43.なくなった何か
すっきりしないし何かが引っかかる。だけどそれが何かわからない。
『捨てられた』
京一郎にマリコを思い出させる物は、誰かに捨てられてしまった。
それって手紙? 写真?
女性からの手紙。女性の写った写真。そんな物を見つけて捨てるとしたら、それは身近では弥栄子しか考えられない。弥栄子が嫉妬して捨てたのか?
京一郎はマリコとどれほど深い仲だったのだろう。仮にあの写真の女の子がマリコだとして、京一郎はマリコとつき合っていたのだろうか。つき合っていたなら、中学高校大学、どの時期からどれくらいの期間つき合っていたのか。その痕跡を弥栄子が見つけた?
そういえば京一郎はマリコとの思い出を沢山なくしたと言っていた。だからあんなにテルテル坊主を大事にするのだと。それって、思い出の品を、弥栄子が処分を?
信号が青に変わって、信号待ちをしていた早苗は車を発進させた。
駐車場に車を停め急いで家に入ると、リビングのソファに座り天井を見て息をつく。疑問だらけで答えが出ない。
早苗の予想としては、マリコはあの写真の少女。京一郎だけ京ちゃん呼びの理由はわからないが、成長して彼女はマリコさんと呼ばれるようになった。京一郎の片思いだったか恋人同士になったかそれはわからない。でも京一郎が好きな女性はマリコで、それをなんらかの形で弥栄子に知られてしまった。そしてマリコ関連の物を弥栄子が捨てた。先ほどは嫉妬と考えたが、それは違うかもしれない。
嫉妬よりもプライドを傷つけられたとか、侮辱されたとか、南雲家を馬鹿にされたとか、弥栄子の性格から考えると、その怒りの感情で行動するような気がした。
もしかしたら弥栄子と結婚後も京一郎はマリコと会っていたとか? でもさすがにそれは弥栄子に対する裏切り行為である。だから弥栄子はマリコに関する物を徹底的に処分した? しかし京一郎が弥栄子に隠れて女性と会っていたとは想像できない。
取り留めなく考えが頭の中に浮かんでは、その塊が次々とパッと霧散してまとまらず。これだけの情報では実際に何があったのかわからない。そしてもう一つ、頭の隅に引っかかった何かもわからない。しかしこの引っかかる何かだけは解決したい。
天井を見てぼんやりしていたら亮弥を迎えに家を出る時間を過ぎていた。夕食の準備さえしていない。そこまでぼんやりしていたかと、自らを呆れて焦る早苗は急いで腰を上げ、食卓の上に放り出した車のキーへ突進する。五分は遅刻しそうだ。しかしあの無言無表情の亮弥のことだから、遅刻を謝って言い訳しても、怒りの感情も見せず呆れたという言葉も出さず、黙ってスマホを弄り続けるだろう。そう思うと焦るのが馬鹿馬鹿しくなり、早苗は開き直ったようにゆっくりと歩いて車に向かった。
近所の方から、有名な梅林があると教えてもらった。二月から三月にかけて梅まつりを開催しているという。せっかくなので京弥と行ってみたいと思ったが、誘ってみるとその京弥からは『行きたくない』と断られた。弥栄子と行ってくればいいと言われたが、早苗は弥栄子とは行きたくない。
昨春に藤棚が見たいと言った時も京弥からは、『興味ない』と断られた。その時も行きたいなら弥栄子と行けと言われた。
藤棚は梅林よりも家から近い。藤棚でさえ断るのに、梅林に一緒に行ってくれるとは最初から思わなかった。でも早苗は一応京弥に、聞くだけ聞いてみたのだった。
なんならお一人様で行ってもいいが、弥栄子にバレたらうるさそうだ。『自分も連れて行け』とか『一人で辺りをウロウロするな』とか、それよりもうっとうしい命令すなわち『弥栄子の許可を取れ』とか。
思いつく限りの難癖をつけたいし早苗を嫌っているだろうから、彼女は。
弥栄子に何を言われても、それでも行きたければ無視して勝手に一人で行くと思う。環と食事に行った時のように。しかしそうまでして行きたいとも思っていない。『それならばそこは行く必要はないと場所だ』と京弥が言った。仕事で断れずどうしても行かなければならない場所とか、どうしても訪れたいと高い熱量でもって訴えるほどの行きたい場所とか。そういう場所でなければ人間、わざわざ時間を作って周囲を巻き込んでまでして行く必要はないのだそうだ。早苗にはそれがいまいち理解できない。仕事はともかく、ただ評判の場所に行ってみたいという漠然とした感覚では、旅行や観光もできないのだろうか。
京弥は言う。弥栄子にたてついてまで環と食事に行きたい早苗が理解できないと。
そんなことを考えながら信号が青に変わるのを待つ。青に変わると前の車に続いて車を発進させた。行く先はいつもの朝通り、京一郎の病室だ。
洗濯物を回収し、ベッドの周辺を片付け、ティッシュなどの不足がないか等チェックする。京一郎はベッドの上だ。ベッドの上体側を少し起こし、今日は五十年誌を見ていた。
京一郎が企画した本であるが、歴代院長の紹介ページでは、南雲弥彦を讃えるための文章や写真が数多く掲載されている。一方の京一郎は弥彦の意志を継ぐ者として紹介されているが、ただそれだけだ。ページ数も少ない。京一郎が今見ているのは、病院が建てられる前のこの土地の風景、茅葺屋根の家々が点在し田畑が広がる長閑な農村の写真だった。
アルバムの方は閉じられた状態で、床頭台のテーブルの上に置かれていた。アルバムは床頭台のテーブルから少しはみ出して置かれていて、不安定に見える。何かの衝撃で落ちそうな気がするので、はみ出ないようにアルバムの位置をずらそうと思っていた。
早苗は床頭台に近づいてアルバムに手を伸ばす。その時、早苗は何かおかしいと感じた。おかしいというよりも足りないという方がしっくりくる。床頭台のテーブル部分の奥隅、今テルテル坊主が置かれている位置に、別の何かがあった気がする。それがなくなって、代わりにテルテル坊主が座っている気がするのだ。
当初早苗は、毎日この部屋にやって来ては頼まれたことだけして、京一郎には挨拶と一言二言交わすだけで、さっさとこの部屋から出て行った。はっきり言って一日二回の訪問は負担で面倒で面白くなかった。
病室に長居などして京一郎の生活に気になることや改善したいことを見つけたとしても、早苗には相談できる人がいない。『首を突っ込み過ぎだ、余計なことはしなくていい』、と弥栄子や京弥に言われそうだから、深く関わってはいけないと思って、何も見つけないように逃げていた。嫁の早苗は南雲家の身内ではないと言われているのだから、自分の立場を弁えていると示すには、それが当たり前と思っていた。
言われたことだけやる、あとは無関心。それが正しい態度と思っていた。でもマリコに興味を持った今は違う。
読んでくださってありがとうございました<(__)>




