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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
23/65

23.お見合い

「勤務医、来月二十七歳。病院長の息子で、将来院長になるんだ。今、住んでいるのが東京。院長になる時に実家へ帰るのね。中井のおじさん、なかなかいい相手見つけてくれたじゃない」


 早苗の見合い相手の釣書を見て、沙紀が嬉しそうに言った。


「早苗が大学出たばかりで若いから、先方に気に入ってもらえたようだ」


 ソファにふんぞり返った父が、湯呑を片手に満足げに言う。


「いつ会うの?」


 沙紀はローテーブル上に釣書を放り出した。


「来週の日曜日。東京のホテルで会うのよ」


 実は早苗はあまり乗り気ではない。できれば関西方面出身者がよかった。相手の医師は関東の人だ。実家から遠く離れた場所に嫁ぎたくなかった。


「あのさ、できるだけ遠くに嫁いでね」

「え?」


 突然沙紀から言われた言葉に早苗は耳を疑った。


「あんたに近くをうろつかれると私の仕事がやりにくいし、あんたが親の遺産放棄までしてってくれると、なおいいんだけど」

「え?」


 自分に対するあまりの言われようと、沙紀の命令するような勢いのある話し方に、早苗は阿呆みたいな反応しかできない。


「長女が婿を取って同居するんだから、何があってもあんたにはここに帰ってこられちゃ困るのよ。ねぇ」


 沙紀は同意を求めるように、首を回して父の顔を見詰める。


「まぁ、そうだな。その方がいいな」


 捲くしたてる沙紀に気圧されたのか、父は曖昧だが肯定の返事をした。

 そして流されるまま早苗の結婚が決まった。早苗は当初目指していた資格を諦めるしかなく、年度内で仕事を辞めさせられ、その後は結婚式の前週まで、母親のそばで花嫁修業をさせられた。





「南雲さん?」


 環に呼びかけられて、早苗は自分がボーっと考え事をしてしまっていたことに気づいた。


「ごめんなさい、ついつい、実家のこと考えちゃって」


 まずは話の途中で黙ってしまったことを環に詫びた。


「私、飯塚さんのように働いていないでしょう。経済的に不安定だし。実家からは何があっても帰ってくるなって言われてるから」

「そりゃあ結婚って多少の忍耐が必要だけどさ、万が一娘が不幸な目に遭っていても、実家のために我慢しろって言うの? 親は娘の幸せが願いでしょ? 何があっても帰ってくるなって、そんなのおかしい」


 環は言ってから勝気そうな両目を半眼にすると唇を尖らす。


「仕方ないのよ。実家は姉夫婦が同居して、商売も家族関係も上手くいってるから」


 早苗はそれだけ言うと自分の肉料理を切って口に含んだ。柔らかくて美味しい肉である。


「まあ、さあ、確かに嫁に出した娘が嫁ぎ先で揉めて戻ってきたら、婿と波風立つもんね」


 ボーっとしてしまったせいか食事のペースが環よりも遅れている。早苗は急いで食べるふりをしてしばらく無言で食事を口に運んだ。


 この話題はここまでにして欲しい。


 早苗が無言になった理由はそれであった。それは環にこれ以上、早苗の実家の話をしたくないからだった。先ほど弥生の話をした時は、包み隠さず話せていた。しかし実家の話は違う。早苗は実家に関しては極力話したくはなかった。それはあの姉のせいだった。

 早苗は自分が容姿も頭脳もその他の才能も、姉よりはるかに劣っているなどと環に言いたくなかったのだ。早苗という子どもに対する両親の失望や京弥との結婚の経緯などという、早苗の出来がどれだけ悪いかなんていう話を、この不慣れな土地でこうしてやっとできた友人・環に話したくはなかったのだ。


 何を気取ったことをと理由を聞いた人からは笑われるかもしれないが、嫌なものは嫌なのだ。早苗だってピアノは趣味と言えるくらいは弾けるし、四流・五流・高卒と変わりないと姉や両親からは馬鹿にされるレベルではあるが、四年制大学を現役で合格し留年することなく卒業している。極普通の人間ではあるのだ。

 姉も早苗同様に普通であったら、早苗はこんなに嫌な気持ちを持つことはなかった。姉と仲のよい姉妹になれたかもしれない。逆に早苗も沙紀のような天才であったら、沙紀同様両親に称賛され、沙紀とも仲よくできたのかもしれない。衝突したとしてもはっきりと自分の意思を伝え議論ができただろう。

 神様はどうしてここまでの差を姉妹につけたのか。

 母はよく早苗に言った。


『努力すればお姉ちゃんのようになれる。悔しいと思えば努力できる』


 人生で、早苗は沙紀が努力している姿を見たことがない。早苗は沙紀のなん倍も勉強時間を確保して頑張っている。それでも全く沙紀には追いつけない。前を歩く姿を見たことがないと言い切れるほど、沙紀は前方のはるか彼方にいるのだ。そして年々その差は開く一方で、ほんの僅かでも縮まった経験は一度もない。どこまで頑張れば沙紀に追いつけるのか。沙紀の背中が見えるのか。母は簡単に言うが早苗の努力なんて、沙紀相手では焼け石に水の気がする。それに人並みには頑張っているのだ。これ以上の努力なんてしたくない。早苗は子供時代からずっとずっと、沙紀との差が悔しくて悲しくて仕方なかった。


 デザートとコーヒーが運ばれてきた。今度は環について話を聞く。子育て・仕事・介護。どこの家も程度の差こそあれ苦労をしている。専業主婦の早苗は仕事がない分だけ楽な方なのかもしれない。デザートを食べ終わったタイミングで、知っているとは思えないがこの名前を聞いてみることにした。


「飯塚さんって、この近辺でマリコさんって呼ばれてる、有名な女性知ってる?」

「マリコさん? 何歳くらいの人?」

「わからない」

「どこで聞いた名前?」

「待合室の噂話で。綺麗で心優しい人だと」


 英子に聞いた時と同じ理由を使った。


「私の知り合いにはマリコって人はいないなぁ。待合室って、おじいさんたちの噂話? それならスナックの新入りの女性とかじゃない? あ、だとマリコ『さん』よりもマリコ『ちゃん』かな。少し年がいってて気配り上手な新入りさんとか?」


 返答も似たようなものだった。


「そんなものよね。おじいさんたちの声が大きいから気になっちゃって」

「老人は声、大きいから」


 環は口を開けてカラカラと笑っている。この話はここで終了だ。元から環から情報が得られるとは思ってはいない。一応念のためだ。





 食事が終わり環と別れの挨拶をして、互いの車に乗り込んだ。


『今日の話は誰にも言わないから大丈夫よ』


 環は肉料理を食べ終わったタイミングで早苗にそう言ってくれた。


『万が一、院長夫人の耳に入ったら騒ぎだものね』


 気遣ってくれる環に、早苗は自分の実家については詳しく話さなかったことを申し訳なく思った。車に乗り込む環に向かって心の中で、ごめんなさいね、と言った。早苗はやはりどうしても話せない。実家と無縁の場所で知り合った環に、沙紀と比較した目で早苗を見て欲しくないのだ。

 弥栄子の悪口は得意になって澱みなく話すのに、自分の恥になる実家についての話は詳細を語れない。早苗は車に乗り込むとシートベルトをはめながら、「私って卑屈ではあっても性悪ではなかったのに」と独り言を言った。ここの住環境は最悪だと思った。


読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今週は色々と情報が多くて、過去一∑(゜Д゜)となったお話でした!! 普通の感性を持っていて、それでいて皆が持ってない秘密を握る早苗さん。 そんな早苗さんに、あんな出来事があったなんて! 感…
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