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うっかり神獣を殺したら軍を追放されてしまった俺。でも神獣って生け贄とかで人間食べてるし、よくよく考えればただの害獣だよな?

作者: 三兎りあん

「グレン・ホーチマー、本日をもって貴様を帝国軍から除名する!」


 ちょうど今朝のことである。上司の怒号で軍を追放された。


『やっぱり、こうなるか』


 俺は速やかに軍服を脱いで、基地の門を出る。覚悟はしていたが、今日から無職か。……結構堪えるな。これでも10年、真面目に従軍してきたのにな。ちょっとミスしただけで首かよ。これだからお役所仕事ってのは、血も涙も寛容もない。


「あばよ、帝国軍! 二度と来るか、こんなところ」


 俺は捨て台詞を口にして、街へと向かう。


「先輩!」


 背後から無職の俺を引き留める声が聞こえる。振り返ると、後輩のキリが息を切らしながら走ってきた。いつも冷静沈着で“クール美少女のお手本”と呼ばれ、男女両方から慕われる彼女が一体無職に何のようだ?


「どうした、キリ。お前に金借りたおぼえはないぞ」


「頼られても貸しません。そうではなくて、その……」


 キリは自慢の黒髪を指でクルクル巻いている。俺はコイツの教育係として、入隊したときからずっと面倒みてきた。顔には全く感情を出さない代わりに、コイツは仕草で色々とヒントをくれるのを俺は知っている。


『この場合は、“何か言いづらいことがある”だろうな』


「……まずは、ご勇退おめでとうございます」


「めでたくねぇよ。22で無職なんだぞ」


「それも、そうですね。……あの、先輩今夜空いてますか?」


「今夜どころか一日中暇だ」


「だったら、飲みに行きません? 先輩のお別れも兼ねて」


 キリは酒にめっぽう弱い。昔入隊式ではじめて飲んだときは、一口で顔を真っ赤にしてぶっ倒れていた。そんなコイツが他人を酒に誘うはずがない。


『キリのような良い後輩を持てたことが、俺の唯一の幸運だな』


「いいねぇ。もちろん奢りだよな?」


「仕方ないですね」


 キリは若干口角が上がっていた。俺の方が得するのに、なんでそっちが喜んでるんだ? まあ、“鷹の目”にも涙ってことで気にしないでおこう。



 ◇



 日が暮れて、キリの勤務も終わった頃。俺たち二人は馴染みの酒場で飲み始めた。また一口で倒れる姿を期待していたが、キリは酩酊状態でなんとか堪えている。


「先輩、いつかやらかすと思ってましたけど。よりにもよってまさか、“神獣殺し”だとは」


 俺が軍を追放された理由、それは任務中にうっかり神獣を殺してしまったからである。神獣は神の御使いと崇められている存在であり、触れるどころか近づくことすら恐れ多いとされている。何なら、この国は教会の力が強大なのもあり、神獣に不敬を働いたら極刑という暗黙の掟すら存在する。


 政教分離、私の焦がれる言葉です。


「任務中かつ人命救助のためだから、なんとか除隊で済みましたけど、後先考えないその性格直した方がいいですよ」


「いや、神獣っていうけど特徴なさ過ぎだろ。通常個体の瞳が青色なのに、神獣は赤。それにちょっと体がデカいだけってトラップにもほどがある」


 もっと分かりやすくしといてもらわないと。額に神獣って書いておくくらい。


「ちょっと、じゃないですよ。ホーンラビットはせいぜい子犬程度。一方、神獣“白兎ハクト”は10メートル越。一目で分からなきゃ祀られません」


「あのときは距離があった」


「ドライアイでとうとう目腐りました? 遠近法じゃ説明つかないサイズ感です」


 コイツもずいぶんと酒に強くなったな。普段と変わらない毒舌だ。


「ほら、雪で視界も悪かったしさ」


「急所を的確に一撃、は出来るのに?」


「……お前は尋問官か?」


 当時の嫌な記憶が思い出される。犯罪者じゃないのに牢屋で監禁されたあの屈辱、教会の人間たちの訳の分からない妄言に耐える日々。忘れてやらねぇからな。


「というか、たしか神獣って喋るんですよね? 先輩は何か言われなかったんですか?」


「……さあな。吹雪で聞こえなかった」


 思い出したくもない記憶。早く忘れよう。



 ◇



 かなり酒が進んできた。俺もほろ酔い加減になってきた。キリはテーブルにぐったりと倒れながらもジョッキは離していない。


「先輩ー、これからどうするんですか?」


 ろれつも怪しいこの少女が、軍ではクールビューティな高嶺の花と呼ばれているとは、この場の誰も思うまい。


「とりあえず、田舎に帰るかな」


 他に行くあてもないし。思えば、軍に入ってから一度も帰ってない。


「故郷に錦は飾れませんけどねー」


「“神獣殺し”は称号にならない?」


「本当、軍人で良かったですね。普通なら今頃打ち首です……よ」


「キリ?」


 俺の言葉に、キリは寝息で返答してきた。すやすやと実に心地よさそうな顔である。こうしてみると、年相応で可愛らしいのに。


「おーい、“鷹の目”さーん」


「……ん」


 体を揺さぶっても、起きる気配がない。


「奢りって話はどこいったんだか」


 仕方ないので、俺はキリを背負って酒場を出て行く。



 ◇



 翌朝、俺は山道を走っていた。俺の故郷はそこそこの田舎だ。こうして朝から晩まで走り続けても、一週間はかかる。そりゃ、10年間一度も帰りたいと思わないわけだ。


「で、なんでお前もついてくるの?」


 隣では、キリが並走していた。昨夜、軍の女子寮に送り届けたときには酔っ払って寝ていたはずなのに。なぜか街の出口で俺を待っていた。


「有給溜まってたので。先輩の故郷、たしか温泉で有名でしたよね?」


「観光かよー、良い身分だな」


「エリート街道まっしぐらの帝国軍人ですので」


 誇らしげな敬礼。めっちゃムカつく。俺は魔力をさらに足に込める。


「先輩、早すぎます! もっと後輩を労ってください」


「うるせぇ! 二日酔いが指図するんじゃねぇ」


 馬よりも疾く。俺の弾丸帰省はさらに加速した。



 ◇



 俺の故郷 リコルは、温泉で栄える観光地である。住むにはあまりにも不便な立地が、観光客には非日常感を与えているようで秘境として人気が高い。田舎の割には栄えている、そんな印象が強い村なわけだが。


「どういうことだ?」


「誰も道を歩いていないし、お店も全部閉まってますね」


 俺たちが目にしたのは、活気が一切ない光景だった。


「観光業一本じゃいずれ廃れるってあれだけ言ったのに……」


「栄枯盛衰ってやつですね。とりあえず、先輩のご実家にお邪魔しましょう」


 キリと一緒に実家に戻るが、もぬけの殻。


「先輩、誰もいません」


 キリが神妙な顔でこちらを見る。


「大丈夫だ、元からいねぇ」


「そういえば、唯一の肉親のおじいさまが亡くなったのをきっかけに、軍に入隊したんでしたね」


「その通り。ようやっと一息つける」


 俺は荷物を放り投げ、ソファにだらしなく身を投げる。


「先輩、勝手気まま過ぎません?」


「俺の家だぞ。お前もくつろげ。寮で窮屈な暮らししてんだから」


 キリは近くの椅子にお行儀良く座る。俺しかいないのに、何緊張してるんだか。俺は目を閉じる。このにおい、久しぶりに帰ってきたはずなのに、頭が自然と懐かしさを覚えている。


『郷愁なんて、軍にいたときには頭によぎることすらもなかったのに』


「にしても、変だな。あまりにも静かすぎる」


 まどろみの中で、思い出した記憶。客の呼び込みの声と、人々の雑踏。こんなに静かなリコルを、俺は故郷と思えない。


「聞き込みでもしてみます?」


「そうだな。なら、アイツに聞くか」


 俺は立ち上がって、早速隣の家にお邪魔する。呼び鈴を鳴らして出迎えてくれたのは、幼馴染のお母さん。親がいない俺のことをいつも気にかけてくれた優しい人だ。記憶の中と比べると、かなりやつれているように見える。


「……もしかして、グレンちゃん?」


「お久しぶりです。ローラいます?」


 その言葉で泣き崩れるローラのお母さん。


「先輩?」


 キリはそっと肩を貸して寄り添い、すかさず俺に懐疑の目を向ける。天然の人たらしの片鱗を垣間見た。


「……とりあえず、何があったか聞かせてもらえませんか」



 ◇



 ローラのお母さんが、涙ながらに語ってくれた。5年前、突然村の近くに神獣“大蛇オロチ”がやって来た。最初は湯治のために来たといっており、村をあげて丁重にもてなしていた。するとある日、ここに住むと宣言。


 はじめは村人も喜んでいたが、条件として1月に一人若い娘を生け贄によこせという。神獣の言うことは、絶対である。もし、断ったらどんな厄災がもたらされるか分からない。矮小な人間は嘆くことしか出来ないのだ。


 どうやら、俺の故郷はいつの間にか闇の大地に変貌していたらしい。人がいないのは観光客がいなくなっただけではなく、実際に村人の数も減っていたのか。事情は分かったが、やっぱり神獣ってクソだな。


「……ローラは、もういないんですね」


 俺の言葉に、お母さんは首を振った。


「今月の生け贄が、ローラの番なの。今ちょうど大蛇オロチ様のところへ向かっているはず」


 俺は気付けば走り出していた。悩む暇どころか、考える暇もなかった。神獣なんぞに、アイツが殺されていいわけがない。


「先輩、どうする気ですか!?」


 後ろからキリの大声が聞こえて、我に返る。


「なあ、神獣って一匹殺したのなら二匹殺すのも同じだろ?」


 俺は、正常な思考で呟いた。


「というか、人間食うのなら害獣だよな?」


 キリの答えを聞くまでもなく、俺の腹は決まった。



 ◇



「なるほど、アレが例の神獣か」


 大蛇オロチは、山の開けた谷で大きなあくびをしていた。それぞれ軽く10メートルを超える8つの頭と8本の尾に、血よりも濃い色の真っ赤な瞳。背中の部分には草木や苔が生い茂り、腹部は血でただれている。俺たちはその様子を、横の山からこっそり窺っていた。


「8本の首を持つ怪物。なんか腹から血流れてるし、ちょっとキモいな」


「それより大きさに触れましょうよ。で、どうやって倒すんです?」


 正直一人ではきついだろう。以前倒した白兎ハクトよりも明らかに手強い。だが、隣には頼れるやつがいる。


「キリ、手伝ってくれるか?」


「“神獣殺し”を、先輩一人で名乗ってくれるのなら」


 この場で一切物怖じしないのだから、頼もしい限りである。俺は手短に作戦を伝える。といっても、そんな立派なものじゃない。その場のアドリブでいくらでも変化しうるレベルのものだ。


「ローラが来る前に終わらせるぞ!」


「了解です。長引かせても勝ち目なさそうですしね」


 飛び出した勢いそのまま、俺たちは斜面を駆け下りる。


「オロチ! その首もらうぞ!」


 いきなり正面に現れた人間二人を認識するのに、オロチは数秒要する。無理もない、神獣とは実質的な食物連鎖の頂点。天敵も外敵も存在しないのだから、戦闘経験が根本的に浅いのだ。接敵の対処法なんぞ知るわけがない。第1ステップは、完璧。俺がオロチと正対し、なおかつヤツの全身が捉えられる位置につく。


「なんだ、貴様らは?」


 あいにく、こちとら問答をしに来たんじゃなくてな。俺は間髪入れずに第2ステップに移行する。俺はただの剣士だし、魔術の腕はそこそこ。こんな怪物に戦いを挑むなんて、冷静に考えれば愚行でしかない。しかし、俺は一つだけ自信のあるものがある。


 それは、“目”だ。


「魔眼、投錨とうびょう


 魔眼、先天的に魔術が一種類以上刻まれた瞳のこと。魔力を集中させることで、その魔術を即座に発動させることが出来る。


 俺の場合は“固定”の魔術。視界に全身が入っている正面の相手一名を、問答無用で拘束するものである。


 魔眼は、一切の修練なしに一流レベルの魔術を行使できるメリットがある一方で、使用者の実力以上のスペックを発揮するがゆえに体に大きな負担をかけたり、魔力効率が極端に悪かったりするデメリットが存在する。俺の場合は後者、固定は一分間が限界だ。加えて、その間瞬きをしてはいけないというのも結構きつかったりする。


 瞬きするともう一度魔眼を起動させなければならないため、さらに魔力を食ってしまう。我ながら、なんとタイマンに不向きな力だろうか。


『だが、今日は運が良い。もう一人来てるんだから』


 俺が魔眼を発動させた瞬間、キリが地面を蹴って飛び上がる。いよいよ、仕上げの第3ステップだ。



 ~~~



「先輩が魔眼で固定したとして、私はどこを攻撃すれば?」


「神獣といえど、魔獣であることに変わりない。ならば、弱点は一つ」


「“龍穴”ですね」


 龍穴とは、魔力を生み出すいわば心臓。魔獣が生存するためには必要不可欠な器官であり、対魔獣戦では急所として最優先で狙う場所だ。種族によって位置も大きさもバラバラで、何なら個体差もある。そのため、急所ではあるが狙うのは至難の業とされている。


 しかし、この龍穴探しこそ俺の一番の得意分野なのだ。軍で俺の右に出る者はいなかったほどに。狩りで培った観察眼による賜物だろう。


「オロチの龍穴は、左から3番目の眉間だ」



 ~~~



『先輩がつくってくれたチャンス、ここで決める!』


 宙に高く飛んだキリは、大きく槍を振りかぶる。彼女の二つ名は“鷹の目”。その由来は正確無比な槍による投擲攻撃。100メートル離れた場所からでも、命中させるのだ。止まった敵なんて、目を閉じていても当てられる。オロチの顔面にキリの朱槍が真っ直ぐ突き刺さる。


「ば、馬鹿なあああ!!!」


 オロチは天が割れるような断末魔とともに、灰のように散っていった。


「やっぱり、所詮は魔獣だな」


 龍穴を貫かれたら、どんな生き物でもこうなる。まあ、あんなバカでかい化け物の死骸なんてどう処理したらいいか分からねぇからな。


 魔力反応が完全に消え去った。オロチの消滅を確認した途端、どっと体に疲労がやって来る。そういや、リコルに着くまで走り詰めだったな。俺が仰向けに倒れようとしたその瞬間、背後から誰かに抱きつかれる。魔眼を使った直後は、視界がぼやけるから顔がよく見えない。だが、懐かしいにおいがした。


「……もしかして、ローラか?」


「うん。グレン、おかえり!」


 後ろの幼馴染は、声が震えている。


「相変わらず、泣き虫なのは変わってないな」



 ◇



 俺とキリは、帰り道でローラに事の顛末を説明した。太陽に照らされた金色の髪は、昔よりもずっと綺麗に輝いていた。かれこれ10年振りか、ずいぶんと大人らしくなったな。


「そっか、二人があの怪物を倒してくれたんだ」


「いえ、先輩が一人で倒しました」


「本当に俺へ全部押しつけるつもりか? ラストヒット、どう考えてもお前なのに」


「……私は脅されて仕方なくやりました」


 俺は無言のプレッシャーをかけるが、いつもの如くすまし顔でスルーされた。


「ふふ。グレンも昔はただのやんちゃ小僧だったのに。今は立派な軍人さんだもんね」


 俺とキリの間に気まずい沈黙が流れる。


「……当たり前だ。俺は、神獣をも恐れぬ勇敢な戦士だからな」


「知ってるよ。だって、グレンは私のヒーローだもん」


 ローラは屈託のない笑顔で、こちらを見ていた。


「おい、貴様! “神獣殺し”ではないか?」


 向こうから、黒の修道服に身を包む男が三人やって来た。


「はて? なんのことでしょう、神父サマ」


「とぼけるな。私は貴様の尋問を担当したのだぞ。その顔、忘れるわけがないだろう」


 まずい、全然覚えてない。ここは話を合わせておこう。


「里帰りくらい誰でもするでしょ? 責められる謂われはないですよ」


「確かに、貴様はリコルの出身と調書に書いてあったな。まあ良いだろう。この土地には、現在神獣“大蛇オロチ”様が居られる。私たちはこれからご挨拶に伺うが……くれぐれも、妙なマネはするなよ」


 この神父の発言は、忠告というより脅しだった。神父たちが離れたのを確認して、俺はキリに耳打ちする。


「どう思う、この状況?」


「逃げましょう、今すぐ」


 意見が一致して何よりである。あの堅物神父なら、大蛇オロチがいなくなったのは俺の仕業などと因縁つけてくる可能性が高い(名推理)。


「ローラ、ちょっと軍の用事を思い出したから帰る。またな!」


「あ……! ちょっと」


 ローラが何か言いかけたが、俺は振り返らず走り出す。


「今度こそは、ゆっくりと温泉入りたいですね」


「だな」


 俺とキリは互いに顔を見て笑った。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけますと嬉しいです!


皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非協力よろしくお願いいたします!

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