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神念  作者: 三屋城 衣智子


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1/3

前編

 神は、人にこそ宿っている。




「くそっ、どいつもこいつも腐ってやがる!」


 薄暗い部屋の中で、パソコンのモニターだけが煌々としている。壁一面には天井までつかんとする本棚がずらりと並び、タイトルは明かりが乏しいせいで読むことができない。その中で机に喰らいつくようにして、男が何事かブツブツと唸っていた。


孝也(たかなり)? お夕飯出来たわよ」


 コンコン、というノックと共に高齢の、母親らしき人が声をかけた。


「わーってるよクソババァ!! 今行くからあっちいってろよ」


 ぞんざいな返事をする男に、彼の母親は困り顔を見せながらも言葉にすることはせず、その場を離れる。


「くそっ、どいつもこいつも邪魔しやがって」


 怨嗟の音が部屋を空虚に塗り替えていく。男は行くと言った場所へと足を向けることなく、またカタカタと一心不乱にキーボードを鳴らすのだった。


 ※ ※ ※


 インターネット某所。

 @kotobagami:小説だぜ! から離脱します。ここはもう理想郷ではなくディストピアだとわかりました。いる意味がありません。

 @gakusei:お疲れ様でした。

 @shakaijin:お疲れ様でした。


「……引き止めねーのかよ。ふん、まぁいいさ。この小説の凄さをわからねーやつなんざ、底辺だ」


 男――孝也はSNSに書き込みながら、なおも何かを呟いていた。画面を見ると、どうやら交流サイトらしく彼のハンドルネームである「言葉神@kotobagami」以外にもチラホラと名前が見える。

 この書き込みと独りごちた事を合わせるに、どうやら彼は書いた小説を「小説だぜ!」というインターネットの投稿サイトに載せていて、この日作品をその場所から引き上げたらしかった。夢破れた、といった体だろう。

 悪態をつきながら孝也は次に、届いたメールの確認をしようとふっくらとした手でメールソフトを立ち上げる。するとそこに、新着のお知らせを見つけた。


「ん? メールが来てるな、なんだ?」


 開いたメールには、書き手募集、という見出しと本文の中にスカウトという文字がある。彼はいよいよ自作品が書籍化か?! と飛び上がらんばかりに喜んだ。だが読み進めるとそれがミスリードであるということがわかった。

 よく読んでみるとスカウトと言っても小説家としてなどではなく、新設のサイトであるからアカウントを作る人を集めている、という程度でしかないらしい。


「くそっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって」


 本来なら俺が周りの奴らを馬鹿にする立場なのに、孝也はブツブツと言いながら親指の爪を噛み画面を睨んでいる。だが読み進めているとそのサイトは今まで登録したことのある場所とは違って、無料で配られる持ちポイントもあるが、さらに課金ができる仕様のサイトであるらしかった。


「……金か。あればまずは読んでもらえるのか。ちょっとくらいなら……俺の作品で回収できるだろ」


 大抵の人にとって安易で危険な考えだろうそれは、けれど彼には僥倖に思えた。何しろ、作品の質は驚くほど高いのである、それこそ大手出版社から声がかかる予定である。早速そのサイトへ作品をアップし、他の作者の作品へ読みもせず簡単な感想と課金で得たポイントを投入してその日はパソコンの電源を落とした。


 ※ ※ ※


 H県H市。長閑な、山間の町である。孝也は五十歳にして父親の介護のため都落ちして帰ってきていた。その父親もひと月も介護することなく数年前に亡くなり、今は八十間近の母親と二人暮らしである。収入は母親の年金と、少し離れた場所にあるスーパーでパートとして働いた分の賃金。彼はその脛を齧りながら、たまに川で拾った流木をフリマアプリで売ったり、近所の農家の臨時アルバイトをして自身の小遣いを得ていた。

 家にお金は入れていない。自分の労働力を目当てに呼び戻したのだから、養うのは当然だと思っているらしく仕事にはついていなかった。また、大志を抱き実現せんとしているからして、それを応援するのは親の役目だとも考えているようだ。

 大志とは何か、ここで少し説明しよう。彼の大志とはすなわち小説家になるということである。それもそんじょそこらの小説家ではない、芸術的な、古の文学たらしめんとしていた時代の文芸的小説を書いて、世間に知らしめる小説家だ。

 これは天命に近い、と彼は考えているらしかった。

 昔小説家になるといえば、手書きの原稿を出版社の賞に郵送するか、出版社へ直にアポイントメントを取って、持ち込んで見てもらうことが主流だった。今現在ではそれをしている出版社はほぼなく、メインはインターネットを媒介としてのやりとりが主である。それはつまり、小説を載せるサイトがあり、そこで公開した作品をそのまま出版社の賞へと参加させることができるということだった。勿論今も出版社独自の賞は別にあるが、それもまたメールフォームから作品のデータを送る仕様へと様変わりしている。

 さておき。孝也は小説家を目指しているが、一般の賞には箸にも棒にもこれまで引っかかることができなかった。だので活路をウェブへと見出しているようだ。

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