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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
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21.弥生の扱い

 弥生のこれまでの人生はかわいそうな日々であった。

 生まれた時から女の子という性別のせいで、弥栄子から疎まれ差別された。


 あれは弥生が小学校一年生になった時のこと。話があると言って弥栄子が東京へやって来た。


『二人目の子どもはまだできないのよね』


 弥栄子は忌々しそうに早苗を見た。酷く失望していると、その冷たい視線が早苗を責める。


『男の子がいないのなら、南雲病院の今後について話し合いが必要でしょう。弥生ももう小学生なんだから』


 言いにくそうな素振りもなく、亮弥、早苗、弥生を前にして弥栄子は堂々と語った。


『もう、じゃなくて、まだ、小学生ですよ』


 不機嫌そうに睨みをきかす弥栄子を宥めようとでも思っているのか、母を労わるような優しげな笑顔をほんの少し浮かべた京弥が言った。


『南雲病院を手放す気? 何を悠長なこと言っているの!』


 一喝が返ってきた。京弥は笑顔をやめて気まずそうに下を向く。


『弥生をどうするのか決めないとね。一つは弥生を医学部に入れて女医にし、南雲病院を継がせて結婚相手を探す。もう一つは弥生に医師と結婚させその医師に南雲病院を継がせる。どっちにしたって弥生の相手は当然婿に入ってもらって、苗字は南雲よ』


 弥生本人には人生の他の選択肢がないのが当然のように、弥栄子はスラスラと話す。


『医師の養子を探すのも大変でしょう。これからの時代、女医という選択肢も大いにあると思います。弥生に女医を目指してもらっては』


 京弥は少し前のめりになって弥栄子に言った。


『逆に、女医に嫁のもらい手なんてあるのかしら。態度が生意気とか、女の方が経済力があるのはかわいげないとか、男性が尻込みするのではないの? 結婚は必ずしてもらわないと。生涯独身で南雲弥彦の子孫が残らないのは困るわ。それに男性なら誰でもいいわけではないのよ。南雲家の資産や遺産を当てにするような、ヒモみたいな男性はお断りだし、人前に出しても馬鹿にされない、南雲家に相応しい経歴であってくれないと困るのよ』


 弥栄子に反論されても、それでも京弥は弥生を女医にする案を推した。


『あなたがそこまで言うのなら弥生を医学部へ行かせましょう。大学までの学費と塾や家庭教師の費用を援助します。しっかりと教育してね』


 弥栄子は帰って行った。


 弥生は中学受験の準備を小学校低学年から始めることとなり、学習塾に通い始めた。そんな生活が始まって一年。早苗が第二子を妊娠した。





 弥栄子は性別がわかる前から、『今度こそは男の子ね』と大喜びした。そして今度は弥栄子の希望通り、男児・亮弥が生まれてきた。弥生が『女医になれ』と言われてほぼ一年後だった。


『これで弥生は女医になる必要はないわね。でも中学受験はするの? するならそれなりの家柄の方と結婚できるように、南雲弥彦の孫としての体裁を整える方向でね。お金はできるだけ亮弥にかけないと』


 出産後からずっと東京に滞在している弥栄子は、早苗と亮弥の退院当日家にやって来た。満面の笑みで亮弥を抱き上げると、ベビーベッドのそばに弥生がいるのを気にせずに言った。


『あなたは南雲病院の将来の院長よ』


 こんなに嬉しそうな弥栄子を早苗は初めて見た。





 弥栄子からのあからさまな差別を受けながら育つ弥生は、高校生になった。学校の成績は進学校でも上位クラス。かなり高いレベルの大学を第一志望にできるのだが、弥生は関西のとある国立大学を第一志望にした。京弥はほぼ同じレベルの、東京の自宅から通える大学を目指せと弥生に言ったのだが、弥生は言うことをきかなかった。そして希望通り第一志望に合格し、弥生は家を出て行く。


『こんな家は、こんな家族はもううんざり。特に祖母さんが最悪。関わるのも嫌、無縁で暮らしたい』


 その言葉に京弥は激怒した。親に、祖母に対してのなんて口のきき方だと。


『生意気な! 学費も生活費も出さないぞ!』


 と京弥が言うと。


『バイトする。あと、お母さんの実家に頭を下げて借金する』


 と口が減らない。


 どうせ学費も生活費も、弥栄子からの援助はほとんどないのだ。弥生に関するお金はほぼ全て京弥の稼ぎの内から捻出する予定だし、現にしている。早苗は頭に血が上った京弥を説得する。南雲家の孫が借金して大学へ通っているなんて広まったらみっともないと必死に頼み込んで、なんとか困窮させることだけは回避できた。

 そして現在に至る。弥生は家族が東京に住んでいないと喜んで、大学選びの時と違い、関西ではなく東京に就職先を探している。


『私はいないものと思って』


 弥生は母親である早苗にさえも拒絶の言葉をぶつけ、娘とは思えないくらいに滅多に連絡を寄越さない。早苗とて娘とは頻繁に連絡を取って、一緒に買い物したり外食したり旅行したりと、仲よく暮らしたかったのに。





 早苗はそれらの話を包み隠さず環に話した。早苗もストレスが溜まっているのかもしれない。思わず環に愚痴ってしまった。


「うわ、院長夫人ってそんな人なんだ」


 環は噛んでいた肉料理をのみ込むと、目をぱちくりさせて言った。


「私は会ったことないし、世代が違うから噂も聞かないしね。院長がお婿さんだっていうのも知らなかった」


 環はナイフとフォークで、和牛のステーキを一口大に切る。


「南雲君がお祖母さんの悪口言うのもわかる気がしちゃうな。早苗さんは何かご主人に言わないの?」

「何かって?」

「姉弟を差別するな、とか。子供の将来を勝手に決めるな、とか」

「言ったことあるわよ。でも『病院経営や遺産に関わることに、嫁のお前には口出しする権利はない!』って主人から怒られるだけ。それでも『私は子どもたちの母親だから』なんて言い返すと、今度は『産んだというだけだ。南雲家にとっては他人だ』ってね」

「うわ、横暴。出て行けばいいのに。実家に帰るとか」

「できないのよ」

「なんでできないの?」

「それは……」


読んでくださってありがとうございました。

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