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どん底だらけの俺の世界に自称魔法少女がやってきた。  作者: 夏嶋咲衣


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15/21

14.動

いつもありがとうございます!

 森林をイメージした公園が今回の撮影場所だ。

 楓やポプラといった木々が深い森を作り、人工的に作られた小さな川や丘がある。季節がら新緑ではないけれど、ドラマの世界観には合っているのではないかと思う。


「今日はここの使用許可を夕方まで取ってるから、一般の方は来ませんのでご安心を。着替えは車でしてもらう事になりますが、すみません」


 町田さんが指を指した車は小型のバンだ。撮影の機材等を撮影チームが先に来て準備してくれる為の車。

 窓にはカーテンがひけるようになってるので、安心して着替えも出来る。


「着替えが済みましたら、朝食のお握りを配りますね」


 町田さんは俺達に衣装を手渡すと監督やカメラさんなどがいる方に走って行った。


「川西さん、先にどうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 衣装を持った川西さんの後ろ姿を見送りながら、視線を送ると朝日の緊張した面持ちが映る。


「陽向くん、なんだか緊張するね…」


 強張った笑顔で笑いかけるが、俺も本当は緊張してる。

 それに、何か失敗すれば、即評価に繋がる。

 そんな事は前の世界で痛い程に実感した。

 怖いさ…。

 だけど、同時にワクワクしてる自分にも気が付いた。


「朝日、俺は精一杯広瀬の代役をやるだけだよ」


 朝日は心配してるんだ。

 俺よりもずっと長い間、記憶がある生活が続いていた。

 それを一人で背負っていたんだ、プレッシャーは半端なかったと思う。


「心配するな」


 こんな一言で朝日の心が軽くなる訳がないのは分ってるが言わずにいられなかった。

 

「うん!」

「立花くん〜、着替えチェンジで!」


 川西さんが車を降りて、俺に声を掛けてくれる。

 メイクはスタジオですませたのだか、少し手直しがあるそうで君島さんが川西さんを呼んだ。


「川西さんが終わったら陽向くんも手直しするね。それから、監督に確認してもらおう」

「わかりました。失敗します!」


 俺は和也の衣装を纏って和也にまた近づくんだ。





「田代はこの木に体を預け、目を閉じセリフの後、体を投げ出し地面に横たわる。それから、和也は膝まで川に使ってセリフ。シャツを脱ぎ投げ捨て空を見上げる。あ、セリフは広瀬くんが後から入れるからどちらでもいいよ」


 監督からの説明を受け、各々軽くやってみた後に、まずは川西さんからテストが始まり、順調良く出来れば撮影開始。


「じゃあ、陽向くんお先〜」


 川西さんは手をひらひらさせて、監督指示の木に向かって行った。

 田代の撮影現場は木々が生い茂っており、まるで自然に溶け込むように、川西さんは木々と一体化しているようだ。

 普段の川西さんの軽目な雰囲気は一切無く、黒い鎧を纏って頑な表情を浮かばせる田代秀一が存在していた。


 凄い…。

 あの人は紛れもなく田代秀一なんだ…。

 負けたくない。

 代役と言われてしまえばそれまでだが、このシーンの和也を任されたんだ。妥協はしたくない。


「カット!OK。本番行こう!」


 監督は町田さんに指示すると、深く椅子に座り直した。


「本番入りまーす!5、4、3」


 2からは指でジェスチャー。本番が開始された。


 ピンと張り詰めた空気を引き裂く様な田代秀一の涙ながらの悲鳴。

 

 俺達はこれが撮影である事を忘れてしまう程に視線を奪われ、監督のカットという声で漸く現実世界に引き戻されたんだ。


「どうですか〜?」


 にこにことカメラチェックに来た川西さんにはもう田代秀一の姿は欠片もない。


「…川西さん、凄かったです…」

「本当?ありがとう」


 俺は両手の平をギュッと握りしめて、言葉を絞り出す。


「俺、頑張ります」


 川西さんは驚いた様に目を見開いたが、俺の肩を叩くと、


「しっかり見てるよ〜」


 と言いながら、監督と共にチェックに入った。


「陽向くん、少し小鼻がテカってきたからパウダーするね」

「よろしくお願いします」


 君島さんは粉をはたいた後、少し髪を直していく。


「はい、OK。次は君の番だよ」


 ニコッと笑いながら、俺の背中を押した。


「監督、陽向くん準備OKです」


 チェックを終わらせた川西さんも監督の斜め後ろに座り、俺に親指を立てた。

 大きく頷く俺。

 右足を出しゆっくりと川に入った。


「テスト入りまーす!」


 町田さんの声で和也としての生活が始まる。 


 周りに傷付けられた和也が、その全てと戦う事に決めたシーン。

 ボロボロになった自分を脱ぎ捨てる。

 水の中に落ちた衣装はゆっくりと沈んでいく。

 そして、空を見上げた。


『明日はきっとくるんだ。僕が諦めなければ』


 後から広瀬が声を入れる事は分っていたが、思わずもれたセリフと共に涙が溢れた。


「カット!OK!…陽向、これを本番にしよう」

「え?監督?」


 俺は慌てて川から出て監督のところまで駆け寄る。


「陽向くん、俺も監督に一票!」

「へ?」

 

 監督は先程撮った映像を見せながら、


「陽向、よくやってくれた」


 穏やかな監督やみんなの顔を見て芝居を認めて貰えた感じがした。


「とんでも無いです…。ありがとうございます!」


 やって良かった…。

 これで、完全に千歳に目を付けられたと思う。

 でも、それよりも今は闇から這い出たような清々しい気持ちが心を占めていた。


「さぁ、女性陣の撮影もありますし、撤収してスタジオに戻りましょう」


 町田さんの1言で各々が撤収の準備を始める。


「川西さんは今日の撮影終了ですが、先に送らせましょうか?」


 町田さんに聞かれた川西さんは顎に手を当て少し考えていたが、頭を左右に振った。


「千歳ちゃんに観せるって言ったし、俺も一緒に行くよ」


 千歳の名前に反応したのか、町田さんの顔が少し雲った。


「大丈夫。千歳ちゃんだって役者だ。間違った判断はしないと思うよ〜」


 町田さんは大きく頷き、自身も撤収の準備に向かった。

 川西さんはその姿を見送っていたが、ふいに俺の方を見た。


「陽向くんさ、うちの劇団の芝居に参加しない?」

「え?」

「もっと陽向くんの他の芝居も観てみたいんだよ。まぁ、オーディションを受けてもらう事にはなるんだけど、どうかなぁ?」


 川西さんと舞台に立てるチャンスなんて、前の時にはなかった。


 一緒に舞台を作りたい…。


「やりたいです!是非オーディション受けさせて下さい!」


 俺は深く腰を折った。


「嬉しいな~。じゃあさ、マネージャーから事務所に連絡させるね」

「はい!よろしくお願いします!」


 小西さんは俺の背中をポンポンと叩くと車に向かって歩いて行ったんだ。


 時刻は10時10分。

 早朝からの撮影で眠い筈だが、アドレナリンが出ているのか、頭は妙にスッキリしている。

 この後はスタジオに戻って、千歳と一悶着起きるかもしれないので気分は重いが監督達に任せるしかない。

 俺は俺のやれる事をしただけだから。


 それに、クエストをクリアーする為にはこの嫌がらせの犯人を見つけないといけない。


「陽向くん、出発するって」


 朝日が俺に近付き声を掛けてくれた。


「了解!」


 クエストタイムリミットまで後 約2日と20時間

  


 


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