16.休息
軽快なノックと共に月島の元気な声が聞こえた。
「こんにちはー」
「はい!」
と返事をすると、朝日は俺に『後で』と目で合図をして扉を開けた。
「朝日さん、陽向くん一緒にご飯食べませんか?」
「ご飯?」
「はい。撮影が始まるまでに食べておきましょう。今日は松庵だそうです!」
松庵とは老舗の高級和食のお店でロケ弁では、タレント人気が高いお店だ。
月島も例外ではなく好きなよう。
「サンドイッチ弁当と茸ご飯弁当みたいだね」
「そうなんですよ!楽しみです!」
月島は目をキラキラさせて喜んでいる。
「分かった。じゃあ、行こう」
食事どころではないが、二人でただ考えてるよりは誰かと接した方が道が開けるかもしれない。
「やった。行きましょう、行きましょう」
朝日の腕を引いた月島さんの後を追う形で、俺達はお弁当が並べてある休憩室前に行くと数人の人が並んでいた。
机には2種類のお弁当と飲み物が入ったクーラーボックス、そして、焼き菓子が数種類籠に入って並べてあった。
「わぁ。朝日さん、何にします?私はサンドイッチです」
にこにこ顔で朝日に話し掛ける月島さんには、どうやら俺は見えてないらしい。
「陽向くん、何食べるかな?」
気を使って聞いてくれた朝日に質問返し。
「朝日は?」
「私はサンドイッチ」
「じゃあ、俺は茸ご飯にするか」
俺はサンドイッチ弁当2つと茸ご飯弁当を手に取り、
「飲み物とおやつは?」
二人はアイスティーを選び、俺は麦茶を選択。おやつはいらないと言っていたが、フィナンシェを数個掴んだ。
休憩室の中に入ると先客が数人いたが、そんなに混み合ってなかったので、俺達はあまり人に話を聞かれない窓際奥に着席した。
「はい、サンドイッチ。一応おやつも持ってきたよ」
「ありがとうございます!」
月島さんはサンドイッチを受け取ると早速蓋を開けた。
中身は煮玉子サンド、ボンレスハムときゅうりのサンド、ツナポテトサンド、胸肉のピカタ、コールスローが入っている。
「わぁ、美味しそう。いただきます」
月島さんと朝日はきちんといただきますをしてから、サンドイッチに齧り付いた。
さて、俺も食べるか。
俺の茸ご飯弁当は数種類の茸とお出汁で炊き込んだご飯、出汁巻き玉子、肉団子、ほうれん草の胡麻和えが盛り付けられた上品そうなお弁当。
手を揃えて、
「いただきます」
先ずは茸ご飯を一口。
出汁と茸の旨味が生きている。そして、肉団子を一口食べる。
あ、これ照り焼き味だ。美味い。
「チェックして、監督と打ち合わせしたんですが、不安です…」
サンドイッチを弁当箱に置いた月島が溜め息を零した。
「不安って?」
「私、アイドルじゃないですか?」
「そうだね」
「最近まで演技ってしたことなくて、初めて出たドラマも…こんな事自分で言うのもなんですが、可愛いだけ求められて、ちゃんと役と向き合う経験が無かったんです」
自嘲気味に話す月島さんは追い詰められている様にも見える。
「月島さんのしたいようにすればいいんじゃないか?」
「え?」
俺は月島さんの目をしっかり見つめ話を続けた。
「まだ子役になったばかりの時にさ、監督に言われた事あるんだ。『俺が陽向を選んだのはお前が出来ると思ったからだ。なのに、お前は自分で出来ない。って決めつけて、俺の事も否定するのか?』って。まだ子供の俺にそんな難しい事なんて分からなかったけど、妙にすっと納得できたんだ」
「その監督って…」
俺はにっこりと笑い頷き、
「『輝く』の監督小林達也さんだよ」
月島さんは驚いた顔をした後に、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、私がこんな事言ってるってバレたら怒られちゃいますね」
「そうそう。月島さんは自分を信じればいいんだ」
「はい!」
ふっきれた様に晴れやかな表情の月島さんはパクパクとサンドイッチを口に詰め込み、咀嚼して飲み込んだ。
「美味しい!たくさん食べて体力つけないと」
「あぁ、月島さん、口に付いてますよ」
朝日が渡した紙ナプキンで口を拭いながら、
「あ!そういえば、千歳さんの撮影の時間が13時40分開始になりました」
「わかりました」
その後は当たり障りのない世間話などをして、食事を終えた。
「さて、月島さんも準備あると思うし、そろそろ行こうか」
頷く二人は席を立ち各々ゴミを捨て、休憩室をでる。
時計を確認すると13時20分を示していた。
やっぱり早朝から撮影だと1日が長いな~。
俺は欠伸を噛み殺し、眠気を悟られないように、上向きになる。
…あれ?
視線の先には絡み合う2つの影が動いている。
「登り階段に人がいないか?」
「え?」
朝日と月島さんは俺の声につられて二階の踊り場に視線を向けようとしたが、何かが階段から落ちる音と小さな悲鳴が聞こえ、顔を強張らせて硬直した。
「陽向くん…」
「ちょっと見てくる!」
朝日に答えてる間も惜しみ俺は階段へと走り出した。
何かが踊り場に落ちていた。
赤い水たまりが少しずつ広がって、そのモノを包み込むように大きくなっていく。
そのモノが人であると認識した瞬間、背中がスーッと寒くなった…。
「大丈夫ですか⁉」
体を動かさない様に声を掛けながら、周り込んで見たその人物は橋本浩二くんだった。
「橋本くん⁉橋本くん⁉」
俺の声掛けに何の反応も見せない橋本くんはまるで、最初の世界の俺みたいだ。
そうだ…。
まずは救急車を呼んで、それから町田さんに知らせないと…。
自分自身では落ち着いてると思っていたが、そうではなかったと気が付いた時には遅く、朝日と月島さんにこの惨事を見せてしまった後だった。
「きゃあ」
朝日の足にしがみつくようにヘタリ込んだ月島は体を小刻みに震わせて目に涙をいっぱい浮かべている。
「朝日、月島さんをお願い!」
俺はスマホを取り出すと119番に電話して、救急車の手配をした。
第2の事件が起きてしまった…。
犯人の狙いは俺を潰すことじゃなかったのか?
それとも、これは全く別の事件?それとも事故?
ふふふ…
あれ?
何かが聞こえる…。
『笑いなさいよ。あなたはどんな時でも笑わなければいけないの』
冷たい顔…無感情な声…耳に障る笑い声…。
『ふふふ…ふふふ…ふふふ…ふふふ…ふふふ…あはは…あはは…あはは…あはは…あはは…あはは…あははあははあははあははあははあははあははあははあははあははあはは…あははあはは』
嫌だ…聞きたくない…嫌だ…!
俺は掌を両耳に押し当て廊下に蹲る。
あぁ。
もうおかしくなりそうだ…。
ぐるぐると思考の渦に飲まれた俺を現実に引き戻したのは、大きくなったサイレンの音…時は戻ったんだ。
13時25分
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