13.出
いつもありがとうございます!
白川さんが急いで買ってきてくれたペンキの蓋を開け、俺は持っていた刷毛をペンキの缶に突っ込んだ。
濃度の濃いシンナー臭さが漂ったが、スタジオの裏庭に移動したので、室内とは違い少しはましだった。
「待って!」
刷毛を持ち上げようとしたら、町田さんの声がし俺はもう一度刷毛をペンキ缶に戻した。
「どうしましたか?」
「いや、本当に大丈夫ですか?事態が悪くならないかな?」
躊躇いがちに町田さんは俺に聞いてくる。
「町田、このままじゃ埒が明かない。陽向の発案で試してみようと話したろ」
監督の言葉に町田さんは深く頷き、
「そうでした。陽向くん、よろしくお願いします」
「はい。やってみます」
刷毛を持ち上げるとシャツに直接押し当てるのではなく、刷毛を払いペンキを飛ばしていく。
飛沫の様に飛んだペンキはシャツを不規則に染めていき、血が飛んだようにも見える。
慎重にけれども大胆に作業をこなさなければならない。
この場にいたみんなは息を飲んで俺の手元に集中していた。
「まずはこんな感じでどうでしょうか?」
もう少し、ランダムに増やそうだとか、垂らしたペンキを指で掠れさせようだとか、それぞれが意見を出して、和也の心情を表していく。
「OKだ…」
唇から溢れるように流れ出た監督の言葉に、俺達は映画の成功を感じた。
「監督、俺の衣装もこんな感じで作ってよ」
いつの間にか加わっていた、小西翔太さんが彼にしては真面目な顔で言った。
小西さんの役は、ヒロインの妙子に嵌っていくが思い通りにいかず、ボロボロになるが再起する田代秀一だ。田代秀一は黒い暗闇から見た光である妙子を手に入れる為に自ら傷付きながら、しかし、光さえも捨て進む。
「こちらからお願いしたいと思っていた。四人のメインに共通点を出したいし」
「和也だけが目立ってしまう。でしょ?」
小西さんは目をくりくりさせてイタズラっぽい笑みで、監督の言葉に被せた。
「そうなんだ。衣装作業とイメージ作り、ペンキを乾かす時間が二時間程必要になるから、タイムテーブルが押してしまうが…」
「俺はOKだよ。和也みたいに話し合って作り上げるの好きだな。ま、俺は舞台出身だからさ」
小西さんは大学に在籍中にサークル仲間と作った劇団で主演を努めていたそうだ。
「スタイリストちゃん戻ってきた?」
町田さんは頷き、
「はい。衣装はこのまま使うと伝えたんで、衣装ルームにいるはずです。白川、多田に川西さんの衣装確認して持ってくるように伝えて」
「はい。わかりました!」
白川さんは局の中に戻って行った。
暫くすると小西さんが俺の横に座った。
「立花くんはさ、千歳ちゃんと仲悪いの?」
言葉に困って苦笑いを浮かべた俺に川島さんは察したように「まぁ、色々あるよね」と独り言のように呟くとふんわりとした笑みを浮かべた。
朝日は町田さんの指示を受け、白川さんの補助にもまわってるみたいで今はこの場にいない。
あぁ。
今の俺は本当に朝日に知らず知らず頼っているみたいだな。
「千歳さん怒りますよね」
「まぁ、怒るだろうね。それを沈めるのも監督の仕事だよ。監督は納得しているだろうしね。あ、白川ちゃん戻ってきたみたいだよ」
川島さんの視線の先を追うと白川さんとスタイリストの多田さんが川西さんの衣装を持って小走りでやって来た。
多田さんは170㎝の男性で白川さんと並ぶとまぁまぁ身長差がある。
「監督、田代秀一の衣装です。来るときに白川さんに概ね聞いたんですが、この黒シャツを白ペンキで色をつけ胸元を破く形であってますか?」
「そうだね。黒い闇が白という光に侵食されたイメージでいきたいんだ」
多田さんは俺の衣装も確認して頭を整理しているようだった。
「なるほど。男性キャストはこちらの路線で、翻弄する女性キャストは自分の意思を貫く人に左右されないぶれない真っ直ぐさを…」
「あ、ちょっと良いかな」
川西さんが手を軽く上げる。
「秀一の心情を表すのなら胸元は激しく破って欲しいかな。監督どうですか?」
監督は考えるような仕草をしたが、大きく頷き、
「よし、先ずはシャツを破ってみよう。白ペンキを買い出しに行ってくれている朝日さんがもうすぐ戻って来ると思うし、直ぐに彩色できるようにしておこう」
監督の言葉で各々が自分の作業をし始めて暫くすると、朝日がペンキを抱えて帰ってきた。
「戻りました」
「ありがとう!お疲れさま」
町田さんは朝日からペンキを受け取り、多田さんと川西さんが作り上げていっている場所に足を向けた。
「そうだ、領収書は白川に渡して清算してください」
「わかりました」
「監督、千歳は今日ばらしでよろしいですか?」
千歳の命令だろう。岸川さんが監督にスケジュール確認をしに来た。
「ちょっと、岸川ちゃん来てよ」
川西が訝しげに眉間に皺を寄せる岸川さんに手招きをした。
「凄い臭い!ここで何してるんですか!?」
岸川さんの批難の表情に川西さんは気付いてないようで、自慢気にシャツを見せた。
「じゃ~ん。田代秀一のラストシーンの衣装だよ。和也とイメージに合わせて作ってるんだ」
岸川さんは横に並べて干してある和也の衣装をちらりと見て、不満気に尋ねてきた。
「まさか、千歳さんにもこのペンキべったりの衣装に着ろという気ではないですよね?」
「ダメ?」
岸川さんは激しく頭を横に振り、
「ダメに決まってます!千歳さんの体調が悪くなったらどうするつもりですか?」
「女性陣は衣装変わらないそうだから安心して。千歳ちゃんには監督が話すみたいだから、楽屋で待ってたら?」
これ以上文句は言わせないとでも言うように、川西は笑顔を浮かべ話を切った。
「監督が来る必要ないわ」
「千歳さん!」
岸川さんは慌てて千歳の所に掛けよった。
「岸川、衣装が変わったの?」
千歳は田代と和也の衣装を見て尋ねる。
「千歳ちゃん、田代秀一の衣装は俺が望んで変更してもらった。見て」
川西さんはまだペンキ臭い衣装を千歳によく見えるように手にした。
「ぐんと良くなったと思わない?」
衣装を無表情で見つめた千歳は呟く様に話す。
「本当にあなたが望んだの?和也の衣装がダメになったから、優しいあなたがあわせたんじゃなくて?」
「違うよ。千歳ちゃんには分かると思ってたんだけどな」
一触即発のピリピリとした空気が二人に流れた。
「俺はね。ワクワクしてるんだよ。久しぶりに本気で作ってみたくなった。ねぇ、千歳ちゃん。君の撮影時間までには戻ってくるから、待っててよ。それで、俺達のシーンを見て判断してよ」
川西さんらしからぬ真剣な目に千歳も少し動揺しているようだったが、
「分かったわ…。岸川、行くわよ」
くるっとしなやかな黒猫の様に背を向けると、俺達の元を去って行った。
「さぁ、準備も出来たし行こうか!」
監督の声に弾かれたように俺達はまた動き出したんだ。
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