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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
32/65

32.お金を送って

 早苗にとっては待ちに待った月曜日がやってきた。今日のチェックは郁からの手紙。

 早苗は段ボール箱の中に入っている、煎餅の缶を取り出して院長室のソファに座る。蓋を開け、缶を逆さにし、全手紙をローテーブルの上に広げた。雪崩れてかなりの量の手紙が床に落ちたが気にしない。缶とその蓋はソファの上の、早苗の隣に並べて置いた。一通ずつ差出人のチェックをし、郁からの手紙を抜いて、それを缶の蓋の上に置いた。郁からではない手紙は缶本体へ戻す。そうやってテキパキと選り分けていった。なんとか予定時間を十分オーバーして、手紙の選り分けが終わった。


 蓋の上の手紙――郁からの手紙を、早苗は無造作に自分のバッグに入れる。缶の蓋を嵌め、缶を段ボール箱に戻し、段ボール箱を収納に戻す。そしてそそくさと院長室を出た。上手くいった。京一郎の病室へ急がねばならない。

 早苗は手紙を院長室で読まず、外へ持ち出そうと決めた。この場で読むよりも家に持ち込む方が、無断侵入が見つかる可能性が減り、手紙の内容のチェックにも時間をかけられるし集中できる。それに考えてみれば京一郎が仕事場の隅に置いていた私物なんて、なくなったって誰が気にかけるというのか。

 運悪くまた廊下で事務長とすれ違う。急いでいますという態度で挨拶だけして、エレベーターへ向かった。





 なんなのよ。この手紙は。


 午後十時。京弥はまだ帰って来ていない。亮弥は入浴後、いつもと同じで部屋から出てこない。早苗はリビングのソファに座ると膝の上にバッグを乗せて、バッグの中から手紙を出し三通ほど読んだ。そして思ったのがその言葉であった。

 郁からの手紙は三通とも、お金の無心の手紙だった。


 今月も厳しいの。数万円でいいからお金を送って。

 月末に病院にかかるお金が残ってないの。お金を――。

 知り合いに七宝焼き教室と象牙細工教室に誘われたの。お金を――。


 息子が息災か、息子の家族は変わりないか。そんな気遣いは一切なく、とにかくひたすらお金のみ。もしかしてバッグの中の手紙全部、お金を要求する手紙なのだろうか。バッグから手紙を取り出す、封筒から便箋を取り出し読む、便箋を畳み封筒に戻す、その封筒をソファの前のローテーブルにのせる。それをなん度も繰り返した。ほぼ半分を読み終わった時、玄関ドアの鍵が開錠される音がした。京弥が帰ってきたのだ。早苗はローテーブルの上の読み終わった手紙を束にして、手首にはめておいた輪ゴムで括る。その手紙の束をバッグに突っ込んだ。早苗がバッグを持ったままキッチンに移動するとそれと入れ替わるように、京弥がリビングへ入って来た。


「おかえりなさい」


 京弥に声をかける。早苗が読んだ手紙は一通残らず、お金に関するものだった。





 人間、碌なことを考えないで悪さばかりしていると、思わぬ(ばち)が当たるのだ。私物とはいえ院長室内にしまわれている物を、無断侵入の末・無断持ち出ししたのだから、(ばち)の一つや二つ当たるだろう。


 木曜日の朝、早苗は亮弥を駅まで送り届けると、リビングのソファに横になった。そのままウトウトしていると、玄関ドアの開閉音と施錠音が聞こえ、夢と現を漂っていた意識が浮上した。

 京弥が仕事に行ったのだろう。今朝は適当な朝食しか作れなかった。弁当も作れなかった。今日は何もせずこのまま微睡んでいたい。そう思っても、夕方には亮弥を駅まで迎えにだけは行かねばならない。


 一昨日の午後から喉が痛かった。昨日の朝には熱っぽかった。午後になり急激に熱が上がったので医者にかかった。インフルエンザは陰性で、ただの風邪だろうと言われた。薬をもらい飲むも熱は完全には下がらない。


 昨日の午前に京一郎の病室に洗濯物を取りに行ったが、午後には完全に発熱とわかったので、乾いた洗濯物を戻しにはいかなかった。それを今朝京一郎に届けてくれるように、京弥に頼んだ。下着やタオル類のストックは、京一郎の部屋に数日分ある。熱が下がるまで何とかもつだろう。


 朝食は気合で作ったが、弁当まで作るのは勘弁して欲しい。そう言うと、『どんなに具合が悪くても、医者は患者の前ではそれを感じさせてはならない。専業主婦ならどんなに具合が悪くても、仕事にあたる家事は完璧にこなすのが当たり前』と、具合の悪い人間を元気づけようと嬉しいアドバイスをくれる京弥は不満そうであったが、昼食には何か買って食べると、渋々言っていた。亮弥には学食で昼食を食べて欲しいとお金を渡した。亮弥はそれを無言・無表情で受け取る。どう思ったのか、何を考えているのか、怒っているのか、面倒だと思っているのか、彼は微塵も気取らせない。でも早苗の母親としての勘は、『亮弥は昼飯なんてどうでもいいと思っている』と教えてくれていた。

 せっかく持ち出した郁からの手紙は、月曜の夜以来一通も読んでいない。こんな状態でなければ火水曜日の二日間で読み終わり、その結果から次の行動を決めていただろう。そして今日の午後は再び院長室に忍び込んでいたのだ。





 京弥が出かけてから再び眠りに落ちた。そして目覚めるともう十四時過ぎだった。お昼ご飯も食べていないし薬も飲んでいない。疲れた感はあるが体が随分と楽になっていた。平熱に戻ってきたような気がする。

 お冷ご飯を電子レンジで温めて、梅干を入れたおにぎりを作った。ケトルで沸かしたお湯で即席味噌汁も作る。どちらも完食した。食欲も出てきた。今晩は早く寝よう。そして明日郁からの手紙の続きを読まなくては。



読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とうとう早苗さんも大胆ななってきましたね! こちらまでつい息を殺して見守ってしまいました((((;゜Д゜)))))))人様の認めた手紙を覗きこむのは、なかなか勇気のある行動! しかし内容は…
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