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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
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56.裏庭の灰

 嘘でもいいのだと、親が小学生の子どもに悪事を平然と指示するなんて、母親の郁は狂っている。しかもそれは親の勝手な見栄のためにだ。子どもに嘘を勧める親なんて、上手く嘘をつけないのを罵倒する親なんて、吐き気がするほどの異常さだ。


「現に、小学校に通う子どもたちからコンクールの話を聞いた近所の者たちは、『お母さんの姿が若い女の子だったらしいわよ』『十代の頃のお母さんが描かれてたんですって? 親孝行ね』と言って祖母をからかったらしい。それでプライドが高い祖母はまだ子どもの父に怒りをぶつけた」


 素直に、真実の日常の姿を描いたのだ。賞を取るほど上手に描けたのだ。本当なら褒められるべきだろうに。それなのに京一郎は郁の怒りを浴びた。


「数日後のある日、父が寮に帰ると、部屋の隅に置いてあった絵と表彰状がなくなっていた。父はコンクールの話を蒸し返して祖母を怒らせたくなかったらしいんだが、表彰状はともかく大切な絵なので、どうしてなくなったのか祖母に尋ねたらしい。祖母はこう言った。『あれならさっき裏庭で燃やしたわよ』」

「そんな……」


 何かを知っていると感じ取られたくなくて、早苗は立ったまま黙って話を聞いていた。しかし今の話から想像してしまった恐ろし過ぎる郁の行動に、それが子どもの京一郎の心に与えたであろう痛みに、早苗は思わず言葉が口から零れた。


「裏庭の隅で、紙を燃やしたらしき灰が風で揺れていた。そこに残っていた灰は僅かで、大半は風でどこかへ飛んでいってしまったようだった。父は集められる限りの灰を拾い集め、半紙に包んで勉強道具の入っている段ボール箱の中に隠した」


 早苗は無意識のうちに両手を固く握っていた。そしてその握りこぶしは早苗の感情を表すように小刻みに震えていた。

 まだ小学生の京一郎の心の中を想像すると、なんて悔しい。しかも取り返しのつかない、なんて酷いことを。


「やがて父が中学生になった頃マリコは高校を卒業し、縁談が纏まって結婚し、長谷川の家を出て行った。それからしばらくして、父は休日に父方の実家、石川家を訪れた。それは父の祖父にお願いがあったからだった。父は母のような人間にはなりたくないと訴えた。ちゃんと学業を修めて真面な人間になり、人の役に立つ人生を歩みたいと。そのために高校大学へ行き、できれば医者になりたいと」


 京一郎はマリコに優しさを教わった。そしてそれをちゃんと受け止めていた。


「父の祖父は鼻で笑った。『母親から、祖父さんを騙し金を毟り取ってこいと命令されたか。お前もあの母親と同じ生き物か』と追い返された」


 郁に迷惑をかけ続けられていた親戚がそう考えるのも無理はない。京一郎を郁の分身だとでも思ったのだろう。金を手にするためなら、どんな手でも使ってくるだろうと。


「週末の度に父は自分の祖父を訪ねた。自分は祖母とは違うと訴えた。そしてなん回も通って、父はやっとかなり厳しい条件を受け入れて学費を手にできた。まずは祖母と離れ石川家に居候して、そこから学校へ通うこと。これは無駄遣いをする祖母に金を渡さないためだ。学費や生活費はできるだけ奨学金を借りる、足りなければ石川家が支援するが、それは借金として、社会人になったら全額石川家に返済すること。少しでも、祖母のような人間と同類だと思われるような言動があったら、石川家から叩き出されること。父は全てを受け入れた。中二になった父は『金がもらえるなら学費にしないで全部私に寄越せ! 親不孝者!』と罵る祖母を捨てて石川家にやってきた。中学も石川家の学区内に転校した」


 早苗は京一郎の中学の入学卒業時らしき写真を思い出す。あの写真二枚を比べて見た時、早苗はどこか雑然とした写真だと思った。古い写真だからだと思った。しかしよく考えてみると何が雑然としていたのかがわかる。集合写真の背景の校舎が違うのだ。

 早苗は京一郎が石川家に引き取られたのは、高校生になってからだと勘違いしていた。しかし今の京弥の話から、実際石川家に移ったのは中二だとわかった。入学式は郁と暮らしていた学区の中学で、卒業式は石川家の学区の中学で撮られた物だったのだ。だから二枚を同じ学校で撮影した写真と思って見ていると、どこか不自然だったのだ。


「父は真面目に勉強し医学部を卒業した。そんな頃、長谷川家にマリコが帰ってきた。マリコの結婚相手が不運にも若くして亡くなり、マリコ夫婦には子どもがいなかったので、婚家にとって不要となったマリコは実家に返されたのだった。マリコは父が医師になった頑張りを誉めて、とても喜んでくれたそうだ。父はマリコとの縁談を望んだらしい。年上でも出戻りでも、父にとってマリコは素晴らしい女性だったから。しかし祖母の性格を嫌というほどよく知っている長谷川夫婦は、例え父が医者であってもマリコが出戻りであっても、大事な娘を祖母と関わらせたくないと、父からの申し出に大反対。厄介な親と借金のある父は、それを承知で医者の父を養子に欲しがる南雲家との縁談を受けるよう親戚一同から勧められ、父はそれに従うしかなかった」


 京一郎とマリコに縁はなかったのだ。そしてこれが京一郎の言う打算。


「以上がマリコという人物だ。ここからは最近、父と母の間に起ったことを話す」


 それは京一郎の持つマリコとの思い出の何かを、弥栄子が捨てた話も含むのだろうか。

 しかし面白いことにマリコについてだけではなく、今日は早苗に京一郎と弥栄子の間の話も教えてくれるらしい。家族として数えてもらえず準家族程度の扱いの早苗には、これ以上の話は教えてくれないかと思ったのだが。珍しいこともあるものだ。何か目的があるのだろうが、京弥は何をしたいのだろう。


「父が持っていた絵と表彰状の灰は、その後ティッシュに包まれたり、封筒に入れられたり、ビニール袋に入れられたりして、父がこんな年齢になるまで保存をしていたらしい。しかし灰はどんどん細かくなっていき、隠していた入れ物の隙間や穴から漏れ出たりして、いつの間にか量が段々減っていった」


 元は絵と賞状だった物が、燃やされて灰になり、その灰も時間の経過とともに細かくなり失われていく。


「少量の粉となった灰は、最近でも縦横十センチくらいのサイズのジッパー付きで密封ができる、いわゆるビニールパックの中に入れられて、ほんの少しだけだが残っていたようだ。父はそれを誰にも見つからないようにと、小さな木箱に入れて院長室の机の引き出しの中に隠していた。マリコとの思い出は、それとコンクールの写真しかなかったからだ」


 最初は絵と表彰状という二枚の紙だった。それでも少ないのに。でも最後に京一郎の手に残ったのは僅かの灰だけ。京一郎はそれを沢山失くしたと表現したかったのではないのか。


読んでくださってありがとうございました<(__)>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回は、マリコさんの輪郭がはっきりする神回な週じゃないですか!!(((o(*゜▽゜*)o))) めっちゃドキドキしましたよ〜\(//∇//)\ あれに繋がって、このワードと絡んで!と黒パズ…
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