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灰のマリコさん  作者: 我堂 由果
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1.母と娘のティータイム

よろしくお願いいたします。

 基本、私の休みは土日だけ。一日は寝て、一日は掃除洗濯をする。

 だから、他のことは何もしたくない。ましてや、大嫌いな親に会わなきゃならないなんて最悪。


 とある土曜の昼下がり。私と母は繁華街の有名ケーキ店の喫茶室で、紅茶とケーキを挟んで面と向かい合っていた。


「読むくらいしてくれたって」


 小声で言う上目遣いの母は、文句ありげに唇を尖らせた。


 母の説明からすると、これ、十万文字越えってことだよね。これを私に読めって? 読んで感想を言えって?


「ここのケーキ奢るから」


 確かに目の前に鎮座するケーキと紅茶は、たかがティータイムのためとは思えない値段。万札一枚では二人分の会計を支払えない、滅多に口に入ることのない超高額のケーキセット。だけどそんな程度の報酬じゃこの依頼は受けたくない。癒しの休日に趣味の読書を我慢して、ド素人が書いた文章を十万文字以上読む報酬には、安過ぎるというより無駄過ぎる。


「そもそもこれってお母さんの日記でしょ?」

「そう。でもこのままクローゼットに入れておいて、誰にも読まれないのも悲しいから」

「いついつまでに読んでとか、期限は決めないでね。それから、読むだけだよ。読んだら適当な感想言って返すだけだから。それ以上の期待はしないで」

「それでいいわよ。でも一つお願いがあって」

「はぁ? 読んでくれって上に、さらにお願いぃ?」


 私はできるだけ不機嫌露わに言ってやった。この人図々しい。


「日記についてはお父さんと弟には内緒にしてね。中には、二人に知られたらまずいことも書いてあるのよ」


 私にしつこく読んでくれと頼む理由がわかった。二人には見せられないのだ。二人に知られたら大変なことが書いてあるのだ。いい大人の母がなんでそんなものを書いているのか。


「何がまずいのよ。お父さんの悪口? 弟の愚痴? それともババアの悪口? 結局はただの専業主婦のつまらない日常でしょ。平凡で退屈な読みものでしょ」


 結局最後には母に拝み倒され受け取ったそれを、私は渋々自宅に持ち帰った。





 私の趣味は読書。高校時代は文芸部に所属し、好みのイケメンが私に似た性格のヒロインと苦難を乗り越え結ばれる恋愛小説なんかを、夢中になって書いていた。部員同士、お互いが書いた物を読み合ったり感想を言い合ったりもしていた。それなので字を読むのは苦痛ではないけれど、でも身近な人間である母の四十代半ば頃の、主婦の愚痴日記なんて正直読みたくない。身内が実名で出てくるのは生々しいし、多分、いや、絶対につまらない。

 憂鬱になってきた。三分の一くらい読んでそれっぽい感想を母に言って、そのあとは適当に胡麻化しちゃおうと決めた。


 母は五十代前半。しかしいくらITに疎いババアでも、さすがに寄越したのは紙媒体ではなくUSBメモリであった。私はメモリをパソコンに刺すと、画面にびっしりと現れた文字を読み始めた。字がびっしり、改行少ない、目に優しくない、最悪だ。クソ。


 数十分後。


 面白みのない日常が綴られていると侮っていた。しかし読み進めていくうちに私はどんどんと引き込まれ、日記の内容に夢中になっていった。最後まで読まなきゃいられなくなっていた。なぜならこの日記には、私の知らなかった家族たちの話が書かれていたから。


 嘘でしょ?


 家族のこんな騒動を私は全く知らなかった。時期的に私が大学生になって家を出て一人暮らしをしていた頃。当時は実家から解放されたその生活があまりに楽しくて、クソ実家がどうなっているかなんて気にもしなかった。


 私は丸一日を潰して日記を読み終えると、ベッドの上に仰向けにひっくり返った。そして目を瞑る。


 強烈な毒祖母と比べると、あまり印象に残っていない祖父。物静かな彼はこんなことを考えていたのだ。こんなに純粋な想いを抱えていたのだ。

 私が最後に恋愛小説を書いたのは高二の時。あれから読書はしても小説を書いたことはない。でも久しぶりに小説を書きたくなった。この日記に綴られている、祖父の心の中の大切なマリコさんの話を。


ありがとうございました。

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