「それは、高い物にする為に時間を開けていただく事は不可能だと仰っしゃりたいんですよね?」


 岸川さんは当たり前だと言わんばかりに、熱のない瞳で答える。


「それはこちらの落ち度ではありません」

「待って下さい!橋本くんが怪我をした事が彼の落ち度でだといいたいんですか!?」


 あまりの物言いに思わず口を挟んだ俺の腕を朝日が慌てて引っ張る。


「感情でものを言っても解決しませんよ」

「だけど、橋本くんはそちらの事務所の子ですよね? 心配じゃないんですか?」


 岸川さんは俺の言葉に大きな溜め息をつき、


「立花くんは本気で言ってるんですか? だったら、私の買いかぶりでしたね」

「は?」

「芸能人は自分自身が商品です。商品価値が下がらないようにするのも自身の義務なんですよ。橋本くんはそれを怠ったのではないですか? それなら、自業自得です」


 確かに自分自身を万全な状態にしておく事は義務だ。

 だけど、橋本くんは誰かと一緒にいたんだ。

 ただの不注意で片付けて良いとは思わない。


 黙り込む俺を視線の端にちらりと写した岸川さんだったが、これ以上俺と話しても無駄だと判断したのか、監督に向き直り、


「予定通りに千歳さんの撮影はお願いします。それと、橋本くんのご家族には事務所が連絡を取ってますので、少々お待ち下さい」

「……わかりました」


 監督の返答に満足する岸川さんに朝日が尋ねる。


「岸川さん、ピアス方っぽう失くしてませんか?」


 岸川さんは怪訝そうな表情で朝日を見たが、自分の両耳を見せて、


「宝物だから、家族と半分個にしているの」


 その答えに朝日はこの場には似つかわしくない微笑みで、岸川さんに答えた。


「そうなんですね。ルビーのピアス素敵ですね!」

「ありがとう。では、準備が整い次第スタジオに入ります」


 颯爽と立ち去って行く岸川さんを監督も町田さんも苦虫を噛み潰したような顔で見るしかなかった。


「さぁ、橋本くんの事は白川からの連絡を待ちましょう。監督、月島さんはどうしますか?」

「私、演ります」


 弱々しく立ち上がりながら、月島さんは笑ってみせた。


「月島、君のスケジュールには余裕あるのか?」

「え? あ、はい。今回はメインの1人に選んで頂いたのでマネージャーさんが余裕を持ってくんでくれてます」


 監督は月島さんを労るように優しく微笑み、


「幸いにも放映までは時間があるし、また後日撮るから、今日は家に帰って休みなさい」

「でも……」


 監督の気遣いに月島さんの目からは堪えていた涙がポロポロと零れ出してしまった。

 そして、寄り添うように方を抱く朝日に付き添われながら、月島さんは楽屋に戻っていったんだ。




 13時45分


 朝日と2人でスタジオへと続く廊下を歩いている。

 橋本くんの事件があったからか何だか薄暗く感じ、気分を少し陰鬱とさせた。


「月島さん大丈夫?」

「うん。マネージャーさんにバトンタッチしてきたよ。まだ、顔色悪いけど大分落ち着いたと思う。あの、陽向くん」

「ん?」


 朝日は何か言いかけたが、シャツの裾を掴み話しても良いか悩んでいるようだったが、


「やっぱり、後で話す」


 口角を上げて笑顔を作ってみせるが、多分作り笑いで俺を誤魔化そうとしてるんだ。

 だけど、不思議だ自分に悪意のない仮面には嫌悪感や恐怖は起きない。

 当たり前かもしれないけど……。


「話せる時を待ってるよ」

「うん。待ってて。すぐに話せるから」

「うん」


 スタジオの前に着くと悩んでいた事も消え芝居へと意識が行く。

 

 みんな観にきたんだ。


 何時もより多い人集りに俺は自分の場所を探した。


妙子のシーンを撮る為にみんなが集まるとその中にいた川西さんが、俺を見つけて隣に立った。


「陽向くん、橋本くんの事聞いたよ。階段から落ちたんだって?」

「はい」

「俺達も気をつけないとね〜。ここの階段滑りやすいから」


 川西さんはまるで橋本くんが足を滑らせて落ちたような言い方をした。


「橋本くんは事故じゃないですよ」

「え!?」


 川西さんの声で視線が集中するが、『何でもないよ〜』と川西さんが否定したので、また千歳を交えての打ち合わせが監督と町田さんとで再開したようだ。


「陽向くん、事故じゃないってどういう事……?」

「俺……橋本くんが落ちる前に、声と影を見たんですよ」


 俺の発言にショックを受けた様に言葉を詰まらせた川西さんだったが、ボソッと呟いた。


「千歳ちゃんじゃないよ。陽向くん、千歳ちゃんを疑ってるでしょ? でも、多分その時間は千歳ちゃんの楽屋で俺もご飯食べてたから。聞いたのだって、岸川ちゃんが報告に来たさっきだしね」


 俺は無言で頷いた。

 千歳に視線を送るとセットの中心でイメトレをしている。

 

「では、撮影始めまーす!」


 町田さんの声掛けでみな黙り、千歳に神経を集中させた。


 妙子になっている千歳の周りには、あの日みた蛇はいない。


 今千歳は妙子なのだから……。


 ふと朝日に視線を送るが、横にいる朝日は千歳だけではなく、別の誰かを見ているようだった。


「5秒前!4、3」


 カチンコの音で始まった千歳のシーン。

 

 人としては何を考えているのか分からない人だが、俳優としての彼女は人目を引く存在だ。


 悔しいけど……。

 

 妙子は確かに生きている。

 千歳夏菜子が息を吹き込んだんだ……。


「カット! OK!」


 監督の声で世界はまた元の現実に戻った。


 ありふれたスタジオ。

 『輝く』の世界ではない。


 映像を確認して、今日の撮影は終わりとなった。


「では、明日の入りは予定通りでよろしくお願いします」


 町田さんの一声でそれぞれが撤収作業に入る中、朝日だけは何やら考え込むように立ち尽くしている。


「朝日?」

「陽向くん……違和感分かったよ」


 朝日はにっこり笑って、


「違和感見ーつけた!」


 


 

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