表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

7.問答無用治癒タイム



あれから、千弥さんと松太郎さんはどこに行くにも付いてくるようになった。

千弥さんにも手伝ってもらってお風呂掃除とトイレ掃除を済ませ、なんとか屋敷の水回りを綺麗にした後に、夜ご飯のたぬきうどんを松太郎さんと千弥さんとまたも一緒に食べ、お風呂上がりには千弥さんのモフモフとした御髪を解いて差し上げて、夜は荷物で溢れた自室になんとかお布団を敷いて松太郎さんと共に眠った。

もう肌寒いこの屋敷で、松太郎さんはとてもいい湯たんぽになって下さった。


AM:4:30。バイブ機能にしておいたアラームで目を冷ます。

ふぁ、と欠伸をして部屋を出れば、夜に別れた筈の千弥さんが部屋の前で胡座をかいて座りながら眠っていたので、気付かなかった事に申し訳なさを感じながら毛布をかけた。


小隊に就任して2日目。

昨日の曇り空とは打って変わって、薄い蜜柑のような色の朝焼けが綺麗な空が広がっている。

きっと今日は晴天になる。これなら水を撒いても、すぐに乾く。


髪をとかしたり顔を洗ったりといった身支度を終えて巫女服に着替え、台所へ到着した後に割烹着と三角巾をまた装着する。


今日は早めのご飯の用意だ。

とりあえず廊下と壁と、玄関とお庭の清掃を終わらせてしまいたい。

朝早かったせいか、松太郎さんはまだお布団ですやすやと眠っているので、起きたらこちらへきていただけるようメモは置いてきた。


千弥さんも、起きたらきっと食べるかな?

また美味しいって言ってもらえるといいなぁ、なんて妄想しながら、多めにお味噌汁とおにぎりを作っていく。付け合わせはまたもや昨日の残りのお漬物。

…うーん、少し、質素すぎる気もする。

昨日ある程度食材を追加で注文して、卵も追加注文したから、厚焼き卵でも作ろうか。あと焼き鮭を焼こう。これでボリュームのある朝食になるだろう。



「………」

「あう」

「くぅーん…」


きゅう

そして今現在。朝ご飯の準備を進めていると、小さくお腹のなる音が聞こえた。


足元に違和感を感じて、下を見れば小さな真っ白い子供の狐。ひー、ふー、みー…なんと5匹もわらわらとわたしの足に擦り寄っている。


「……あら、こんにちは。おはようございます。お腹、空いていますか?」



突然の来訪者に驚きながら、本物の人造獣ではない狐さんに人間の言葉が通じるのかは謎だけど、しゃがみ込んで頭を撫でれば再度きゅう、と狐さんは鳴いた。

…この屋敷は動物セラピー的要素がとても強い。松太郎さんといい、この狐さんといい。ついつい頬が緩んでしまう。

でもなんだかこの狐さんも、ちょっと煤けている。汚れを払いおとすように丁寧に撫でれば、狐さんは気持ちよさそうに目を細めた。



「はじめまして、わたしは新しい使役者です。狐さんの食べれそうなもの…あ、ささみとご飯があるので、ねこまんまならぬきつねまんまを作って見ましょうか。ちょっとだけ待てますか?」

「キュウー?」


やはり動物性タンパク質が欲しくて、昨日通販で買った鳥のささみ。

実家でうちの猫も美味しそうに食べていたから、きっとそれなら狐さんも食べられるだろう。

レンジで5分ほどチンしたささみをほぐして、冷ましたら鰹節とご飯に混ぜる。これだけの簡単レシピだけど、意外にこれが猫達には大好評だったのだ。



「はい、召し上がれ」


2つのお皿に分けて、狐さん達にあげたらどうやらこの子達のお口にもあったようだ。心なしかキラキラとした目で見つめたあと、がつがつと勢いよく食べている。


ご飯中に撫でるだなんていけないとは分かりつつ、ついつい手が出てしまう。

…これが研修をした使役者の力とやらなのか、撫でれば撫でるほど、狐さん達が真っ白になっていく気がした。よほどお腹が空いて居たんだろう、彼等は撫でられているのなんて意に介さず、ご飯に夢中になっている。

それにしても、この子達はどこからやってきたんだろう??獣人間の眷属だったとしたら、心配していないだろうか。



「………キュウ、コンコン、いるの??」


「……っ!!」



狐さんたちが食べ終わり、満足気にゴロゴロと喉を鳴らしていた時。


突如、現れたのはボロボロの小さな女の子。


彼女の状態は、ヒュッと心が萎むほど酷い状態だった。


片腕の肉が千切れてしまっているのをわたしは初めて見た。白い骨が見えてしまっている。そして片目も、きっとない。ポタポタと流れる血に、本来なら動くことすらも出来ないんじゃないかと予想する。黄金色の綺麗なはずの髪の毛も血だらけで、衣服は所々破れていて、ボロボロだった。


ぼんやりと正気の無い真っ暗な目。ほぼ見えてないのか、壁伝いにズルズルと身体を引きずって歩く様は、この小隊の獣人間は怪我をしていると聞いていた、わたしの想像以上だ。

昨日、大広間に彼女は居たのだろうか??

いや、ざっと見渡した限り、彼女は居なかった。なぜ?動けなかったから??



「なん、ですか、それ、」



目から何故か涙がぼろっと零れ落ちるのが分かる。わたしが泣くだなんてちゃんちゃらおかしな事なのは分かってる。この子が一番辛いのも分かってる。

でも、


酷い、酷い。これは、酷い。

なぜ、こんな子を放置できるのだろうか。

なぜ、手当てをしてあげないんだろうか。


なぜ、なぜ、なぜ。


そんな思いばかりが頭をぐるぐると支配する。

狐さんたちは彼に駆け寄る。それと同時に、私も彼女に駆け寄った。





「…あの、お、お願いです、お願いです。

どうか、わたしにあなたを治させて下さい。治ったら、約束を無碍にしたと殺していただいても構いません。どうか、どうか…っ」


「…あ、なた、は…?」


「ああっ、ごめんなさい、そうですよね、わたしは、昨日からこの小隊に来ました。新しい、使役者です。」


「しえきしゃ、さま…ああ…だから、こんなに、空気がきれいで、暖かい、のですね…。



ごめんなさい、あ、あたし、あまり、目がみえないんです…あたまも、ぼーっとしていて…あの、きつねを、みませんでしたか…?おきたら、いなくて、」



駆け寄り、立つのもフラフラな彼女を支える。そうか、彼女が狐さんたちの飼い主か。

きっと心配で、探しにきたんだろう。

狐さんたちは心配かけてごめんね、と言わんばかりに彼女に擦り寄る。彼女もそれに気がついたのか、狐さんを撫でて確認した後、ふにゃっとした柔らかい表情を浮かべた。



「あたらしいごしゅじん、さま、キュウと、コンコンを、きれいにしてくれて、ありがとうございます。

出来たら、でいいのですが、わたしのおにいちゃんと、おとうとも、なおして…」



狐さんたちが見つかってホッとしたのか、限界だったのか。恐らく両者の理由で、気を失うように倒れた彼女を抱きかかえた。

とんでもなく軽い、小さな身体。血は尚流れていて、これで事切れていないのが不思議なくらいだ。


狐さんたちは心配そうに足元をウロウロしている。ついてきてください、と目線で訴えれば、賢い狐さんたちはわたしを先導するように走り始めた。

あまり衝撃を与えないように、そっと、それでも早く小走りで狐さんたちの後をついて行く。


彼等が走っている方向は、昨日案内してもらった治癒の為の部屋だ。



はやくはやくはやくはやくはやく。


治してあげないと、直してあげないと、痛いのは辛い。怖いのは悲しい。そんな気持ち、お願いだから感じないで欲しい。



治癒部屋に入る。

台所と同じく、あまり使われていないそこは、煤けてはいるが他の部屋よりかはまだマシだ。

こんな事なら治癒部屋を最優先で掃除すれば良かった。

正直、こんなに酷いと、思ってなかったのだ。自分の認識の甘さに反吐がでる。ごめんね、ごめんねとボロボロ出る涙を拭いながら、震える手で彼女をそっと布団に寝かし、治癒のための機械を用意する。


研修や実習での知識と経験だ。それでも、失敗することは許されない。

鋭い小さな針が無数に張り巡らされた機械を腕に取り付け、彼女と私を管で繋いで行く。がこっと鈍い音をさせながら機械を起動すると、全身が逆立つ様な気持ち悪さで身体中からなにかが吸い取られていくのがわかる。それでも。


痛いのが飛んでいきますよう、元気になりますよう。そんな思いを込めながら。


どれだけ辛かったことだろう。

どれだけ怖かった事だろう。

もう大丈夫、もう、大丈夫。


彼女から、どんどんと血の気が戻っていく。

ミリミリと皮膚や細胞が活性化され、服も、腕も、目も。綺麗になっていく姿にホッとする。

やはり戦争獣人用機械のお陰だろうか。早急に治癒は終わったが、彼女は目を覚まさないままだった。

ここには綺麗なお布団がない。それに、ここを早急に掃除しなければ。

適当に置いてあった少し古い包帯を腕に適当に巻き付けてから、わたしは穏やかな顔で眠る彼女をまた抱き上げ、自室へと向かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ