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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
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6.勝手な家族たち

 亮弥は気づいているのかもしれないと思った。早苗が車での送迎を面倒だと感じていることを。


 都内に住んでいた頃、早苗が車を使うのは、スーパーやデパートでの買い物と、塾帰りの亮弥を駅周辺で拾うくらいだった。どれも大した距離ではないし負担には感じなかった。家事もマイペースでできた。しかしここで生活するようになってからは全く違う生活となった。


 朝五時に起きて京弥と亮弥の弁当を作り、六時前に起こして朝食を食べさせた亮弥を駅まで送って、家に戻ると一息つく間もなく京弥の朝食だ。京弥が出勤したら朝食の片付けだけして車で病院へ。京一郎から洗濯物を受け取りしばらく話すと家へ戻り掃除洗濯。その間に弥栄子からああでもないこうでもないと連絡がきて家事中断、やっておきたいことを諦めさせられたり、車を使う用事を言いつけられたりする。午後には再び京一郎を訪ね、夕方から夜にかけてのどこかの時間に亮弥を駅まで迎えに行く。車のエンジンをかけない日があるとしたら、日曜日くらいなのだ。   


「送って行くし、迎えに行くから」


 早苗は自分の強い意志が通じるように、はっきりとした口調で言った。言ったと同時に、これでは亮弥に自分の考えを押しつけているようでもあるなと思った。でも徒歩などさせたくないのだ。亮弥から返事はない。無言の時間が過ぎる。なん秒待っても返事はなかった。

 亮弥は帰宅するまで、そのまま無言であった。





「亮ちゃ~ん。お帰りなさ~い」


 車の到着を待ち構えていたかのように、弥栄子が自宅玄関の前に立っている。弥栄子は駐車した車の後部座席のドアが開くと、少し高めのかわいらしい――早苗には気持ち悪い――声音で、孫の亮弥に話しかけた。


「ただいま」


 車から出た亮弥は、弥栄子の顔も見ずに低い声でボソッとそれだけ言うと、先程の早苗のように乱暴気味に車のドアを閉めて、素早く自分の家の方へ立ち去った。車を降りた早苗は弥栄子に近づく。


「すみません。感じ悪くて」

「中学生の男の子でしょ。あんなもんよ~」


 弥栄子は亮弥のあのような態度を怒らない。弥栄子の性格からいって、『祖母にあんな態度を取るなんて母親の躾が悪い』と怒りそうなものだが、弥栄子は早苗に亮弥については一切文句も言わなかった。亮弥を気に入っているし、かわいいのだろう。


 そう早苗が思う理由は二つあった。


 一つは、亮弥がこの家の跡取りとなる大事な男子の孫だから。嫌われたくないし、医者にはならないなどと臍を曲げられたら困るのだろう。そしてもう一つの理由は、亮弥の顔が弥栄子そっくりだからだ。早苗の夫で亮弥の父親の京弥は、京一郎そっくりの顔をしていた。弥栄子には全く似ていなかった。それがどういう遺伝か弥栄子からひと世代置いた孫の亮弥の顔が、弥栄子にそっくりであった。弥栄子の顔は父親似だそうだ。ということは亮弥の顔は弥栄子が自慢し尊敬する弥栄子の父、南雲弥彦にそっくりだということにもなる。弥栄子にとってこれは、心底嬉しいことだろう。

 弥栄子は亮弥を弥彦の生まれ変わりだと言ってみたり、南雲の血筋が色濃く出ていると言ってみたり、一人で騒ぎ喜んでいた。


「どちらまで行きたいのですか?」


 亮弥が自分で玄関の鍵を開けて家に入るのを見届けると、早苗は弥栄子の方を向いて尋ねた。

 ただでさえ今日は北風が強い。さらに日も大分傾いているこの時間に、わざわざ弥栄子が外に立っているのは、車で行きたい所があるからだ。


「ヤスエちゃんが白菜をくれるそうよ。取りに行くわよ」


 弥栄子はさっさと助手席に乗り込んだ。早苗は心の中で溜息をつくと、運転席に乗り込んで車を発進させた。


 ヤスエは弥栄子の幼馴染だ。中学まで同じ学校に通い、成人しても二人ともこの町から離れなかった。ヤスエは近所の農家に嫁いだ。ヤスエには子供が二人生まれたが、どちらも都市圏で就職してしまった。この町へ帰ってくる予定はない。それなので次世代の農家の継ぎ手がいない。しかしヤスエ夫婦は今も二人で農業を続けている。それが、二人がなん十年もやってきた仕事であるし、そのための農地もあるのだから。


「いつも美味しい白菜を分けてくださいますよね」


 弥栄子と二人きり、狭い車内で黙っているのも辛いので、早苗は話しかけた。


「そうね」


 弥栄子のこの短い返しから、弥栄子はこの話題がつまらないようだ。話を続けようがなくて再び沈黙になるかと思ったが。


「あの白菜、東京じゃ、値段高いんでしょ?」


 弥栄子はそう続けた。話す気があるらしい。


「スーパーで三百九十八円とか、不作だと四百九十八円とか。これだと高いんでしょうか」


 早苗がこの町へ越してきたのは昨年のこと。スーパーで買い物はするが、白菜は一度も買ったことがない。ヤスエが収穫した白菜をくれるから、買う必要がないのだ。


「高いわね。農家を出発する時は、その七分の一の値段よ」


 弥栄子の話が本当であるかはわからない。知っているとしたらヤスエだと思う。でも白菜出荷の当事者のヤスエにお金に関することである、出荷時の白菜の値段など確認したくない。流通とはそういうものなのかもしれないと、頭の隅に留めておくだけだ。


「そうなのですね。農家は気の毒ですね」


 弥栄子は早苗が言ったことに対して何も言わない。会話はここで途切れた。三十秒ほどの重苦しい無言が続いたので、早苗は新たに話題を振ろうかと思ったが。


「今月末ヤスエさんたちと温泉へ行くのよ。二泊三日」


 ヤスエさんたちということは、ヤスエ以外の友人も誘っているのだろう。


「四人で行くから。その日は朝が早いの。駅まで車で送ってね」


 亮弥を駅へ送る時間と重なっていたら、早苗には弥栄子を送れない。早苗は一人しかいないのだから。その時は京弥が弥栄子のために早起きして、もう一台の車で駅まで送ってあげればいいのだが。しかし賭けてもいいくらい確信している。そんなことを頼んだら京弥は嫌な顔をするだろうし、そしてきっとこう言うのだ。


『亮弥がもっと早い時間の新幹線に乗るなりして工夫すれば、早苗一人で対処できるだろう』


 弥栄子のせいで生じるこういう問題を、京弥は自分には関係ないと思っている。早苗と亮弥で解決する問題だと思っている。京弥に余計な負担をかけないように、早苗と亮弥が工夫するのが当然と思っている。そして京弥に送迎を頼らずに、早苗一人でこの問題を解決できる方法を京弥が考えて、親切にも指図してくれるのだ。


「あ、その間、おとうさんのことよろしくお願いね」


 早苗は弥栄子から『よろしく』お願いされた。弥栄子がおとうさんと言うと京一郎以外ありえない。早苗は『その間』ってどういうことって思う。まるで弥栄子がいつも京一郎を見舞っていて、この不在の間だけ早苗に頼むような言い方だ。弥栄子は京一郎の病室なんて滅多に現れやしないのに。


 言っていることがおかしいだろう。


 そう指摘してやりたいが、その後の騒ぎを思うと、早苗は黙っているしかなかった。


読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 子どもって大人が思っている以上に、大人な話を聞いているし、大人の行動を見てますよね〜\(//∇//)\ 小学校高学年になると考え方や言動がぐん、と大人びて、子どもと大人の境目を目の当たりに…
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