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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
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3.南雲家の知り合い

 昼食を食べながら、早苗は頭の中に南雲家の家系図を描いていた。

 早苗がこの家に嫁いできたのはほぼ二十二年前。京弥(きょうや)との縁は知人を介したお見合いだった。結婚式と披露宴は京弥の母・弥栄子(やえこ)たっての希望で、都心の有名ホテルで盛大に行われた。

 弥栄子は、南雲家は代々医者の家系でこの土地の名士の格であるから、これくらいは当然の規模だと言った。早苗の実家も関西でそれなりに裕福な家庭だ。早苗の両親もこの結婚にかかる費用を当然のように負担してくれたので、金銭での問題はなかった。


 政治家を含む三桁の数の客を招いての盛大な披露宴ではあったのだが、南雲家の血縁者は南雲家側の招待客の中にほとんどいなかった。それは京一郎の兄弟は訳ありで呼べず、弥栄子にも兄弟はなく、そのため京弥には呼べる、おじ・おば・いとこなどが一人もいないからだった。京弥自身も一人息子。南雲家は親戚の数が珍しいくらい少ない。

 あの華やかなお披露目の場に親戚として来ていたのは三人。当時存命だった弥栄子の高齢の母・文世(ふみよ)と、京弥の祖父に当たる南雲弥彦(なぐもやひこ)の年の離れた弟の弥輔(やすけ)と、その弥輔の妻だけだった。

 当時弥輔は六十代でまだ現役医師として元気に働いており、妻・康子(やすこ)とともに夫婦で結婚式に出席してくれた。文世は一昨年九十五歳で亡くなった。弥輔は五年前病気を理由に仕事を引退し、妻・康子と静かに隣県で隠居生活を送っている。


 こうしてざっと結婚式の身内の出席者を思い浮かべてみても、その中にはマリコという名前の者はいない。他の招待客は京弥の友人や職場の上司や同僚、京一郎の仕事関係の知り合いで社会的地位の高い、お偉い男性ばかり。

 京一郎が招いた仕事関係の僅かな女性客の中にも、弥栄子の知り合いという女性客の中にも、マリコという名前はいなかった。

 偉い男性たちの奥さんで招待しなかった女性の中にも、早苗が顔見知りになっている人はいる。でもその中にもマリコはいない。早苗が顔見知りでない奥さんたちの名前はわからないが、早苗はなんとなくだが、その中にマリコはいない気がした。なぜと聞かれても理論立てて説明できる理由はない。早苗の頭の中で、偉い人たちの奥さんとお母さんと呼ばれるようなマリコが、結びつかないだけなのだ。


 早苗は京一郎の職場、南雲病院(なぐもびょういん)を考えてみる。早苗は職員全員の名前など把握していないが、顔見知りの職員の中にマリコはいない。職員は京一郎を南雲先生とか院長とか呼ぶ。もし職員で京一郎を『京ちゃん』と呼べるもしくは、京一郎がそう呼んで欲しい人物がいるとしたら……若い不倫相手とか? 院内に不倫相手がいる? いくらなんでもあの京一郎にそれはないと思うし、この狭い職場ではすぐに噂になると思う。だが、そんな噂は聞かない。誰からも真面目で患者思いの仕事熱心な先生としか言われない。それとも噂が京弥や早苗の耳に入らないように気を使ってくれているとか? それでも人の口に戸は立てられない。噂はどこからか入ってくるだろう。


 早苗は食事を終えると食器を持って立ち上がる。シンクに使い終わった食器を並べて水道の蛇口を捻り、水をかける。息子の亮弥(りょうや)が学校から戻る前にスーパーへ行こうと思った。食器はその後に洗えばいいだろう。丁度茶碗のご飯が、水を吸ってスポンジで落としやすくなっているだろうから。





 早苗は左右交互に緩いカーブを描く細い田舎道を、乗り慣れた車で走る。道を歩く人はいない。前を走る車もいないし、後ろからついてくる車もいない。道は貸し切り状態だ。道の左手は田んぼ。右手は小高い丘で林だ。この寒い季節柄、田んぼはとうに刈り入れも終わり干上がった状態で、茶色の土とくすんだ黄色の稲わらが、次の田植えの季節を待っていた。

 くねくね曲がる道がまっすぐな道に変わるとすぐに、車は大通りに出た。街道の一つであるこの通りは、さすがに交通量が多かった。左右から次々と車がやって来る。合流に信号がないので、車が途切れたタイミングで道路を左折した。左折してすぐ右手に白い大きな建物と広い駐車場が現れた。この周辺に住む者なら日用品の買い物はほとんどここですませる。地元の有名スーパーのチェーン店だ。

 家からスーパーまでは車で七分から八分。早苗も食料品の買い物はいつもここですませていた。平日の昼間だから駐車場はガラガラ。停め放題のスペースの一つに、京弥自慢の白い高級車を停めた。





「こんにちは」


 これで三人目。スーパーの中を一回りするだけで、数名の顔見知りに出くわした。大体いつもそうだ。そしてその人たちは、早苗の知り合いというよりは弥栄子の知り合いだ。弥栄子は町内の婦人会に入っているし、年に一回の婦人会の旅行にも飽きもせず毎年参加している。ましてや京一郎の伴侶で名家の奥様であるから、当然顔が広かった。


「あら、今日はおひとり? 弥栄子さんは?」


 四人目に挨拶をした高齢女性から、挨拶に次いでそう聞かれた。弥栄子は元からこの地域の田舎道以外は、怖くて運転できないという人だ。息子夫婦が隣に住むなら自分の車はもう必要ないと言って、自分の車を廃車にして車の運転をやめた。そのため早苗がスーパーへ来る時は、弥栄子を伴うことが多かった。しかし今日の弥栄子は早苗に買い物を頼んだ。朝九時ごろに電話で、スーパーで買ってきて欲しい物だけ口頭でスラスラと伝えてきた。欲しい物の名称を全て言い終わると間髪を入れずに、ブツッと電話を切る。早苗が買って届けに来いということだ。


「ああ、今日は……」


 早苗はひとりで来た理由を説明する。


「あら、そうなの? 大変ねぇ」


 その女性は話の流れからだろう無難にそう言うと、そそくさと去って行った。

 店内を一回りし終わりレジに進む。レシートは自分の分と弥栄子の分とに分けてもらわずに一つにした。自分のお金と息子のお金の区別なんて、親子だから必要ないと思っているのかもしれない。

 サッカー台で籠の中の商品を二つの袋に入れ分ける。一つは自分用。一つは弥栄子用。弥栄子の家の玄関に弥栄子用の袋を置いて、さっさと自宅に戻りたいのだ。自宅に着いたら買った物を冷蔵庫やストック棚にしまい、洗濯物を取り込んで今朝預かった京一郎の物を病室に届け、夕飯の支度を終わらせたら、新幹線の駅へ行かねばならない。東京の中学校に通う亮弥が帰ってくるからだ。



読んでくださってありがとうございました。

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