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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
53/65

53.犯人扱い

『許せない、あの人も、マリコも、早苗も! 南雲家を馬鹿にしているのよ! あの人には出て行ってもらう! 離婚はしないわよ! みっともないから! 目の届かない所、遠くに行ってもらうの! それから、早苗さんよ! 彼女の両親を呼んで! 私に土下座させるんだから!』


 京弥はボイスレコーダーの再生を止めた。

 今、早苗と京弥は会議室を借りて、備え付けのテーブルに向かい合わせで座っている。


「マリコという女と親父の関係について聞きたいだけなのに、こんな話ばっかりで聞き取りが進みやしない。必要な話は三十分もあれば終わるのに、感情的な雑談が大半で無駄に一時間半にも及んだ」


 京弥はそう言ってから額に手を置いて、溜息をついた。


 いいじゃない、あなたの大事なお母様なんだから。じっくりゆっくり相手してあげればいいのよ。あなたは孝行息子でしょ。


 早苗は口には出さないがそう思った。それと同時に得た情報が一つ。マリコという女性を京弥は今まで知らなかったらしい。


「あとから確認するために録音したんだが、いらない話が多過ぎて聞き直すのも大変だ。それで今度は早苗から聞きたいんだ」


 早苗から何を聞きたいと言うのか。早苗はマリコについて何も知らないし、京一郎の早苗に対するおかしな認識なんて話す気はない。

 京弥はボイスレコーダーの録音ボタンを押す。弥栄子のような確認のためではないだろう。あとで弥栄子に聞かせるのか。話の矛盾点を探すのか。この録音は早苗を追い詰めるための手段にしか見えない。


 あの翌日、京弥も弥栄子も問題なく退院した。早苗がした亮弥への説明には、亮弥の気持ちを考え適当に理由を誤魔化さなかった早苗は、母親として失格と二人は激怒していた。

 そしてあれ以来弥栄子は、今まで以上に早苗を目の敵にしている。偉そうにあれこれ命令するのは以前と一緒だが、目下、早苗が弥栄子から要求されているのは、早苗と早苗の両親からの謝罪だ。それから早苗は病室訪問時、京一郎とは挨拶以上のコミュニケーションを取らず、身の回りの世話のみに専念するようにという命令。早苗はそんなくだらない要求や命令は右から左へ聞き流している。その早苗の不遜な態度がなおさら弥栄子の怒りを煽っているらしく、弥栄子は早苗と顔を合わす度に要求の話を繰り返し、日に何度も電話をかけてきていた。

 そして京弥の顔の腫れが大分引いた頃、京弥は弥栄子からマリコについて聞かせてもらうことになった。その話が一時間半もかかったのだ。


「聞きたいって何を?」


 早苗は京弥に尋ねる。京弥は溜息をついた。


「親父に何を言ったんだ?」

「何を言ったって?」


 早苗は京弥が言う意味が分からず尋ね返す。


「お袋は、早苗がお袋に嫌がらせしたくて、親父から色々と話を聞き出し利用したんだと思っている」

「馬鹿みたい」


 早苗は即座に言った。そう、馬鹿みたいだ。京弥は弥栄子からどんな話を聞いたのか。マリコについての話は間違いなくあっただろうが、弥栄子は今回の騒ぎの原因は全て早苗にあるとでも考えていて、京弥もそれを疑っているのか。


「馬鹿みたいとはなんだ!」


 京弥はいきなり室内に響くほどの大きな声を出した。早苗はその大きさに一瞬ビクッとしたが、それで怯みはしなかった。うるさいなぁと感じたあと頭の中で、京弥は大事な弥栄子を馬鹿にされ犬みたいに威嚇しているのだとだけ思った。


「マリコなんて知らないし、お義父さんが暴れた理由も知らない」

「じゃあなんであのアルバムを病室に持ってきた!」


 京弥の大声がまた早苗を威嚇してくる。


「お義父さんに頼まれたから」

「あれがマリコに関係していると知っていたんじゃないのか!」

「知らない」


 早苗は嘘をついた。京一郎はマリコの写真が見たいからあのアルバムを持ってきてくれと言ったのだ。それはしっかり覚えているが、京弥には嘘を言った。どうせあの京一郎では、早苗と何があったのか、京弥は確認のしようがないのだから。


「頼まれたから取ってきただけよ」


 京弥は落ち着きたいのか、口から息を深く吐き出した。思った通りの答えを得られないので早苗を怒鳴りつけたいのに、それを我慢しているのかと思う。


 もう中年おじさんなのだから、怒ってばかりは体に毒よ。そう考えていると。


「あの汚らしいテルテル坊主は早苗が作ったのか?」


 質問が変わり、京弥の声が落ち着いた。


「お義父さんと一緒に作りました」


 取り調べされているようで不快だ。わざとよそよそしくしてやりたくて敬語で話す。


「なんのために?」

「山を見るのがお好きだそうなので、私が提案して、雨が降らないように祈ろうと作りました。ついでに、私が端切れで座布団を作りました」


 京弥は早苗を睨む。きっと先程からずっと早苗の口から出るのが、欲しい答えと違うのだろう。


「それで、マリコって誰なの?」


 その話ならしてもいい、それなら興味が持てると示すように、親し気な口調に戻す。


「君はすでに知っているんじゃないのか?」


 マリコの正体を知りたくて直球で聞いたのに、京弥は早苗を信じていない。


「知らない」


 だって本当に調べて想像しただけで、事実は知らないのだから。これは嘘ではない。


「それで、何者なんでしょう?」

「今すべき、もっと大事な話があるだろう!」


 また大声に戻った。別にマリコを説明してくれなくてもいい。きっとその人はあの写真に写っている少女。そして彼女は長谷川家の娘でお義父さんが諦めた想い人。弥栄子はそれを知っていて、だから弥栄子も弥栄子から話を聞いた京弥も、マリコの名を出すと怒るのだ。早苗はそう思った。


「それ以外特にないわ。話は終わりでいい?」


 早苗としては、話は終わりだ。立ち上がろうとしたのだが。


「お袋の話を聞いて欲しい」

「お義母さんの話?」


 それにはマリコについても含まれるのか。そう聞こうと思ったがやめた。多分京弥が伝えたいのは、弥栄子が早苗をどう思っているか、そして早苗にどうして欲しいかだけだ。聞かずに家に帰りたいが一応聞くだけ聞くしかなさそうだ。その異常に偏ったものの見方に対して、早苗だって弁明がしたい。


「お袋は」


 京弥は落ち着いた声で話し始めた。



読んでくださってありがとうございました<(__)>

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