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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
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22.早苗の事情

 早苗はこの結婚に辿り着くまでの自分の実家での立場を思い出していた。

 実家は関西にある。家族は両親と姉。比較的裕福な家庭で、父は手広く商売をやっていた。

 早苗は実家から通学できる距離の私立大学を卒業したが就職活動は上手くいかず、結局実家の会社に就職することとなった。父親の元で資格の勉強をしながら仕事を教わる。そんな日々が半年ほど続いたある休日のこと。アラサーの姉が気弱そうな年下男性を連れて家にやって来た。


「この人と結婚するから」


 姉はそう宣わった。


「それで、結婚後はこの家の家業を継いで、この人と二人でやっていくわ」


 長女の姉が希望するなら、彼女が家を継ぐのは当たり前だと早苗は思っていたし、年齢的に姉が結婚するのも驚きはしなかった。しかし。


「それで、早苗、あんたは邪魔だから出て行って」

「え?」

「あんたがやっているような雑務は、今後はこの人がやってくれるから。あんたが取ろうとしている資格だって低レベルでしょ? はっきり言って、給料泥棒のあんたはいらない」


 その後も姉は一方的にテキパキと父の前で、彼女の理想とする今後とやらをプレゼンした。





 早苗の姉・沙紀(さき)は物心ついたばかりの頃からIQが高い系の天才として、両親を感激させていた。幼稚園を終えるまでに小学生レベルの読み書き計算をあっという間に覚え、小学校へ入学する頃には高学年の本を楽々読めるほどだった。中学校へ入る頃には自主的に勉強した高校数学を理解していた。

 しかもその天才っぷりは勉強だけではなかった。運動会の徒競走では常に一番、区大会・市大会小学生の部のリレーの選手にも、学校代表として選ばれた。絵を描けば同年齢の優秀な子の作品の集まる展覧会で賞を取った。他にも表彰状多数。沙紀の部屋に飾りきれず、飾りきれない分は――早苗には表彰状など一枚もなかったので壁に丁度場所が空いているため――嫌がらせのようにベタベタと早苗の部屋に飾られた。


 何を勘違いしたのか両親は、沙紀のような子が我が子では標準と思っていた。自分たち夫婦の子は天才が生まれて当たり前なのだと。沙紀が小学生になった頃に生まれたのが次女・早苗。事業の跡取り男子を切望していた両親にとって早苗は、その誕生からして二人をがっかりさせる女の子だった。そして早苗は全てにおいて凡才だった。


 沙紀と比較されて辛かった早苗は、姉が習っていなくて自分だけが頑張っているお稽古事を習いたいと思い、両親に頼み込んで、母方の叔母のピアノ教室でピアノを習った。しかし姉は、認められたいと足掻く早苗を鼻で笑った。早苗の楽譜を借りて毎日真似をして弾くだけで、沙紀は早苗よりも上手になった。両親は、「お稽古ごとに先生は必要ないなんて初めて知った」と言って、ピアノにレッスン代を払う早苗を嘲笑した。さらに沙紀の奏でるピアノの音を偶々聴いた叔母は、『(まろ)やかで綺麗な音。沙紀こそピアノを習っては』と母に勧めた。だが沙紀はそれ以上の興味はないらしく、ピアノを習いはしなかったが。


 月日は流れていく。沙紀は勉強家ではない。勉強よりも部活を楽しみ、友人関係を楽しみ、生徒会活動を楽しみ、それでも成績は常にトップクラスだった。そして天才の姉は早苗をあざ笑うかのように、人生の経歴は、大学は超難関国立大学卒。就職先は大手の正社員。

 そんな姉が結婚相手を連れて実家へ戻って来た。しかも実家の仕事を継ぐと言う。両親は大喜びした。


「この家には私と旦那が住んで会社を継ぐから、早苗は会社辞めて結婚でもして、この家を出て行って」


 沙紀は突然、早苗に退職と結婚を要求してきたのだ。


「早苗もここには居辛いだろう。早苗の見合い相手を探すか」


 父はこの話に乗って、早苗の見合い相手を探し始めた。





「早苗って誰?」


 関東で会社経営をしている、父の友人の中年男性が言った。場所は会社の社長室の前の廊下。その男性は商談のために父を訪ねて来た帰りだった。父は別れ際の雑談でその男性に「早苗の見合い相手を探していてね」と言ったのだ。そしてその男性がその話題での、最初の言葉がそれであった。早苗は偶然廊下を歩いていて、その会話を聞いてしまったのだ。


「次女だよ、うちの」

「次女? 沙紀ちゃん以外に子供がいるのか?」

「ああ、もう一人。女の子がいるんだ」

「知らなかった。沙紀ちゃんみたいに美人で頭がいいのか?」


 廊下を社長室の方向へと歩いていた早苗は、いたたまれなかった。沙紀との比較。聞きたくない話だ。

 不自然に回れ右をし、来た方角へ引き返すわけにもいかない。でもそのまま真っすぐ向かうと父とその友人と鉢合わせ。その後どう自分の身が扱われるかを思うと気が重くなる。それでも早苗は断罪場へ引かれていく気分で、廊下を父たちに向かって自然な歩調で進むしかなかった。


「ああ、丁度よかった。次女の早苗です」


 父は紹介し、スラスラと早苗の経歴を述べていく。先程の沙紀に関する父の友人言い方だと、彼は絶対に沙紀の容姿や経歴を知っている。沙紀を知っている人なら誰でも、早苗のそれは平凡過ぎるとがっかりする。きっとこの人も顔には出さなくても、早苗の優れた特徴のなさに呆れているだろう。


「かわいいお嬢さんじゃないか」


 父の友人は早苗の全身を確認するように一通り見ると、ほぼ棒読みで褒めた。適当な言葉を選んだだけとよくわかる。きっと彼の頭の中には美しい姉の姿が浮かんでいるはずだ。


「だろう? 俺の娘は二人とも美人なんだよ。それにこの子はまだ二十三歳だ」


 父も早苗の外見に関しては親馬鹿であるようだ。そんな父の態度が早苗は恥ずかしくて仕様がない。どう見たってお世辞を言ってくれているとわかるだろうに。なぜ相手を不快にさせない程度の謙遜の言葉も出せないのか。

 早苗の外見は美人でもなくブスでもなく、背が高くもなく低くもなく、痩せでもなくデブでもなく、全てが普通だ。美人とか、かわいいとかお世辞ではなく言われた経験はない。

 そして早苗とは逆に、沙紀は両親のいいところだけを受け継いだ容姿をしていた。整った顔立ち、すらりと高い身長、抜群のスタイル。加えて学歴。

 姉を知っている人に見合いなど頼みたくなかった。

 早苗はあまりの恥ずかしさに泣きたくなってきたが、下唇を上の前歯で噛んで耐えた。今の自分の顔は不細工で、とても人様に見合いを頼もうとしているとは思えない、かわいげのない表情だろう。


「まだ若いからいい縁談を紹介できるかもしれない。あちこち探してみるよ」


 若い。そして家を姉が継ぐ。それのみが早苗の婚活の武器だ。

 そうして彼が探してきてくれたのが、首都圏の病院の一人息子だった。


読んでくださってありがとうございました。

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